異世界再認識 異世界であることを忘れたか

 皇居内某所。


「いつも俺の前ではふんぞり返っているお前が、まさかこうも早く動くとは思わなかったぞ。確実に動くというようなことをこの間言っていたではないか、アムベス」


「貴様と俺は対等な立場であるべき。だが貴様にばかり働かせては、さすがの俺も心が痛む。まぁ部下もよくやってくれたがな」


「光栄の極みでございます、閣下」


「それにしても、命を奪うこと以外手段は思い浮かばなかったんだが、まさかそうくるとは。アムベス、お前は俺の事を頭脳労働などと言っておったが、お前こそなかなか頭がキレるではないか」


「まぁいろいろと経験を積んだからな。発想の転換というやつだ。そういえばあの男もそれを売りにしていたようだったが、俺の方が一枚上手ということだ。ふん」


 ─────────────


「あたしだって分かんないんだよ! テンシュがいきなりあたしに体当たりして、んで何が起きたのか分かんなくて、そしたらテンシュが気絶してて。そしたらあたしもフラァって」


「じゃあ誰かが来て、店の中には三人いたってことッスよね? 姐御」


「あぁ。多分あたしの身を守ってくれたんだと思うんだけど……。先生、どうなんだい、テンシュの様子はぁ」


 ニィナのかかりつけの病院に、ニィナ=バナー建具店に時々手伝いに来る若い衆によって運ばれたニィナと店主。

 間もなくニィナは目覚める。体の調子は至って良好。運ばれてから二時間。いまだに店主は目覚めない。


「貧血めいたものだと思うよ? 種族が混ざると診断も難しくなるが、純粋な人族で良かった。体の異常はほかに見つからない。ついでに一通り検診もしてみたが、いたって健康。薬も術も不要だ。一晩ここに泊まらせて、お大事にという言葉をかけるしか私の役目はないね」


「お身内の方はいらっしゃらないんですか?」


 看護師が尋ねるが、ニィナとて詳しくはない。


「セレナってエルフの女性と一緒に暮らしてるが、夫婦ってわけでもないらしい。冒険者も兼業でやってて、どこかに出かけたばかりなんだよ。あたしとすれ違いにテンシュに見送られて出てったからね……。あぁ、デルフィ、付き合わせて悪かったね。ここはもう大丈夫。心配しなくていいよ」


「じゃあ俺、あの店のカウンターにでも書置きしときますよ。この人ここに入院してるって。セレナさんでしたっけ? いつ帰って来るか分かんないっしょ? 店の入り口に貼ったら泥棒が入るかもしんねぇし」


「あぁ、そうしてくれ。頼りになるね、デルフィ」


 デルフィと呼ばれた若い衆は、三人に軽くお辞儀をして病室を出る。

 そして医者も勤務時間が終わり、看護師の夜勤の時間帯に入った。


 日付が変わる寸前、唸りながら目を覚ます店主。


「……っ! 起きたかい、テンシュっ! 具合はどうだい?! あ、ここは近所の病院さ。看護師さん呼んでくるよ。待ってな!」


 意識はあるが、起き上がろうとはしない。起き上がった時に体の異常で苦痛を感じるのを恐れたためか。

 けたたましい足音が三人分。

 休んでる最中に叩き起こされた医者が慌てて駆け付けてくれたようだ。


「分かるかい? この指、見えるかい? ……うん、意識はしっかりしている。してるけど……」


「けど、なんだい? 先生」


「言語障害が出てるのかな……一言も言葉を出してないね」


 ニィナの顔が青くなる。


「……テンシュ? 大丈夫? 聞こえてるよね?」


「テンシュさん、言葉、分かりますか?」


 ニィナの言葉には反応しなかった店主は、ゆっくりと話す看護師には頷いた。


「……テンシュ、だ・い・じょ・う・ぶ?」


 看護師のマネをして、ニィナもゆっくりと声をかける。店主は何度か頷くが、時折首をかしげる。


「……ふむ。脈も正常だし眼球も問題なさそうだし……。明日普通に診察してそれで問題なければ退院でいいんじゃないかな?」


 店主はゆっくり体を起こす。

 そして頭を押さえ、横に振る。


「え? 退院したらまずいの? 具合悪いなら遠慮なく言いなよ」


「……やはりしばらく様子見だね。言葉は理解できるようだが、声が出ていない。精密検査が必要かな」


 しばらく店主の入院が決定した。

 容態が急変するようなことはなさそうという判断。あとは夜勤の看護師に任せ、医者はまた自宅に戻る。


「じゃあ今はあたしは一旦家に戻るよ。セレナが帰って来てたら伝えるし、来てなかったら代わりに来てやるよ。気にすんな。困ったときは互い様さ。ゆっくり休んどきな」


 ニィナも自分の家に戻る。

 病室は個室。一人になった店主は、途方に暮れた顔をして片手で額を抑える。


 ─────────


 皇居内某所。


「それにしてもアムベス。今回はお前の頭のキレには脱帽だ。まさかそういうことになろうとはな」


「余所者がなぜこの世界に住むことが出来るのか不思議でな。通訳がおらんなら、何かしらの力が働いていることは間違いない。その力を奪えば済むことだ。幸いその道具は手元にある。その力を吸い取れば……。だが流石に今回は我々の運が良かったとも言える。でなければ警戒されてしまう恐れもあったからな。そこからこの計略がばれてしまうかもしれなかったからな」


「謙遜だろう? そこまで頭が回る奴が、もし失敗しそうなら計画を中断することだって考えるだろうに。次の機会を待つことは、猊下に知られない限りいつまでもできるのであろうが」


「ふ。まぁ余計な手間が省けて何よりと言ったところだ。あとはこちら側から奴らに接触しないこと。これで我々の立場は安泰、ということだ」


「……それにしてもアムベス。よく気が付いたものだ。賞賛ものだぞ? まさか大陸語を理解出来る能力を奪うとはな。下手に傷つけたり命を奪ったりしていたら、猊下から間違いなくとことんまで追及されていた」

 

 ──────────


 ウルヴェスから授かった言語を理解する力。

 この国の母国語であり公用語でもある大陸語の文字は、店主には日本語や日本で使われた文字に変化して視認され、耳に入る言葉はそれらに変化して聞こえてくる。

 店主の発する言葉は、聞こうとするこの世界の住人には大陸語に変化し、逆に住人たちの言葉は店主の理解できる言語に変化して耳に入る。


 店主はその力を失ってしまっていた。

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