隣町の来客より得たる 2

「チェリムよ、楽しい店教えてくれてありがとうなぁ。ワシらはそろそろ帰るでな」

「これ以上長居しとったら、家に着くころにゃ真夜中になるでよ」

「大げさじゃわ、流石によ。わははは」


 帽子屋チェリムが、おそらくは旧知の仲と思われる隣町のリンヤとオウラという老人二人を連れて来た。

 農業を営んでいるようだが、畑を耕す道具が欲しいという用件を持って。

 しかし老体ゆえに、軽い道具で効率の良い物を所望していたが、残念ながらこちらは法具店。彼らの要望に応えるにはかなり難しく、手に入れることは断念したものの四方山話で盛り上がり、楽しい時間を過ごすことが出来たようだった。


 チェリムは店の出入り口で二人を見送る。

 姿が見えなくなると、また店内に入って来た。


「久々の遠出でなぁ。隣町とは昔はしょっちゅう行ったり来たりしておったが、店を若いもんに任せてからは隣町に行く理由もなくてなぁ」

「のんびりと探索を楽しみながら行かれたらいいじゃないですか。それとも何かご趣味目当てで行かれたら?」

 チェリムはそう言う店主に、やや鋭い眼光を見せた。


「理由はな、はっと思い出しての。それで今朝早く行ってみたんじゃ」


 セレナはその理由について聞くと、チェリムは眉間の皺をさらに増やした。


「地震の話したじゃろ? テンシュ。ここ何か月か地震を感じんでな」

「毎日は来てますが四六時中いるわけではありませんし、私がここに来てからは地震は感じませんでしたね」


「地震の元はある。じゃが地震が消えた。どういうことかと思うてな」

「地震って、巨塊の活動に原因があると言われている地震のことですか?」


 セレナは、自分がいない間に店主とチェリムが知り合った時の会話については全く知らない。話の内容を確認すると、セレナの知っている情報はほぼチェリムとの話と一致していた。


「地震で苗や種からの発育が遅い。そういう話じゃった。じゃが隣町で久々にあの二人と会っての。話を聞いてみたら、土が硬いときたもんだ。ワシもちと手伝ってみたが確かに硬い。そりゃ石よりは軟らかいがの。じゃがなぁ。地震がありゃあれくらいの軟らかさなら簡単に崩れるじゃろ。崩れんっちゅうことは、崩すほどの地震は起きとらんっちゅうこっちゃ。ここ数か月、地震は少のうなっとる」


 考え込むまでもない。地震の質が変わったか、活動が停止したか。


「うむ、しかし確かに地震は感じた。ゆっくりになったの。しかもおそらくはさらに深いところで起こっとる。嫌な予感がしたでの。あの二人にはそこまでは考えは及ばんかったようじゃがな」


 嫌な発想からは、誰でも出来れば離れたい。あの二人もそんな思いだったのだろう。

 しかし店主の心の底には、何かどんよりとしたものが溜まっていくように感じ、それに重さを感じたのかその思いに関しては言葉を出せない。


「巨塊は粘液体です。隙間をがあれば移動できるでしょうし、特に意志がなければ重力に身を任せることになるのではないでしょうか」


「うむ。ワシもセレナ嬢ちゃんの言うことには同意できる。じゃが土に栄養がないというのがな」

「脆い岩石なら栄養は期待できないでしょうね。それに養分を吸って作物が育つ。その養分が作物に吸われる以上に増えていかないと不作になるのは目に見えますが……」


「森林も枯れた木が目立ち始めとる。ノーム族じゃからその原因くらいは分かるとは思うんじゃがなぁ」

「はっきり指摘すると、愛着のある土地なだけに悪口を言われた気分になり仲がこじれる、と?」

「ま、そんなとこじゃ」


「チェリムお爺さん、国から調査団が派遣されてることは聞いてます?」

「ん? 知っとるよ? あの二人も知っとる。早よ巨塊なんぞなくなってほしいと思っとるようじゃが、地震さえ何とかしてもらえりゃそれでええと思っちょるようじゃ」


「巨塊と宝石の関係については知ってるんでしょうか?」

「宝石についてはよう分からんようじゃ。じゃが聡い若もん達は、それで一稼ぎ出来ると喜ぶもんがおる。決して少なくないから、討伐を見越した調査には賛成はしたくはないようじゃな。ん? テンシュ、なんか青い顔しとらんか?」

「あ、ホントだ。なんか顔色悪いよ? 風邪?」


「体に異常はない。ただ……いや、杞憂だ。うん。チェリム爺さんも、隣町の人たちとは仲良くしたいんでしょ? 立たずに済ませられる波風は立てない方がいいんですよね?」


 店主の体調の話から急に自分のことについて変えられたチェリムは驚くが


「そ、そりゃもちろん。実(げ)に楽しきは人の不幸なんぞ言うが、あいつら、いや、隣町のもんにはこれ以上の問題はない方がええわ」


 不満があろうがなかろうが、巨塊が消えて不幸になる者は絶対にいない。

 余所者の立場の店主だが、いざこざが起きる前に巨塊が消えてくれれば、嫌な感じも消え去るだろうことを思った。

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