異世界再認識 店主、暗雲一掃
(異世界……異世界か……。こうして実際に五感で感じ取れなかったら、妄想、夢物語で終わる話だったんだよな。なのに俺の前に現実になってきやがった。それだけなら笑える話だったんだがな)
店主は病室のベッドの上で、仰向けからうつぶせに変わる。
(命の危険を感じるなんて夢にも思わなかった。いい年してよ、五十年くらい経っても、この世界に来た姿とほとんど変わりねぇ。逃げられねぇ。逃げきれねぇ。ここで死ぬ、運命かな……。異世界……か。……ふっ、あいつはあそこでそんなこと言ってたなぁ……)
▽ ▽ ▽ ▽
「まさかお前が法具店やるたぁ思わなかったよ。宝石職人の夢はどうした?」
「なったよ? 師匠からも独立してもいいって許可貰ったしな。けど親父も年だし、俺の腕も振るえるらしいっつーからさ。お前はどうなんだよ」
「夢も希望もない現実に流されるまま、寺の跡継ぎさ。都会のどこぞの跡取りなんぞは高級車乗り回してるなんて噂が流れる同業者。けどこんな田舎じゃつつましく生活するので精いっぱい。もっとも贅沢するやり方は知らねぇからそんな奴ら見たって別世界の話みてぇなもんだ。あはははは」
「異次元の話だな。確かに坊主丸儲けとか生臭坊主とか言われたって、こんな田舎じゃ生活にあまり差はねぇよな」
「あるとしたら地元の有名会社の社長とかの生活じゃね? もっともあっちこっち仕事で飛び回って、やっぱり贅沢とは無縁そうだよな」
「地元の人数自体少ねぇから、客の人数も少ねぇ。どこの会社が儲かってるだの、どこの家が金持ちなんて噂、あんまりアテになんねえよ」
△ △ △ △
店主は、子供の頃から友人の数は少なかった。石の力の話をするようになってから、さらに友人の数は減る。
だが一人ぼっちにはならなかった。
そんな数少ない友人の一人は、父親の後を継いで僧侶となった。
故郷を離れて宝石職人として独り立ちした店主は、そこからさほど遠くない地域で生計を立てた。
彼とは交流は続くだろうが、対面することは二度とないだろうと思っていた。
しかし店主も父親からの意思を受け止め帰郷。『天美法具店』を継ぐこととなった。
そこで初めて知った。その友人の寺が、『天美法具店』のお得意さんの一軒であったことに。
互いに仕事があるためしょっちゅう会うことはないが、仕事上仕事場が一緒になる事は割とあった。
プライベートで会った時には、きっと照れくさくて話が出来ないであろう真剣な話を互いにすることもあった。
▽ ▽ ▽ ▽
「結局人ってのはいつか死ぬんだよな。けど生きてる間は、立場とかあるからさ、その責任果たさなきゃ生きていけないんだよな」
「そりゃそうだ。それで?」
「だからいつか死ぬってことは、そんな毎日の中で生活してると忘れがちになるんだよな。生きてる人はそっちの方が大事だからさ。それは俺もそうだし」
「まぁそうだな。長かれ短かれ、必ず死ぬ」
「差別がねぇんだよ。平等だよ。苦しむばかりの人生でも楽しむばかりの人生でも」
「人間、中には苦しみたいって奴もいるよな。苦しむのが楽しいなんて考える奴もいないとは限らん」
「その逆もある。楽ばかりするのは嫌だとかな。どんなことをしたいかは人によって様々。だからさ……」
「ん?」
「みんな、満足してこの世とおさらばしてくれたら、見送る方もそんなに悲しまなくてもいいかもなってな。忘れたか? 卒業式の後の、先生たちと保護者と一緒の見送る会。あんなふうに葬式ばかりだったら、見送られる方も、遺された人たちが頼もしく見えるんじゃねぇかなーって」
「あの世とこの世をごちゃ混ぜすぎだろ、お前。あはははは。でも……満足かぁ。そうだな。今もそうだが、宝石職人の時も、いろんな人の満足した顔見れたっけなぁ」
「……なんだよ、周りだけかよ」
「何だよ、その言い方。周りを満足させるのは良くねぇのか?」
「……お前はどうなんだよ。満足してるか? もっともジェノサイダーやらかしゃ満足するってのなら友達やめるけどな。あははは」
「なんだそりゃ?」
△ △ △ △
(……満足……正直してねぇな。もうちょっと親友と呼べる間柄の奴、欲しかったな。けど……セレナか。親友じゃねぇよ。散々人を振り回しやがって!)
[くそっ]
短く日本語で罵倒する。
(……振り回す……振り回される……。ここに来ていろいろ振り回されてたな……。クソジジィもそうだった。新人共もそうだったし、その前に来てたセレナの知り合い……)
自らの不運を嘆くように、この世界での過去のことを振り返る。
容姿はあの頃とそんなに変わらないが、もう二十年も昔の話になる。
(それが今では……今は……)
振り回されるそのレベルがその過去とは違う。
命の危機に晒されている可能性がある。
(……何でそこまで振り回されなきゃなんねぇんだ。そうだ、いつかは俺も死ぬ。死ぬ直前まで振り回されるにしても、限度ってもんがあるだろうよ。あいつほどではないにしても、誰が亡くなる現場に立ち会ったことはある)
ベッドの上で胡坐で座って考え込む店主。
(病気になって、死ぬまで不安を感じてたって人もいた。だが俺みたいに、誰かに殺されるかもしれないなんて不安を感じてた人はいなかった。そんなん、俺の周りじゃほかに居ねぇだろ。満足どころか、何でそこまで振り回されなきゃなんねぇんだ、結局最後は同じ死を迎えるにしてもだ!)
(満足感を得ながら死へ向かう。そりゃ確かに良い死に方だ。だが今の俺はそれとはかけ離れすぎている。冗談じゃねぇ! 今誰かが俺を殺しに来たとしても、振り回されてたまるかよ!)
下向きだった店主の顔が次第に前の方向に変わっていく。
(……今までは……石の力を最大限に引き出す仕事をしてきた。それで使う人を満足させてきた。だがそれだけじゃねぇ。人を喜ばせる力も持たせてやらねぇとな。能力を奪う力を何とかして変えてやらねぇと……)
心の中で漲っていく力。
しかしその力はふと止まる。
(……そういえば、セレナには何にも作ってなかったな。あいつにやってやったことは、割烹着と抱き枕だけ。全部人任せで、俺があいつに道具を作ってやったことは……なかったんだな、そういえば)
『茶化さないでよ。……テンシュ、いつかふらっと私のところからいなくなるような気がしてさ。テンシュって本当に自由気ままな人っぽいもの……』
いつかのセレナの言葉が店主の脳裏によみがえる。
(あいつがいないときに俺がいなくなるかどうかは、俺の意思では決められねぇ。俺が満足できてもそれじゃああいつは納得できねぇだろ。……ったく、本当に面倒くせぇ縁が出来ちまったな、オイ)
止まった力が今度は店主の足に蓄えられる。
店主の顔はまだ青ざめたままだが、その表情にも力が宿り始めた。
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