嵐、再来襲 2
『法具店アマミ』を出ようとする『ホットライン』の六人が、ほぼ同時に入店してきた男五人と鉢合わせ。
威圧するように押しのけて足音も荒く入って来る五人は、双子姉妹と店主を睨みながら近づいて来る。
乱暴を働くつもりで店に来た者達であることを直感したブレイドが、真っ先にその五人のうちの一人の肩を後ろから掴む。
「その態度はあまり良くないな。店の中と外では外の方が広い。まず中にいる人を外に……」
「うるせぇ!!」
カウンターにいる双子には、先頭の男のすぐ後ろにいたブレイドの手を振り払った男とその隣の男二人に見覚えがあった。
店主は、そもそも覚える気がなかった。
「ちょっと。どんな場所でも町中では暴力沙汰はご法度なんだけどね。見たところ冒険者のチームだと思うんだけど?」
リメリアが警告の意味を込めた声をかける。だが店に入ってきた、彼らのリーダーらしき先頭の男は既に喧嘩腰になっている。
「テメェらがどこの誰かは知らねぇが、そこの三人に用事があるんだよ。すっこんでろや!」
「客とは呼べない態度の者達を、客である私達が見逃すわけにはいかないね」
キューリアが、振り向いて店主に指を差しながら脅すその男に怯まず睨み付ける。
客として、そして客以上の恩を感じている彼女は、体を張って店主達を守る覚悟を既に決めていた。
「関係ねぇやつぁ引っ込めっつってんだよ! おらぁ!」
ガンッ!
先にいる三人の後ろにいる男が、怒声を上げながら近くのショーケースの台を蹴飛ばした。
「物に当たんな。お前らは冒険者か? 活動中ならまだしも、日常の中で感情に任せる行動はあまり褒められたもんじゃねぇぞ」
「指図すんじゃねぇ!」
ブレイドが近づいてなるべく穏便に事を済まそうとするが、取り巻きが騒ぎ出す。
しかしブレイドが言い終わった瞬間。
スパアアアアアアアン!!
乾いた音が店内に響く。
互いににらみ合う者達は一人を除いてその音に驚き、彼らの視線はその音の元を探す。
ショーケースを蹴飛ばした男が頬を押さえている。
「何し……い?」
その男が周囲を見るが、どこから何が来たのかその正体が掴めない。
スパアアアアアアアアン!!
二度目の乾いた音。
今度の音の元である、ブレイドが最初に肩を掴んだ男が頭頂部を押さえている。
「テ、テンチョー……何やってんの」
「手に持ってるの……何?」
傍にいたキューリアとエンビーが呆気に取られている。
荒くれ者相手に何の装備もなく物理的に抵抗しているのを見れば、誰でも同じ反応を示すだろう。
音の正体はハリセン。
ハリセンでその男たちに叩いたのは店主。
冒険者の集団を、一介の道具屋の一般人が道具を使って叩いたその状況が、店内にいた全員を固まらせた。
「それと……お前だったか? 人違いだったらすまんが、仲間なんだろ? じゃあいいか」
斜め後ろを向きながら店主は、その方向にいる男に向かってハリセンを振りかぶる。
スパアアアアアアアアン!!
三度目の音もその男の頭頂部から鳴り響く。
「てめぇ! 何しやがっ」
スパアアアアアアアアン!!
大声を出しかけた男の口に一撃。
「出入り禁止にするとな」
そう言いながら、店主は体をその男の正面に向けた。
「いちいち覚えてらんなくなるんだよな。でお前らはほくそ笑む」
スパアアアアアアアアン!!
その男への二度目のハリセン。
「出入り禁止にしてやってもいいが、俺はその顔を覚える気がねぇんだよ。だからすぐ忘れるから意味ねぇんだよな。それを、バカじゃね? とか笑いながら言うんだろうな。しかも出禁にした奴らからな」
「うるせ」
スパアアアアアアアアン!!
怒鳴りながら横から殴りかかろうとする男の出会いがしらに一撃。
カウンターにいる双子が呆然として店主の動きを目で追っている。
「あの白い長いの、さっき机の上で折ってた奴?」
「みたいだよね……なんなのあれ? て言うか、どこに仕舞ってたの? 背中?」
しかしそんな暢気なことを言っている場合ではない。
店主の後ろの男が、音をたてず気配も消しながら殴りにかかる。
しかしそれをエンビーが身を盾にして防ぐ。
「おい、それはシャレにならんぞ。テンチョーに当たったら回復魔法でも即座に回復できるレベルじゃねぇ。大丈夫か? テンチョ……あれ?」
「叩かれた奴と叩かれてない奴がいるって、不公平だと思うんだよ、俺」
店主は既にエンビーから離れ、他の二人の傍にいつの間にか移動している。
エンビーが庇う前に、店主は殴りかかろうとする男を察知して躱す動きをとっていた。
エンビーは店主を背にしていたため、その動きが分からない。しかし他の者は皆それを見て驚いている。
「こ、この野郎! 動くんじゃねぇ!」
「く、くそっ! 当たらねぇ!」
それを呆然と見ている『ホットライン』と、ウィーナとミールの双子。
「ど……どうなってるの?」
「どうなってるって……見ての通りとしか……」
「ヘ、ヘタに手を出すと逆に危ない……」
『ホットライン』は店主を庇おうとするが、店主の動きまくる予測がついて行けず困惑している。
店主の形相は、鼻血を出すほど鬼気迫っている。服装も次第に乱れる。
しかし一度も殴られてはいない。逆上せているだけのようだ。
「こ、この野郎! いい加減にしやがれ!」
「お、お前ら、そっちの方から行け!」
「って言ったってよぉ!」
双子もカウンターから動けないでいる。
どう動いていいか判断がつかないのだ。
店主が捕まらない。
捕まらないどころか、殴られない。蹴られない。
着ている服は乱れているが、破れたりもしていない。
それどころか、隙をついてはハリセンで応戦。もちろん相手にはダメージはない。
店主が相手をしているは子供ではなく、威嚇しながら必死に店主を捕えようとする冒険者チームである。
いつでも捕まえ、いつでも殴ることが出来、いつでも蹴ることが出来るはずの相手に翻弄される五人の乱入者達。
その店主の動きや様子をただ見ている、いや、見惚れてしまっている八人。
そして、完璧に避けつつ時折ハリセンをお見舞いする店主。
やがてブレイドが声をかける。
「その辺で止めとけ。何があったか知らねぇが、商売する奴らはそのネットワークってもんがあるんだ。それにこのテンチョー、曲者でな。まともに会話できねぇときがある。だが職人としての腕がいいから困ったもんでな」
その言葉に何人かが振るう腕を緩める。
「お前らに物を売ってくれる店もなくなるんじゃねぇか? そしたらお前ら、ここだと干上がるぜ? 何せこの店主、宝石に関しちゃ誠実だぜ? 売りにくりゃ値切らねぇし買うときゃぼったくりはねぇしな」
リーダーらしき男が止まる。
「……チッ。お前ら、行くぞ」
「け、けどよ!」
「こんな奴にいつまでも時間かけてられるか! クソがっ!」
五人が出口に向かう。
「……テンチョー、だいじょ……」
双子がカウンターから飛び出して店主に近づくが、店主はその五人に向かって走り出し……
ドカッ!
店主は近い男に後ろから飛び蹴りを食らわせ、蹴られた男はつんのめった。
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