巨塊事件のエピローグ:店主は『天美法具店』の店主生活を終え、彼の後悔も終わる

「なぁ、知りてぇんだけどよ。俺ら、そろそろ武器と防具新調してぇんだけどよ。ベルナット村だっけ? あんな田舎にある法具店で作ってもらえってよく言われるんだけどよ。お前ら、何か知ってるか?」


「あぁ、俺も聞いた。……けど俺はあんまり乗り気しねぇんだ。俺、待つの嫌いだしよ」


 ウルヴェスが別の老人の姿に変えて、お忍びで『法具店アマミ』に訪問し二度目の店主との対面を果たしてから十五年後。


 天流法国の法王である彼は譲位を決意したものの、誰も手を上げる者はいなかった。

 かつての皇族も身内の恥を罪と感じ、誰もがうらやむと思われる王の座に座ることを良しとしなかった。


 一連の巨塊騒動は終焉を迎える。


 不作だった作物の実りがよみがえり、しかも以前ほどではないが価値のある鉱物はいまだに産出が続いている。


 騒ぎが一段落できたと見なした法王は常々公言していた譲位をいざ実行に移す段になると、候補者が一人も現れない。

 国の民で政を行うことを提案すると、周りは王政を続行すべきという声ばかり。

 その声は意見ではなくウルヴェスに続投を望む希望であった。その声を聞き入れず、公言していた自分の決意を優先するのでは、国民と国民の生活に対し責任の放棄という側近からの意見もあり、ウルヴェスは次期法王の適任者が現れるまで現状維持することを決めた。


 ところが心無い噂を流す者も現れ始める。

 譲位する相手がいないのに、譲位するなどと言うとは口先ばかりの欲深い法王、と。

 そんな噂が法王の耳に届く度、その噂の出所を突き止め、その者に法王自ら譲位を願うために出向くことをするものだから、噂を流した者達は誰もが畏れ、無責任な噂を流したことを謝罪する。

 法王は相手のその姿を見るたびに、新たな時代の幕開けがさらに遠ざかるような寂しい感情を抱く。

 ウルヴェスはそんな日々を繰り返す。

 しかし国家権力が振りかざされることがなくなった、心無い噂を流す一部の者を除いた国民は夢にまで見た平穏な生活を取り戻すことが出来た。

 しかし昔から存在している魔物達も跋扈している世界。冒険者達の生活はこれまでとあまり変わらず、専業あるいは兼業で生活を営んでいる。


 そんな毎日の中でここ、天流法国王都の数多い酒場の一店での会話。


「リーダーってばこれだもん。順番回って来ても聞き入れてくれるかどうか分かんないって話だしさ。あたしらはダメ元で依頼しに行きたいんだけどね」


「こっから片道で五日間くらいかかるよな? 往復十日。門前払いされたり出禁にされたりする奴もいるっつーからさ。俺も流石にリーダーはずぼらだと思うけど、無駄足と料金のこと考えると行く気起きねぇなぁ」


「料金って、依頼の? その噂はお前ら聞いてねぇの? 他の店と比べて割安らしいぜ?ただ、プラス宝石が料金に入るっつーんだよな」


「何それ。珍しい取引してるな。依頼もやり終わったところだし、暇つぶしついでに行ってみるかなぁ」

「待て待て、せっかく足運んでいきなり出禁処分も困るぞ?」


「上位二十チームに上がった『クロムハード』って知ってるだろ?」

「あぁ。上がったと思ったら、いきなり順位一ケタに上がりそうな勢いの……武器の名前を呼び名にしてる連中だろ?」


「あぁ。そのリーダーが、出禁じゃねぇが依頼は受付ねぇって話。いろいろ作ってもらってるメンバー横目に涙目になってるってよ」

 この噂話に参加している冒険者達が一斉に笑う。


「しかし気難しそうな店だな。どんな奴がやってんのかね」

「お前らは知ってるよな? 今はもう五人くらいしかいねぇんじゃねぇか? 単独冒険者十傑とか何とか」


「アローン・テンポイントだろ?」

「そうそう。その中の一人、セレナ・ミッフィールがどっかから、テンシュとかって言う人族の男をスカウトして二人で切り盛りしてんだと。気まぐれテンシュとか呼んでるらしい。『法具店アマミ』とか何とかって名前の店だと」

