事情説明 法王からの報告

「……皇居から店にやって来て俺と面会。しかもいつものジジィじゃなく、あの部屋の姿そのまま。俺はやりたい仕事を中断。一体どういうことだ?」


 ジムナー魔術診療所のロビーでの集会から十日ほど過ぎた。


 あの集会が終わった後、店主はジムナーに願い退院。

 集まった者達のほとんどが店主の後をついていき、新たに始めた店の場所を知る。

 巨塊への坑道で宝石が乱獲されたことを教訓とし、店主は素材採集のために辺り一帯の土地を購入したことを告げた。

 集会で今後の店の先行きについては不明のようなことを言ったが、改めてこの店を生涯続ける決意を表明。

 シエラはそんな店主に、殊勝な姿勢で改めて弟子入りを希望する。

 店主はセレナをはじめとして周りに圧され根負けし、シエラは応援してくれたみんなに感謝を表し涙を流しながら喜んでいる。


 そんな騒ぎを見ていた、警戒心を解いたライリーとホールスは皇居に戻り、ウルヴェスに報告。

 ウルヴェスはその話を聞いて、今回の件の原因は自分にあると猛省。

 気持ちを改めたウルヴェスは、この二人にすら告げることなくある行動にでた。


 そして現在に至る。


「あの二人から報告を受けてな。死の恐怖に打ち克つ店主殿の様子を聞いてな、妾もこれまでの事を恥ずかしく思うてな」


 巨塊討伐のための調査でセレナと調査員達が事故に遭う。その結果救出成功するのだが、本来であれば政治を取り仕切る側でその対策本部を設置し、政治を取り仕切る側の者達で救出活動をしなければならないはずであった。

 そうするために現状を把握するため、その調査員を派遣したのだがその間に、冒険者もその一部に区分けされている民間人のみで救出に向かい成功させた。

 報告を受けたウルヴェスが思わずとった行動が、その救出活動の拠点となったベルナット村の『法具店アマミ』へ赴き、その中心人物との面会と謝意を伝えることだった。

 ところがその相手からの反応は、面会を億劫がり、恩に着せようともせず、謝意や謝礼をまともに受け取ろうとしない人物。

 突き放すようなその人物に好感を持ったウルヴェスは、長年頭を悩ませ、国の患いの元である巨塊の存在そのものを何とかする方法を尋ねた。

 その人物に、自分の立場を弁えずに頼ってしまった結果、即座に相手から対策案が出る。


「テンシュ殿には……甘えてばかりだった。そして国を案ずる妾の方向も間違っておった」


 二度にわたる巨塊討伐の失敗で国力は疲弊しており、人材を選り好みしている状況ではなく、その余裕もなかった。

 支持派だろうが反対派だろうが、とにかく執行できる能力とやる気があればいい。その観点から政治に関わってもらいたい人物を登用していく。

 国を建て直すことを優先するあまり、その人物が持つ思想や主義などは全く考慮に入れなかったことが今回の事件を引き起こすことになってしまった。


「そっちにはそっちの立場がある。クソジジィが気にすれば、その分気に病むことが増える」


 今のウルヴェスの姿とは違う店主の表現だが、この国の言語の語彙がまだ十分ではない店主。いつもの相手にいつも通りの呼び名を使う。


「言葉の能力も奪われ、戻らぬというのも、結局のところ妾の見通しが甘かった。しかし己の力でそこまでこの国の言葉をほぼ普通に話せるとは思わなんだ。つくづく妾は……」


 店主とウルヴェスの会話は、セレナとシエラの訳を介している。

 心情的なニュアンスを含む訳は難しいが、それはウルヴェスの表情を見れば酌みやすかった。


「俺はあんたの愚痴を聞くために仕事を止めたのか? 流石のセレナも、抑えて依頼を少しずつ受けることにしたがそれでも忙しいんだ。目的があって来たならさっさと済ませろ」


 余計な気遣いは無用という姿勢は相変わらず。

 ウルヴェスは安心するが、それもまた店主に対する自分の甘えなのだろうかと思い悩む。

 しかしその悩みは己に問いかけるもの。今、店主に煩わせるものではない。


「うむ。ならばその後の顛末を報告することにしよう。……経緯を説明したいが、何をしに来たかという質問に答えるか」


 今回の店主が襲われた事件の犯人、そしてその黒幕、その支援者や支持者などの関係者を粛清したという。


「……粛清って……」

「そ、そこまでするものなの……?」


 セレナとシエラが青ざめる。


「己の欲望を優先させて一般人に手をかけた。今回は幸いにも命を取り留めたが、それはあくまで結果。政治に携わりそのために権力を持つ者が国民の命を手玉に取るようなことをしたのだ。許されるはずがない。一般人が一般人の命を脅かす者も当然ながら許されん行為ではあるが、それはわざわざ妾が出向くことではなかろう?」


 国内での事件には違いないが、確かに国の王が出張るほどではない。国や都市の警備の担当の者に任せれば済む話だからである。


「妾への反対派の存在は構わんよ。だがその矛先が国民に向けられたのだ。法王の立場の者と深く関わりを持とうとも、表向きには無縁の者であるテンシュ殿だ。一般人として扱って当然であろう」


「それはいいが、だからといって俺が今後権力者の目の敵になる可能性は消えない。『余所者』であることには違いないからな」


 三人は、店主が自分の事を『余所者』と表現したことを気に掛ける。しかし店主は単なる事実を述べただけ。自分の心情を推し量るよりも話を進めろと三人に注意する。


「ジジィが碁盤の件を持ち出したことが直接の原因だと思う。期限を一年というあんたからの依頼を守れば良かったかもしれないが、それを早めたのは俺のエゴだ。だがあんな身の危険が迫るとは思わなかった。だからいつ死んでも悔いだけは残らないような毎日を過ごすということにした」


 いくら寿命を分けてもらったとしても、尽きる時期は必ずやって来る。

 普通に過ごせは、ウルヴェスの力によって千年ほどの寿命をもらうことになった店主。

 彼に死が訪れるのはそれくらい先の話である。

 しかしその寿命が揺らいでいる。殺されてもしなない体ではないからだ。


「うむ。そこで妾は自ら日課を一つ増やすことにした」


 今は、国民の誰もが知っている妖艶な女性の姿のウルヴェス。裏表のない笑顔を店主に向ける。


「毎日妾自らがテンシュ殿の警備を担当しよう。その時間は定めず、そうだな……最低一時間。三時間の時もあれば、ひょっとしたら一日中ということもあるかもしれん」


 セレナとシエラは口をポカンと開けている。

 一国の王が一般人の警護に来るという。有り得る話ではない。いや、あってはならない話ではなかろうか。


「気にするな。妾の責任を果たすだけのことよ」


「公務どうするんだ?」


 当然の質問である。毎日最低一時間、公務をほったらかしにするのである。


「あの二人にそろそろ実践も教えてやらねばと思うての。いつまでもあの二人も妾に甘えてはおられんよ」


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 その頃の皇居。


「ねぇライリー、こないだ誕生日が来たら首都の巡回がどうのって、猊下おっしゃられてたよねぇ」


「それがいきなり法王代理の人事だもんなぁ。気まぐれすぎる」


「……猊下にテンシュ殿がうつっちゃった」


「あの人は病原菌か何かなんだろうか……」


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