碁盤と碁石 作る間に 5
法王からの依頼に取り掛かっている途中、『ホットライン』の副リーダーの妹でリーダーの従姉妹のシエラが店主に弟子入り志願をしてきた。
しかし本人の言動を目の当たりにして、その意志を撤回したい気持ちもよぎる。
それでも店主への嫌悪の思いを改めて、新たに志願の思いを強くする。
が、そんな行きつ戻りつの彼女を面倒と思った店主は素っ気ない態度を取った結果、セレナから責められる。
しかし依頼の方を優先する店主、、シエラの志願を拒否するとまではいかないが突き放す態度は変わらない。
「一々質問すんな。完成図は俺の頭ん中に出来てる。図面書く時間も惜しいんだよ。お前らがその図面を見れりゃ解説も簡単だが、その度に集中力が途切れたり次の予定が遅れたりする心配をするのも面倒なんだよ」
店主はいつの間にか食事を終え、セレナが一階に下りる前に伝えた今日の予定を再度繰り返し伝えて作業場に向かった。
セレナはシエルに食事などを気遣うが彼女は準備万端のようで、決意をさらに固くしているのが分かる。
店主のやることを見逃すまいと、すぐに店主の後を追うようにシエラは急いで下に下りた。
皇居の秘宝庫から持ち出した、碁盤の素材となる宝石の塊は三つ。一つは既に、日本の漆に似たこの世界での塗料、ヴェーダーンという樹液によって線が引かれ、作業机の上に置かれている。
床の上でこれから作業に入る二つ目。三つめは作業机の脚元に、まだ直方体のままで置かれている。
作業着にねじり鉢巻き。そしてマフラーを巻く店主の姿は、すでに溝が刻まれた碁盤の上面の部分に線引きする格好である。
線を引くためのルレットに樹液を均等に付着させる。
慎重に溝に塗料を当て、線の細さが変わらないように、溝から余分に溢れないように淀みない腕の動きで繊細な作業をこなしていく。
小雨が降り始めた天気。やや気温が下がっている。
それでもすぐに額からにじみ出る汗はすべて、鉢巻きに染み込み、顔から流れる汗は顎まで巻き付けたマフラーの中に吸い込まれていく。
縦横合計三十八本。
回数をこなしていけば要領も得られ、慣れる単純作業ではある。しかし失敗は許さない覚悟でかかる店主。
碁盤の形を整える作業は宝石を加工する、店主が得意とする作業。
しかし線引きは未経験。だからこそ、引いた線の数が増えれば増えるほど一本の線を引くために要する時間は増えていく。
次第に雨は強くなってくる。そのせいか、今日の見物者、買い物客共に少ない。
この仕事をするようになってから、店主は今まで以上に集中力を高めている感じはするが、今日に限ってはさらに鬼気迫るものを二人に感じさせた。
しかし昼前には緊張感から解き放たれる。
線引きが完了し、二個目の碁盤が出来上がる。
「ふぅ……。なんだ? 雨降ってんのか? ……二階に持ってくか。あったかい空気は上に行くだろうから自然乾燥させやすいだろ」
「暖房は?」
「自然乾燥が一番いいだろ? セレナが持ってた事典にも書いてたぞ」
落としてもかけたり傷ついたりすることのない硬度を持つ宝石で出来た碁盤だが、それでも慎重に二階へ運ばれていく。
そんな店主をじっと見守るセレナとシエラ。
しかし店主は途中でその足を止める。
「……飯の準備しろよ」
二人はバタバタと慌ただしく動き、店主の後ろについていく。
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