「セレナまだ健在ってマジかよ?! 金髪の武闘派エルフだっけ?! まだ現役かよ!」

「物作りにも長けてるって言うじゃねぇか。そいつがスカウトしてきた人……族? 人族ってば魔法使えねえ種族だろ。それでそんな評判か……。話のタネになるかもな」


「たまに兼業で斡旋所から依頼受けたり、国からも依頼されたこともあったらしいよ。冷やかしで行くなら間違いなく出禁らしいよ? 行くんなら後で話聞かせてよ」


「そりゃ依頼したいことはいろいろあるけどさ……。ずぼらはそっちじゃねぇか……」


─────────────────


 『法具店アマミ』の日常は次第に変化していった。


「え? 引き受けてくれるんですか? でもあちらの方はあんなに……」


「あの人、依頼人に悪態つくのはいつもの事ですから気にしないでくださいね。じゃ、テンシュー、再来年の年末にこの依頼入れますよー」


「ふざけんなー! 簡単に仕事ポカスカ入れやがって! ちったぁテメェも物作りの腕上げやがれ! 一体何ねん何をしてたんだよテメェは!」


「だ、大丈夫なんですか? やっぱりやめたじゃ困るんですが……」

「大丈夫大丈夫。作業に入る前には一報入れますから、その時には一回ご足労願いますね」


『法具店アマミ』のカウンターでニコニコしながら客と対面しているセレナは後ろを振り向き、作業中の店主に新たな仕事の依頼を受け付けたことを報せる。


 店内は買い物客はいるが数えるほどしかいない。しかし店主への仕事を依頼の順番待ちの客と、セレナと店主の丁々発止のやり取りを楽しみにしている近所の住民達で賑わっている。


「テンチョー、手伝いに来たよー」

「今日もお客さんがいっぱいいて大変そうですね」

「俺達も来たぜ。猫の手も借りたそうだっつーからよ」

「何から始めましょうかね? 店内の掃除は無理でしょう」


 作業机からその声の元をたどる店主は、その主を見つけて怒鳴る。


「テメェらが来るとこはここじゃねぇだろうが! とっとと依頼の仕事探して来いや!」


「人の親切を踏み躙るテンシュ、パネェ!」

「依頼達成して気分転換に来たんだよ……」


「ウチは観光旅行の名所じゃねぇんだよ!」


 店に新たにやって来たのは、上位二十にランクインが目の前になるまで成長した『風刃隊』の面々。初めて店にやって来た時とそれほど変わらない店主の対応に、彼らは第二の故郷のような思いを持つ。

 店主の乱暴な口調を心地よく受け止めた彼らは、セレナからも許可をもらい在庫の整理などの仕事に取り掛かる。

 誰も相手にしなかった冒険者チームは、今では羨望の眼差しを集める顔の広いチームの一つになった。

 そんなチームが田舎の道具屋の雑用を始めるものだから、店主と彼らの過去を知らない者達である大半の客は驚きの顔。


「倉庫の石盗むんじゃねぇぞ!」

「人聞きの悪いこと言わないでくださいよっ! よく分からない石なんか誰も欲しがりませんて!」


 店主に言い返すことが出来るほど内面も成長した彼らは、呆れた顔を店主に向けてから倉庫に向かう。

 客の出入りの激しさは、リニューアルした当時のセレナには想像もしなかった。

 感慨深くあの頃を振り返る。


「……さん? セレナさんってば! 紹介してほしいって言う奴を連れて来たんですよ。こいつら『ブレイブハーツ』っつー上位二十のチームなんですがね」

『クロムハード』のスウォードがチームメイトとともに、別のチームを連れてやってきた。


「テメェは出禁だろうが! なんで来やがった!」

「違うでしょ! 俺は出禁じゃなくて依頼禁止って言われただけっすよ! 尾ひれつけるのが言い出しっぺの本人だから始末に負えねぇな」


 紹介されたチームのメンバー達は苦笑い。

 店主の誤解されやすい事項からの失敗により店主から言い渡された依頼禁止はいまだに解かれていない。

 それを教訓とし、装備や道具の入手に苦悩する同業者達に紹介し続けてきたスウォード。

 巨塊騒動の店主の功績ほどではないにせよ、奇しくもそれが『法具店アマミ』の名が広まる役割にもなった。


『天美法具店』からはすでに店主は身を引いた。


 キャリアの長い従業員を中心に全員で引き継がせたが、年長の者達は健康上の理由から退職。今後の時代を見据えながら、すぐに代替わりすることによって引継ぎが上手くいかないなどということががないように、中堅の従業員達を中心に経営を委ねた。二階の私物の一部は手放し、残りは『法具店アマミ』にすべて持ち込んだ。


 長く続けたい店を他者に委ね、早く身を引きたい店に長く携わるようになってしまった店主。結果は望みと逆になってしまったが、現実世界よりも店主の仕事ぶりを理解し評価してくれる者ばかりのこの世界での居心地が良くなっていった。

 人間離れした寿命と健康、そして会話のやり取りができる力を法王から授けられたのも追い風になった。

 それがなければ現実世界で貯金を切り崩しながらの生活を送ることになっていただろう。


 つくづく何が幸いするか分からない。


 セレナや店主を親しく思う者達からの過剰な世話やおせっかいにはうんざりすることはあり、特にセレナとの出会ったときにこの世界に引っ張り込まれた経緯の事を考えると、なかなか素直に有り難いと思うことは難しい。


 そんな思いを誰にも知られないように、店主はこの世界で毎日を過ごす。周りの人々から振り回され、依頼人たちの要望を好きなように振り回しながら。

 そして『法具店アマミ』を訪れる者達は、店主が自分たちの依頼を引き受けてくれることを期待するともに、いつもの言葉を心待ちにする。


「すごくどうでもいい」

「すごく面倒くせぇ」

 の口癖を。

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