作るのは碁盤と碁石 4

 この世界では『闘石』と呼ばれる知能的対戦競技。

 奇しくも店主の世界では『碁』もしくは『囲碁』に該当するその道具の作製を天流法国の法王ウルヴェスから頼まれた店主はようやく製作に取り掛かる。

 その一日目から夜通し作業していた店主。


 夜が明けてセレナが目覚め、店を開けた途端に店主が作業の椅子から転げ落ちる。

 セレナは青ざめて店主の元に駆けつける。


「ちょっ!? テンシュ?! テンシューッ!」


「……うるせぇ。耳元で騒ぐな」

 閉じている目がうっすらと開いて、セレナを面倒くさそうに見る店主。


「ちょっ……。大丈夫?! 無理し過ぎよ! えーと、頭は打ってない?」

「あぁ、痛いところはねぇな。疲れてるだけだ。とどめを刺すなら今だぞ」


 真剣な仕事に一区切りつくと必ず出てくる店主節。この世界に腰を据え、向こうの世界にはすでに居場所がないのにまだこの適当ぶりである。


「……何バカなこと言ってんの。上に運ぶわね」

「運ぶ?」


 店主のわきの下から手を入れ、もう片方の手で店主の膝の裏に腕を通し、店主の体を持ちあげる。


「うぉう。俺より力はあるのは知ってるが、まさか五十も過ぎてお姫様抱っこされるとは」

「まだテンシュの世界での感覚残ってるよね。まぁ仕方ないか。年なら私もそろそろ三百越えるからね」


 そう言えば、普通に生活していれば五百年生きるんだっけか。


 セレナの言葉で店主は自分の境遇を思い出した。ウルヴェスからの礼ということで、この世界の住民並みの年齢と健康を分け与えられたが、その後の健康管理は店主の責任。

 しかし店主は自分の世界の概念から抜け出すことが難しそうである。


「で、今日の予定はどうするの? って運ばれながらじゃ落ち着かないか。布団敷きっぱなしだからそこに寝せたげるね」


「まさか五十を過ぎて女性に襲われるとは思わなかった」

「……いっそのこと布団に叩きつけようかしら」


 店主は仕事をしていた時のような真剣な目つきでこのようなことを言うから始末に負えない。


「体が動かなくなって働けなくなったら全部お前のせいにして俺は早々と楽隠居」

「大丈夫。法王にお願いして元に戻してもらうから。何回それを繰り返そうかなー」


「……勘弁してください」


 痛みを嫌うのは、店主も例外ではないらしい。


 布団に横たわったが、だからと言ってすぐに眠るような体の調子ではない店主。前日は朝食以外何も口にしていないということで、まずは二人で朝食の時間にする。


「で、今日は……」

「休んだら? 全く寝てないでしょう。体調管理も大事な仕事よ?」


 店主よりも先に意見を出すセレナ。


 依頼に最低限必要な工程は、上面の線引き。そして二色の碁石作りである。

 依頼を受けてまだ二日。依頼を受けてから半年という期限を店主が決めた。

 一人で作業する仕事とはいえ、期限までには余裕がたくさんあるように見える。

 しかし碁石の方は、黒が百八十一個、白が百八十個で一組。

 店主は別の色の素材を用意しているので、色の濃い方が一個多いことになる。

 三百六十一個を丁寧に仕上げ、店主はそれを三セット用意するつもりでいる。


「まぁ確かに今日一日くらい休ませてもらっても、問題はないとは思うがな」

「そうだよ。無理しないでよ? 一つ間違ってたら、法王からの命令ってことになるんだから。死んでもやり通さないとダメってことには違いないんだからね?」


 心の底から心配しているセレナは、健康状態を見た目で判断するためにとことんまで店主の顔色を見極めようと覗き込む。


「眠りゃあ調子は戻るさ。ペースも上がってたし集中力も正気も保ててた。ただ念のため、日を改めて三つ目を作る。三つの中でどれが一番賞品としてふさわしいか見比べてから……献上って予定にして……。仕事は午後から始める。目が早く覚めても午前は休養としとこうか」


 食事は普通に終えると瞼が急に重くなる。

 目覚めた時のことを考え、軽くシャワーを浴びて体に清潔感を覚えさせる。

 浴室から出て下着姿のままで布団に入る。


 セレナの心配の種が一つ減ることになるが、店主本人は睡眠時間ではなく仮眠のつもりだったらしい。

 四時間もしないうちに目が覚めた。

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