幕間 五:ギースがギースになったわけ
ギースの脳裏に過去の事がよみがえる。
まだ、ギース=ライナット=ウェイナーと名乗っていた頃。
ミドルネームのライナットとは、彼が家族と一緒に住んでいた村の名前。
彼は両親の七番目、五男として生まれた。
家族みんなから可愛がってもらった幼少期。それはどこにでも見られた家族の光景。
村というほど人口が少ないその地域。しかし近所の子供達と一緒に、年上の同種族のエルフ達から面倒を見てもらい楽しく過ごしていた日々。
年頃になると、年配の家族や近所のエルフ達と一緒に、まず狩猟を体験する。
少ない力で、自分達よりもはるかに力のある動物を狩ることが出来る弓の技術を身につける。
人並み以上に体力のある者は、弓のほかに剣術を身につける。
ギースは剣術も身につけようと頑張るが、なかなか上達しない。だからといって他の同年代のエルフに劣っているわけではない。剣術まで身につけようとする者すら少なかったのだ。
それだけ弓の技術は抜きん出ていた。
その素質は、学ぶ前に分かるものではない。狩猟の手伝いを始める前のギースは、ごく平凡な子供の一人だった。
エルフは他の種族と違う特徴がいくつかある。それは指先の器用さ。だからこそ狩猟で最初に覚え身につける武器が弓。そしてもう一つが魔力の高さ。狩猟で補助ばかりの経験を積んでいく中で、やがて単独の狩猟もしくは狩猟活動の中心を務めをさせられる。そこで獲物を逃がしたり、仲間に危険な目に合わせるようなことがあればまた狩猟の補助係に戻るが、ギースは初めての単独狩猟を成功させた。
成功した者達は魔術、魔法の習得に入る。
純粋なエルフ族であれば、狩猟に比べてはるかに容易い修行。戯れ同然だが、ギースの悪夢はここから始まった。
魔力を全く所有していなかったのが判明してしまったのである。
久々に魔術武術両方に長けた若者が現れたという期待を一身に背負い、何から何まで優遇されていたギースがここで一転、冷遇されてしまう。
「まさかこいつがなぁ……」
「ギース一人だけで家族みんなが肩身が狭い思いをするとは思わなかったわ……」
エルフの姿をした人間ではないのか?
そういう評判まで生まれる始末。
魔力がないエルフの存在はあり得ない。
どんなに魔力が低い者でも、どんなに魔術や魔法が下手な者でも、ギースよりはまだマシと慰めのタネにまでされてしまう。
やがて家族からも蔑まれるギース。見返すために弓と剣術の腕を高め、村一番どころか純粋なエルフ族の中で一番の腕と他種族から評されるほどにもなる。
しかし魔力がゼロであることには変わりはない。武力が高いエルフに何の存在意義があるのかと、ギースの存在そのものを否定する声も高まってくる。
一族の恥、村の恥。そして本人がいない場所で家族の癌とまで身内から言われたことを、物陰に隠れて聞いていたギースは、村から出ることを決意する。
それは、もう二度と家族の元に帰らない、家族と、一族と決別することを意味した。
が、家族はそれを歓迎する。村にもそれを引き留める者はいなかった。
村一番の優秀な弓使い、剣術使いはその村から去る。
村崩壊は、ギースの出立をきっかけにして始まった。
魔力がゼロのエルフはギースだけではなかった。
人数は多くはなかったが、出生数も多くはない村。長生きの種族ではあるが、あらゆる適齢期もその分長いとは限らない。
ギースにその後弟や妹が生まれたがその事実は彼は知らない。
それどころか、村が消滅したことも知らない。
村の名前でもあるミドルネーム、家族の名字でもあるラストネームは、彼が村の外に出た瞬間から彼自らが捨てた。
多種族が住む町の斡旋所で冒険者としての資格を得、同業者との出会いと別れを繰り返していくうちに、一緒にその資格を得るために修練所に共に通った者と再会。
「魔法が使えないエルフ? 細けぇことは気にすんな! 俺だって使えねぇしよ! 使える誰かを仲間にすりゃ問題ないだろ?」
こだわっていた悩みを笑い飛ばしたその男は、ギースにとって初めて心の底から仲間と呼べる人物であった。
さらに新たに仲間を迎え入れ、戦力も増えてきた。
しかし冒険者、冒険者チームとしてはまだまだ力不足。
武器屋、防具屋、道具屋、他の店から全く相手にされない冒険者チーム。
彼らは改めて思い知らされる。
ある意味、はみ出された者の集団であったことに。
それでも冷遇された頃よりはましだった。苦しい事態を笑い飛ばしてくれる仲間達がいたから。
しかし装備品もままならない生活は、冒険者としては厳しい環境である。
次第に笑う回数も減っていく。
足の向くまま、気力が続くままに流れ着いた村で、慌ただしく何かの作業をしていた道具屋の前を通りかかる。
武器屋、防具屋を何軒も尋ねるがその未熟さゆえに相手にされず、断られた軒数はもはや数える気にもなれない。
縋る思いと諦めの心境で飛び込んだその道具屋は、気まぐれでぶっきらぼうだったが、初めて相手にしてくれた店だった。
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