幕間 二:店主が仕事以外の話をしてくるんだけど…… 3

 従業員全員と昼食会を開いた店主。

 和やかな話題は店主が発端の抱き枕の件。

 しかし店主が欲しがっているのではなく、セレナに与えたらいくらかでも元に戻るだろうかと思っての事。

 ここでセレナのことを打ち明けるとなると、別世界のことまで話さなければならない。そうなるとまた別の問題が持ち上がる。肝心なことまでは言う必要もないが、相談事に乗ってもらってる以上その線引きも考える必要がある。


 しかしその後に発言した若手の指導者的な立場の九条からも、そんな心配をする店主にとっては有り難いフォローが入る。


「抱き枕なら寝具でいいんじゃないですか? その人の趣味があればその趣味にあったもの……ま、若手の連中なら知ってて当たり前のような漫画やアニメなんかのキャラクターとか。そんな趣味がないのなら、映画のキャラクターなんかも悪くないでしょう。特に関心がないのならペットで人気のある動物のぬいぐるみとか」


 メガネを上下に動かして位置を動かしながら真面目な顔つきで議論するような内容でもないが、詳しい事情を追及される方面から逸れていきそうな話し方も、店主には有り難い。


「九条さんの言うとおりね。店主、その人の趣味は……」


 気落ちしているセレナに、恋人の有無などのプライベートな質問は地雷を踏みそうな予感がする。とは言え、そのぬいぐるみが、恋人がいると仮定してその恋人に似た姿だったりしたらそれこそ気落ちどころから狂乱の元になりそうでもある。

「……特に話をしてくれることはなかったからなぁ。あぁ、俺が勝手に、それがあればいいんじゃないかって思っただけだから。頼まれたわけじゃない」


「ならその人の情報は少なくても仕方ないですね。直に本人と一緒に買い物に行けば解決です。はい」

「いや冷静に言うがな九条。俺にそんな店は似合わ……」


 一緒に行って、縁が強くなったらどうするんだ。余計なことは言わなくていい。

 それは絶対避けるべき。しかしそのまま口にするわけにはいかない。

 店主は冷汗を感じつつ何とかそれを回避しようとするが、琴吹が阻止してきた。


「似合わないなんて言うんじゃないでしょうね、社長! そぉんなことないですよ。相手を思ってあげることが大切なんじゃないですか。っていうか、時々私たちにそんな話してるのに、自分には当てはめないってのもヘンですよ?」


 相手のために何かをする。その相手が生きていれば思いやり。亡くなっていれば供養。


 店主はそんな話をしょっちゅう耳にしたことはあるし、誰かにそんな話をすることもある。

 聞く人のために話をする内容は、自分に当てはまるかどうかまでは考えないことは多い。琴吹は店主の痛いところを突いてきた。


 だがそう言う琴吹の表情に、店主は違和感のようなものを感じる。

 彼女ばかりではない。店主を見る全員の顔つきからも感じる。

 その違和感の正体に気付き、店主は大慌てで主張する。


「ちょっと待て琴吹! 俺もあいつもそういう間柄ではないことは自覚してるぞ。もしそうならこうして相談するまでもなく、自分で目星付けて、とっくにあいつにあげてるわ!」


 全員の顔が一斉に「えっ? 違うの?」と冷めた顔に変わる。

 特に女性陣が思い切り失望したような顔。


 異世界への移動の外堀は埋められてしまったが、全員が店主に期待する思いは未然に防いだ手応えを感じ、彼にとって最悪な事態を躱しきった安堵で力が抜ける店主。


 ぬいぐるみの件だけで終わらせたい店主は、話題の中心から外れだした昼休みの時間でようやく人心地つく。あとは従業員達で男女間がらみの話だのサブカルチャーだので勝手に盛り上がる。

 しかし間もなくそんな楽しい時間が終わる。

 この雰囲気が去ることを惜しむ者もいたが、店主自らこのような昼食会を毎日開くことを決めた。

 年中無休の『天美法具店』。休業日はないが、従業員それぞれが当番制で休日を設けている。毎日昼食会を開くことで、特定の従業員の不参加が多いという不公平がないようにした配慮。

 突然の決定で従業員全員が驚くが、店主への賛美とともに全員一致でその決定を歓迎。それが励みになったのか、全員が張り切って午後の業務に向かう。


────────────────────


 昼休み直前に従業員の琴吹の仕事の一部を引き受けた店主は、忘れないうちにその仕事を取り掛かる。

 何事もなくその仕事を済ませる。その後の店主の仕事はいつもの宝石加工の作業ではなく、店のカウンターで店番である。それで今日の仕事は終わりの予定となっていた。


 この日も特に問題は起きない。あるとすれば店のショーウィンドウの前のアクロアイトの塊が少々邪魔という従業員からのクレームくらい。それだけで穏便に終わるはずだった。

 だがまさか。


 店主が考えている、セレナへのぬいぐるみの贈り物。場合によっては店主が彼女の地雷を踏み抜きかねない事態になる場合もある。


 アクロアイトの塊がショーウィンドウの前に放置される原因となったそんな彼女が、店主にとっての地雷になるかもしれない彼女が近づいてきたのである。


 自動ドアが開いて入ってきた客。

 寒くもないのに耳当てをして、サングラス、マスクもして、着ている服は膝まで隠れるロングコート。 誰から見ても怪しい恰好。

 帽子をかぶって隠しているつもりか、それでも肩にもかかるくらい長いため、隠しきれない金髪が目立つ。


 店主には覚える気がない向こうの世界の住人達。実はセレナとて例外ではない。

 けれども毎回、しかも一番長く顔を合わせている。名前と顔は残念ながら一致してしまった。

 隠せるだけ顔を隠しても分かってしまうほどに、店主はセレナの顔を覚えてしまっていた。


「てっ……手前共に何か御用でしょうか?」


 仕事中ということで、常に気を引き締めている店主は危うく

「テメェッ! 何しに来やがった!」

 と叫ぶところだった。


 種族が人間だったら誤魔化せる。だが、どこで人間じゃないと気付かれるかわからない人間ではない種族である彼女。バレたら注目を浴びるだけでは済まされない。そこまで寛容ではないこの世界。

 そんな世界に、まさか寂しいから来たなんて言うんじゃないだろうなと警戒する店主。


 他の従業員が注目している。

 そんな彼らに聞こえない小声で、しかもなるべく口を動かさずにセレナに伝える。

「返事すんな。黙って言うことを聞け。マスクかサングラス、どちらか外せ!」


 彼女は指示通り、マスクを外す。

 彼女は口をなるべく動かさず、小声で俺に伝えて来る。


「寂しくなったから、来ちゃった……」


 店主はそれを聞いて、一瞬気を失いかけた。

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