再会 次に来たのは「テンシュ」 そして

 夕刻。

 ジムナー魔術診療所に入院している店主の胸に泣きながら飛び込んだ、白銀の鎧を全身に纏っているセレナ。

 想像もしない事態に、そして噂を聞いてすぐに駆け付けたくても既に依頼を受けている以上それが出来なかったことを悔いて泣いている。

 そして店主は……。


[痛ぇっ……]


 頭を押さえてもがいていた。

 頭頂部に鈍痛がいきなりやって来たのである。

 セレナの出せる限りの全速力の勢いがともなった鎧の金属が、勉強に夢中の店主の頭にぶつかって来たのだから驚くやら痛いやら、一瞬何が起きたのか分からなかった。


 店主の頭の痛みがようやく和らいでも、セレナの泣き声は止まらない。

 ニィナたちセレナをなだめるが、店主の身に起きたことの原因は自分にあると感じているのか、セレナはそれを受け付けない。

 店主は優しくセレナの顔を両手で挟む。

 それに気付いたセレナはようやく店主の顔を見る。自分に向けて優しく微笑んでいる店主の顔がそこにあった。

 改めて自分への悔恨の思いが強くなる。

 店主の両手はセレナの頬から唇の両端に移っていく。

 そして……。


「う・る・さ・い」


 という店主のゆっくりした言葉と共に、セレナの唇の両端を親指で外側に引っ張る。


「ふぁ?! ふぇんひゅ、ひょっお、ふぇぁぁい、へぇへぇぁーいぇー」


「た・だ・い・ま・くらい、言え」


 大陸語の発音も少しは覚えたらしく、たどたどしくも正確に声に出す。


「……性格、変わんないね」


「少しは素直になったかと思ったんですが……。まぁこれはこれでありでしょう。テンシュですし」


「うん、流石テンシュ」


 そんな店主の行動と、上手く発音できない「離せー」という声を出すセレナを見ながら、『風刃隊』の面々は呆れながらもある種の安心感を得た。


 ─────────────


 今までニィナ一人きりだけという見舞いの人数の病室に大勢集まっている。

 巡回の診察に来たジムナーは目を丸くしたが、いちいち説明するより手間が省けるということで、彼女の診察した結果の説明をする。そのついでに店主からも、身振り手振りと筆談を交え、自分の身に起きた事情と不明な点の推測の話が出、一同は一応理解はできた。

 セレナは店主と最初に出会ったときと同じ術をこの病室にかけるが効果がない。

 セレナは愕然とする。しかし店主にはそれは予想していたようで、覚えたての言葉を口から出した。


「すごく、どうでもいい」


 特に気にすることはなかった。

 それに続けてメモに文章を書く。


「まだ何か言いたいことあるのかい? ……『今日の話はここまでで終わる。明日とそのあと、セレナと私だけ知ってる話をする』……ってまだ何かあるのかい。まぁ何にせよもうこんな時間になっちまった。続きは明日だね」


 思わぬ見舞客との対面の影響があったか、ニィナがやや疲労を感じた顔で腰を上げる。


「ニィナさん、今までご心配かけてすいません」


 セレナが深々と頭を下げる。

 彼女にも仕事中噂は耳に届いていた。

 連絡を取りたくても取れない状態が続く。

 店主には自分の依頼先を伝えていなかったし、ニィナも恐らく不安に思うところもあっただろうという想像は難くない。

 逆にニィナは、その顔と言葉でセレナの思いを理解した。


「店の事も気になるだろうけど、今夜はテンシュの傍に居てやんな。……ミュール、これからもしっかりやんなよ。……じゃ、先生、また明日もくるよ」


「……今日はお騒がせしました。セレナさん、テンシュ。俺らも、明日来るから。話、聞かせてよ?」


 ニィナの退室に続いて『風刃隊』も病室を出た。

 ジムナーはセレナに病室での宿泊の許可を出し、食事も一人分多く手配する。

 そして巡回を再開するジムナーも看護師と共にその場を去り、店主とセレナは病室で二人きりになった。

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