そしていつもとちょっと違った日常へ
店主達三人は事の顛末を、店に訪れたウルヴェスから聞いた。
「……話はずれたが、大体こんなところだ。今まで通り、とはいかんだろうが、まぁ余計な心配はする必要はなくなったということかな」
ウルヴェスはそう言うと、折り畳みの椅子を持ち、店の入り口の近くに置き、そこに座る。
「何、やってんだ」
「人の顔や名前を忘れるのはいいとしても、伝えたことまで忘れては困るぞ? 言ったはずだがな。テンシュ殿を守る、と」
「き、今日からですか?」
「いくら妾とて、昨日や一昨日から始めることは出来んて。ふははは」
「笑うところじゃないだろうが。国の王にしては軽すぎる……」
それだけ店主へ申し訳ない思いが強いということなのだろう。
四六時中『法具店アマミ』に滞在するわけでもない。法王の不在時間が長くなければ、若すぎるとは言え、公務を補助できるまで後継者が育っているということでもある。
「おはよ……うぉっと、びっくりしたー。……あれ? どこかで見たような……」
「今日も賑やかになりそうね。おはよう、ニィナ。ひょっとして今日も?」
店主の見舞いを機に、『風刃隊』のメンバーである弟のミュールと久しぶりに会ったニィナ。
直接連絡のやり取りをすればいいものを、なぜか『法具店アマミ』を通じてするようになった。
「あぁ、ミュール達に荷物にならない弁当拵えてきたからさ。来たら渡してやってくんねぇか?」
まだ話す口調が上手く聞き取れない店主にセレナが分かりやすく説明すると、店主はいつもの不機嫌な顔になる。
「……ここは住民の寄り合い場所じゃなきゃメッセンジャーでもないんだよ。生き別れの姉弟の感動の再会はいいけど、後の事は俺がいなくても出来るだろうに。……ニーズがないから法具店から道具屋になってるけど、あれから力の見分け方聞きに来る奴とか対局目当てに来る奴とか、おまけに法王まで来てしまった。なんなんだよ、ここは」
「え? 法王? 法王って、この国の法王のこと? ウルヴェスって名前のあの人? 言い間違え……だよね?」
そんな事を呟きながら後ろをゆっくりと振り返る。
ニィナがその瞬間固まる。
彼女の見覚えのある人がそこにいた。
ウルヴェスは愛想を振りまくようにニィナに笑顔で手を振る。
「ヒ……な……あ……」
「弁当、潰れるぞ」
ウルヴェスと目があったニィナは目を丸くして腰を抜かす。
その様子を冷めた目で見る店主。
「対局できる話はそりゃ大したことじゃないけどさ……碁盤の話って……本当だったんだ……。ってか、何でそんな方がこんなとこにいるの?!」
「ニ、ニィナ。驚くのは無理もないけど、さすがにこんなとこって言い方は……」
「セ、セレナっ! ってことはあんたも面識があるってことだよね?! ねっ!」
「あのときテンシュがいろいろ話したじゃない……。全部ホントの事なのに信じなかったからそんな風に慌てちゃって……。ほらほら、また弟さん達に渡すんでしょ?」
ニィナはそんなウルヴェスの姿に釘付けになっている。
後からやって来た『風刃隊』や他の客も、ウルヴェスを見てたような驚く姿を見せる。
「前よりも店を広くして良かったね、テンシュさん。大勢客が入っても狭苦しくならないよ」
問題点は、シエラが指摘するそこじゃない。
少しだけ賑やかになる『法具店アマミ』を店主は、もう付き合い切れないという面持ちで今日も仕事に取り掛かる。
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