バイトにて、ミールの災難 3
『ホットライン』の入り口のドアに鼻をぶつけたミールは、拠点の客間に案内をされ傷の手当てを受ける。
「ホンットにブレイクってば! 慌てたら周りが何も見えなくなるんだから! お客さんの顔をブレイクしてどうすんのっての! しかもよりにもよって女の子のよ? 失礼なんてもんじゃないでしょうに! ……ホントにごめんね、ミールちゃん」
痛みは放置してても消えてしまうし、傷の一つや二つ顔に残っても気にしない。
何せ冒険者である。この程度は気にするほどでもない。
しかしキューリアはミールの傷の手当てをしてくれた。
「傷の治癒魔法は私はちょっと苦手でね。戦場とかなら応急手当のつもりでやってもいいんたけど、きちんとした薬とかあるからさ」
「い、いえ。早く帰りたかっただけだったんですが……」
手当してくれる親切はありがたいが、すぐ戻るだろうと思われていた用件が意外と時間が長引いている。
「……何と言うか、ホントに済まない。ところでテンシュが全員分完成させたって本当か? それならすぐにでも受け取りに行きたいところだが」
ブレイドはミールに素直に謝罪はするが、それ以上に気にかかっているのは店主に依頼した道具の件。
まだすべてが伝わっていないことを知ったミールは言い忘れたことを付け足す。
「あ、明日の朝一番に来てくれって言ってました。多分今日はもう遅いから、説明とかがあるともっと遅くなるからじゃないでしょうか」
言われてみれば、とブレイドはスウォードの依頼の事を思い出した。
完成させた道具をただ手渡したのではなく、結果的には丁寧な解説までつけてくれた。
何も言われなかったら、彼はどのように活用していいか分からなかっただろう。
気まぐれで、気難しく、言うことはわざとブレたり外したり、おまけに毒舌もある。
それでも仕事に取り組む姿勢は真剣で真摯。出来上がった品物には依頼客にそんな対応をする。
そしてその出来上がった道具の効果。
期待以上の物が出来ているに違いない。
そう思うと、たとえ朝一番だとしてもその時間が待ちきれない。
しかし開店時間よりも早く店に行ったりすれば、また店主の機嫌を損ねるかもしれない。
「うん、じゃあ明日の朝一番にお邪魔しようかな。今日はごめんね、ミールちゃん。キューリア、手当のついでで悪いけど、テンシュんとこに送ってってあげて」
「全くよ、ホントにもう! じゃ、行きましょうか。ごめんね、お茶も出さずに……」
「い、いえ! 手当ばかりじゃなくそこまで気を遣っていただかなくても……。それに、帰りはキューリアさん一人になっちゃいますよ? いいですよ、私一人で帰りますから」
ミールは慌てて遠慮するが、迷惑をかけてしまったことと、そのことで誰かを付き添わせるとしたらここに来るまで一緒だったキューリアが適任ということで、ブレイドが強引にキューリアを同行させることを決めてしまった。
『ホットライン』の拠点から『法具店アマミ』に向かうミールと、彼女に付き添うキューリア。
「でも大丈夫? 痛くない?」
「え、いやこれくらい平気ですよ。これでお薬なんて、正直大げさじゃないかなって思っちゃいました」
帰り路を歩きながらの会話
固い愛想笑いでミールは返事をするが、心配そうにその顔を覗き込むキューリア。
「ひょっとして、まだ気にしてるの? あのこと……」
「ひょぇっ?!」
いきなりの質問にミールの声はひっくり返る。
「実はね……」
ミールが気にしていた、キューリアに杖を強奪された事。
そのあとキューリアと『ホットライン』からも謝罪を受けたが、受けたのはただの謝罪の言葉だけ。
なぜ杖を取られたのかさっぱり分からない。
しかし気にしていたのはミールだけではなかった。
なぜミールの杖が気になったのか、キューリア本人も気になっていた。
それが先日の、スウォードの道具を作った店主の解説でその謎が解けた。
「……ということがあったのよ。元素の四つとか五つとか、それとは違った能力を持たせたんだって。ミールちゃんの杖にはその元素の力はあるけど、同じように別の能力持たせてたらしいのよ。それに反応しちゃったのよね。何度かその杖、使ったことあるんでしょう? 気付いてた?」
「そ、その『クロムハード』って人達のことは知りませんでしたけど、そんなことがあったんですね。そうなんだ、この杖が……。術を使ったことはもちろんあります。でもいつもと違うなってことしか感じられなかったけど、そうなんだ……」
日本刀のように腰の脇に差さっている杖をなでながら見つめるミール。
「ってことは、テンシュがあの店で最初に作った道具の一つってわけね。すごいじゃない」
「え? えへ……。でも、いつまでも頼るなってことも言われたな。頼ってるうちはまだ弱いってことなんだろうけどなぁ」
「え? そんなことも言ってたの? そっかぁ……」
ミールはキューリアの反応を不思議そうに見る。
冒険者でもないのに、冒険者の心得のようなものを知っている店主。
考えてみれば、住民向けの店は誰でも開くことは出来る。しかし冒険者向けの品物を扱う店は、期間の長短問わず、冒険者としての経験を積んだ者が営む店の方が信頼されやすく人気も高い。
しかし店主にはそんな話はまったくない。
「そう言われてみればそうですよね」
「しかも普通の会話は不真面目だし、まともに聞いてくれないしっ。石の力が分かるってことだけでそこまで信頼されるものかしらね」
「でも……仕事は真面目なのよね。人相手だと不真面目だけど、物を相手にするときは……うん、誠実って感じ」
バイトしている間の店主を思い出すミール。
言いたくはない。言いたくはないが、思い出すことをそのまま表現するとそんな言葉が口に出る。
「職人気質ってとこかしら」
「人格はともかく、お仕事の方はもっといろんな人から評価されてほしいなって思います」
二人は同じ冒険者。同じ店に依頼を持ち込んだ。そして同じ女性ということで帰る途中のおしゃべりに花が咲き始める。
店の前に着くころには、二人の間からはすっかりわだかまりは消えていた。
「ただいまー。テンシュさん遅くなりまし……」
「うん、遅かったな、ミール。何油打ってた? ただの伝言だったはずだが?」
「あ、えっと、実はうちのリーダーがミールちゃんに……」
「うん、言い訳すごくどうでもいい。バイト代、プラマイゼロな」
「えー!」
「ミールちゃん……さすがにお姉ちゃんもちょっと待ちわびすぎちゃってね」
「はぅぅ……」
ミールにとって、一難去ってまた一難の夜だった
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