バイトにて、災難の終焉

 店内には店主とバイトの双子の三人だけになる。

雰囲気も落ち着いたところで、ウィーナにしきりに謝罪する店主。

 ウィーナが泣いたのは、ショックもそうだが感覚が鋭い鼻を中心に強い痛みが走ったため。

 昨日の出来事を思えば、細心の注意を払いながらしなければならなかったが、用心が過剰すぎたためと言うことはウィーナにも痛いほどわかった。

 ウィーナの「もう気持ちは十分わかりましたから」と言う言葉で店主の謝罪の言葉は静まった。


「お前らは……」

 二、三回咳払いした後で店主は二人に声をかける。


「バイトしなきゃならんくらい生活が厳しいってことだよな」

「え? えぇ、まぁ……」

「っていうか、このままだと苦しくなるってこと……」

 ミール、ウィーナの返事を、答えを求める店主が遮り、彼女たちの答えを勝手に決めつける。


「いや、苦しいんだ。そうしとけ」


「まあ実際そうなんだけど……」

「店主、どうしたの? いきなりそんな質問して」

 その二人に構わず話を続ける普段の店主に戻ったのか、独自の理論を振り回す。


「冒険者ってのは、想像するに肉体労働なわけだ。つまり健康状態を維持するための費用は削れない、だろ?」

「そりゃもちろん」

「テンシュ、またまともなこと言いだした」

 一見失礼なことを言うミールだが、言ってることは正しいのだからしょうがない。


「つまりお前ら風呂に入れない日もあるということだ」

「「それはない」」


「ということで、今からお前ら、シャワー浴びて来い。セレナに普段から風呂を好きに使っていいって言われててな」


 言うタイミングも唐突なら、その内容も唐突である。


「ごめんなさい。流石に何を言ってるのかよくわからない」

「営業時間にそんなことできませんよ。仕事に穴空けちゃうじゃない」

「よし、シャワーを浴びることも仕事とする。浴びなかったら日給の今日の分無しな」

「横暴じゃない! そんなの!」

「シャワー浴びてくれば普通に給与出るんだが何か問題あるのか?」


 店主は不思議そうな目で双子を直視する。


「……覗かないでよっ?!」

「……すまん、この宝石の方がすごく気になって、お前らのハダカは正直すごくどうでもいい」


 言う方も言う方だが答える方も答える方である。

 しかし風呂に入って損をする気持ちになる者はあまりいない。

 しかも入らないと給料あげないとまで言う雇い主。

バイトってそういうもんじゃないでしょう? と疑問に思う二人だが、結局言われるがままに二階の風呂場に向かう。


「それにしてもテンシュホントになんなの? 昨日は頼りになると思ったら、今日はお姉ちゃんを蹴り飛ばすし。こんな時間にシャワー浴びろなんていきなり言い出すし、ますますよく分かんない」

「テンシュの世界ではそれが当たり前なのかなぁ。それに異性のハダカに興味がないって……。いやらしい目で見られたくはないから、まぁテンシュからあんな風に言われる方がまだ安心できるかなって思うけど……。仕事大好きってことなのかな」


「……あれ? お姉ちゃん、おでこにも足跡ついてるよ?」

 間近でウィーナを見る妹が気付く。


「え? ほんと? まったくもうっ。正直気分悪かったけどねっ。戦闘中でもあんな蹴りもらったことないからさ。でも普段は気難しくてふざけてるテンシュでも、あんなふうに殊勝に何度も謝られたら流石にね……」

「ひょっとしてさぁ……」


 何かに気付いたミールが、呆れながら愚痴をこぼすウィーナに話しかける。


「シャワー浴びろって言ってたの、その汚れ落としてほしいから……かな?」

「あ……」


 言われてみれば、何度も謝る店主が一番数多くそんなウィーナを間近で見ている。

 汚れがついているから洗ってきなさいと言う言い方では、悪いのはそっちだろうと文句の一つや二つも言いたくなる。

 あんな言い方をされれば、いつもの店主のように見えるし恩着せがましくも感じない。

 いわば店主なりの思いやりを込めた言い方とも言える。


「「わ、分かりにくい」」


 二人は心底感じたことをつい口に出した。


 ───────────


「シャワー、終わりましたー」

「何やってんの? テンシュ」

「おーぅ、ごくろーさん。ただの暇つぶしだよ」

 店主は作業机に向かってはいるが、触っている物はただの大きな紙。

 厳密に言えば、ボール紙の丈夫さと同じくらいになるまで枚数を重ねた紙を、手で握れるくらいの幅で蛇腹折りをしている。


「さっきの宝石はどうなったの?」

「あん? お前らに説明したって分かんねぇだろ。つか、あのままカウンターに置いてたら邪魔になるだけだろ?」


 いつ来るか分からないが、買い物客が来たら確かに会計の邪魔になる。

 それもそうかと二人はカウンターの席に座る。


「で、次の仕事、何か特別な用事はあります?」


 ウィーナに聞かれて、作業を中断して考え込む店主。

『ホットライン』の件も『クロムハード』にも道具はすべて手渡した。

 あとは実際に活用して見てどうだったかを聞く必要がある。

 自分の仕事に落ち度があってはならない。不便なところなどがあったら、使い方や使いどころに間違いがあるのか、それとも自分の見立てが誤っているのかを見分ける必要がある。


「特別な用事があるとすりゃ、『ホットライン』に、道具の成果の報告をしに来いって言う伝言くらいなんだが、今日も模擬戦やってるか依頼引き受けて実地で体験してるかだったらあまり意味ないか。店番のままだな。昼になったら昼飯の準備くらいか」


 その店番とて、客が来ない。


「テンシュー、聞いていい?」

「面倒くさくて聞きたくないが、まだ申し訳なく思ってるから一応聞こう」


 面倒くさいのはテンシュの方だよと思いながら、ミールは一応聞いてみる。

 でないとバイト料に影響が出るかもしれないと思ったからだ。

「さっきまでシャワー浴びて、んで間もなくお昼でしょ? 仕事してなくない?」


「気にするな。気にしたら負けだ。それに言わなきゃ相手は気付かないままだったかもしれないって考えたことはなかったか?」


「テンシュ……テンシュは仕事についてどう思ってるのか聞きたくなったんですけど……」

「宝石加工なら趣味と特技。そしてストレス解消だな」


((ある意味羨ましすぎる!))


「テンシュッ! いるかっ!!」

「いねぇよ!」


「「ちょっとテンシュッ!!」


 自動ドアが開くのももどかしいような勢いで入って来たのは『ホットライン』のメンバー。

 いつものとぼけた店主の返事に双子がツッコミをいれる。

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