店主、セレナと異世界の温泉に行く 4
生活の舞台を日本から異世界に移して二十年経った『法具店アマミ』の店主。
店の二階で一緒に生活をしている冒険者と兼業の女性エルフのセレナと共に、二人で休暇を初めてとったこの日、地元の温泉に足を向けた。
温泉についたはいいが、早速いつもの口癖の「すごくどうでもいい」をセレナに向けるが、せっかくの休日でもあり、観念して更衣室に入る。
「ここで帰るのもありっちゃありか?」
傍に誰がいようがいまいが、店主は自分のペースを崩さない。
しかし確かに体に軋みは感じるほど疲労はしている。
明日からの仕事の効率を考えれば、セレナの勧めに素直に従うのも悪くはない。
浴場に入ると湯けむりで中ははっきりとはわからない。
先客が何人かいるのは分かる。
「まぁ温まるだけならいいか……」
体中の表面に付いた埃などを洗い落とす。
考えてみれば、浴場のマナーの違いについて考えたことはなかった。
「気にしないまま好きにして追い出されても別に構わないんだが……」
ただの埃ならきにするほどではないが、宝石の粒子となれば湯船の中に入れたらどうなるか分からない。
石鹸と思しき物を手にし、一応全身の汚れと共に洗い落とす。
一通り洗い終わって湯船に浸かる。
すでに何人かが湯船の中にいる。
種族もまちまち。だがそこも湯けむりで、どんな者達が入っているのかは視覚でははっきりしない。
しかし誰もが気持ち良さそうに温泉の湯を堪能している様子。
店主は湯船の淵に背中を預け、心静かに湯の温かさを感じとる。
しばらくそのままの体勢で湯船に浸かる。
しかしまだ顔から汗が出てこないうちに、やや顔をしかめる店主。
「体の疲れを落としに来たんだから別に目的を果たしゃそれでいいんだが……」
わずかに開いた目だけ横に動かす。
「なんであんたがここにいるんだよっ」
少し離れた隣に移動してきた男にしか聞こえない大きさで、不機嫌な声を出す。
その男は店主と同じような格好で湯を楽しんでいる。
「えぇじゃないか。それともワシには温泉を楽しむ心がないとでも?」
「わざわざ顔かたち変えてまで来る場所かっつーの。っていうか、住んでるとこに温泉くらいあんだろうが」
「友人の住んでる所がどんな場所か知りとうなってのぉ」
「そいつぁ失礼した。そうだよな。俺に会うためじゃなくて別の誰かに会うために来たってんなら、俺と会ったのは偶然ってことだもんな」
「ホホ、お主に会いに来たんじゃよ。というか、骨休みのついでじゃな。なかなかいい湯だの、ここは」
「国のトップがこんな田舎に来れるほど時間あんのかよっ」
店主はどんな姿の人物と話をしているかは、湯けむりのため店主でもわからない。
しかし相手がどんな人物であるかは、顔や体を見るよりもその人物が持っている力を見る方が、店長にとっては覚えやすいし思い出しやすい。それが例え無色透明の姿に変えることが出来る人物であっても。
もっともそのようなことが出来るほどの力の持ち主は、この異世界広しと言えどもこの国、天流法国の法王、ウルヴェス=ランダードたった一人しかいない。
そして店主の隣にいるのがまさしくその人であった。
「ワシとて噂は聞いとるよ。テンシュ殿も休みがとれぬほど忙しい身であるとな。寿命と健康は授けたが、その後にやって来る病や傷までは手に負えぬ。だからこうして心配してきとるのだが」
「心配して真っ先にやって来た場所が温泉とは、俺の仕事は浴場の石細工職人とでも思ったか? 法王さんよっ」
店主の毒舌や皮肉にも動じない。
国のトップを務める者の心を揺るがすには、どんな時でもマイペースを崩すことのない店主ですら力不足。
「骨休みっちゅうたじゃろ。そのついでに会いに来たとも言うたぞ?」
返す言葉をにやりとした表情のウルヴェス。
しかし店主には湯けむりで見えない。
「残念だったなぁ。俺はここにセレナと来たんでな。二人っきりで密談するにゃ都合が悪すぎらぁな」
「密談しにきたんではないぞい? 密会でもない。まぁお忍びとは言うかもしれんがの。今日も相談できたのでな」
「ま、聞くだけなら別に構やしねぇが……部屋の予約してあるっつってたな。料金そっちもちでなら真剣に話を聞いてもいいが……」
「よし、のったぞい」
「決断早ぇよ、ジジィ」
国のトップをジジイ呼ばわりである。
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