依頼・依頼人の壁 2

 皇居の入り口の前に佇む店主とセレナ。

 直立不動の門番が、入り口の両側に二人ずつ。

 二人がいる経緯をずっと見守っていたせいか、二人に特に何の反応はなし。


 やがて迎えの者が二人現れて案内をする。

 しかし店主は最初の一歩が動かせない。

 セレナは震えながらも案内についていく。


「テンシュ、どうしたの? おいでよ。あなたが皇居に行くって言い出したんだから」

「笑いたきゃ笑え! ……動けねぇんだよ……」


 気持ちは分かる。

 そんな顔でセレナは店主の後ろに回る。

 そして全力で店主の背中を両手で突く。


「うおっ! 何……」

「動けた? 私もそれくらい怖かった。誰もテンシュの事笑わないよ。さっきも言ったよね? テンシュはこのことだけは私を笑わなかったって。さ、法王からの依頼の件、急がないとでしょ?」


 まるでセレナの体の震えがうつったかのように店主も震え出す。が、いつまでも外にいることが許される状況ではない。


「クソがっ!」


 そんな自分の心に悪態をつくように一言吠えて皇居に足を踏み入れた。


 ─────────────


 ウルヴェスが常にいる公室の前に案内された二人。

 案内の者は先に部屋の中に入り、皇居内での礼儀作法と思われる言動を一通り終えた後、店主とセレナを招き入れる。


 しかし店主の足が動かない。


「……テンシュ……。ホントに法王の力、分かってるのね……。私はすごいとしか分からないから動けるのかな」


「水の中で歩くようなもんだ。水圧で体が思うように動かせないってことあるだろ?」

 動けるセレナを恨めしそうに見るテンシュは、結局案内の者から腕を引っ張られ何とかその部屋に入る。


 広い部屋の奥の中央がひときわ高くせり上がっている。

 その両脇には一目では数え切れない人数の衛兵。

 しかしなかなか体の震えが止まらない店主は、ただ立っているだけでも統率感を漂わせている彼らには目もくれない。


「……ここ、玉座とか言う部屋か?」

「うん、玉座の間ね。あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いてねえよ! いや、場所なんか問題じゃねぇ。話進めねぇと……で、ジジィはどこだ?」


 玉座の間に座っているのは肌を露わにした妖艶な女性が一人。

 だが顔を見ただけで人間ではないことは分かる。


「ようこそ玉座の間へ。テンシュ殿、改めて話を聞かせてもらおうかの?」


 その女性が玉座で座ったまま店主に声をかける。


「……お前、ジジィ、で、いい、のか……?」


 声をかけられた店主はさらに見えない圧力を肌で感じる。

 初対面の時もそうだった。

 そして今現在も、とてつもない力の中に囲まれ、その力がもし自分に襲い掛かるようなことがあったら、衛兵からは逃げることが出来てもその力からはどこにも逃げようがない。


「この姿をしてそのような口を利けるとは、その胆力、相当なものだの。その通り。妾がウルヴェス=ランダードじゃ。で、今回は如何様な事かの?」


 いつもは、姿は変われども老人の姿。

 それがこの皇居の玉座の間では、若い、しかも色気も漂わせる女性の姿になっている。

 店主は余計なことを考えてしまう。


 あんなに力を漂わせながらも飄々と会話を交わす。

 そんなちょっとした前のことには一切触れず、何事もないような振る舞い。

 うっかり体毛一つ自分に弾くだけで、簡単に首と体が切断できてしまうのではないか、と。

 そしてそんな者が先頭に立ち、巨塊討伐を実行した。

 以前にも感じたことを改めて実感させられた。

 そんな者すら歯牙にもかけずに横暴ぶりを発揮した皇太子の力たるや、如何ほどのものだったか、と。


「会いたい時にはいつでも会うてやる。そう言ったが、見惚れてる相手をするほど暇ではないのじゃがの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る