新天地 手続き完了

「ハ、ハサミ?」


「あぁ。仕事に使う道具がいいと思ったんだが、どんなものがあったら便利か、俺の頭じゃわからなかった」


「だったら日常で使う物の方がいいんじゃないかって。で、使う人に何の能力もなくても、物自体に特殊な能力持たせたらどうかなって提案したら……」


「紙から布から、ペラペラな物なら金属まで切れる宝石製のハサミ、か。まぁ仕事で使えなくもなさそうだな」


 ささやかな朝食会兼懇親会から二週間後。結構な距離だが土地勘を養うためということで、散歩と土地と建築費の支払いの事もあり、店主とセレナはニィナ=バナー建具店に再訪していた。

 途中、これまで受けた依頼で完成した品物を送るため、配送業者に立ち寄る。

 ニィナと一緒に食事をした帰り道でその配送所を見つけ、すでに完成していた依頼品のいくつかを数日前に一度配送を頼んでいる。

 今回二度目の配送となる。その足でニィナ建具屋に向かってのニィナとこのやりとりである。

 ニィナに支払いを済ませた後の雑談で、『法具店アマミ』で製造する品質の披露と宣伝を兼ねて、記念となる実用品をニィナに贈り物として手渡した。


「それだけの筋力があるんだ。金属も相当強いがこの素材の宝石の硬さも相当なものだ。あんたの力が及ばない物は切れることはないが、こいつ自身も使い手に力を与えるから、逆に切れない物はどんな物か想像もつかない」


「誰かの体を切らないようには気を付けないとまずいね。あははは」


「ニィナさん、それ、シャレになりません……」


 セレナがやや引いている。


 確かに力さえあれば何でも切れる。丈夫なハサミならどれでもそうだろうが、刃こぼれしない。錆がつかない。長持ちする。こういうメリットがある。

 どんな刃物でも作れそうなものである。しかし斧などある程度重さも必要な素材にするには、宝石より金属の方が適している。店主が頭を悩ませたのはその点。重さを必要としない物はいくらもあるだろうが、宝石の特徴を道具の機能に活かす道具として真っ先に思いついたのがハサミだった。


「でも仕事道具じゃないにしても有り難いね。けどいろいろ使い道はありそうだ。仕事にも使えるかもしれない。こりゃ重宝するよ」


「そう言ってもらえるとこっちの気も楽になる。これで後は特に問題はないな」


「わざわざ来てもらってすまないね。大掛かりな歓迎会やる予定も出来なさそうだし」


 ニィナはかなり残念がっている。人が大勢集まって何かで楽しむことが好きらしい。


「気にすんな。仕事以外でやらなきゃならん予定は、何となく面倒くせぇ」


「あぁ、それは何となく気持ち分かるよ。だがあたしとしちゃ新しい人が増えると有り難いしうれしいし。ましてや珍しい人材が来たとあっちゃなおさらさ。末永く腰据えてくれな。あははは」


 ニィナのいつもの豪快な笑い声に見送られて店を出る二人。

 帰りも散策しながらのんびりと帰る。


「引っ越す前にも言ったけどさ、受けた依頼は確かに前払いとか契約となかったから、その仕事しなくても問題はないんだけど……」


「気まぐれで作った。それでいいじゃねぇか。支払いするしないは依頼人の意思に委ねるさ。払うつもりでいるなら今の居場所を探すだろ」


 ニィナ=バナー建具屋に向かう途中で配送を頼んだ品物には、発送元の住所を書かなかった。

 配送先が間違っていたらそちらに返却できません。

 そう言われたが、店主自らが頃合いを見計らって確認しに来るということで話は落ち着いた。


「そんなんでいいのかしらねぇ」


「待たせてる奴らも、依頼の仕事をしてもらったらラッキーくらいにしか思ってねぇんだろ? だったらそれに甘えさせてもらうさ。それにしても……」


「それにしても、何?」


「向こうにいた時は依頼が殺到して仕事以外ほとんどなにもできなかったが、あそこよりも人口が多いこの町に来たってのに、逆にこうしてのんびり長距離を歩くってのが、何となく笑えるな」


「そう言えばそうね……。巨塊の事件とかいろいろあったからね……」


「だがこの引っ越しで土地代に建設費その他もろもろの支出があったから、お前見捨てて夜逃げするしかなくなっちまうから仕事はこれまで通り頑張らねぇとな」


「まぁたそんなこと言ってぇっ。見捨てられたって追いかけるからねっ」


「そう言う奴の事をストーカーっつーんだぜ。覚えとけ」


 店主はセレナをからかい、セレナは店主に文句を続ける。

 そんなのどかなやり取りを続けながら二人は『法具店アマミ』に戻る。

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