常連客一組目が常連客になる前はアルバイターでした 1
『天美法具店』の店主は『法具店アマミ』との接点はなるべく自分だけにしたいと思っている。
店主には特別な力がある。しかし他人に影響を及ぼすような力ではない。その力を使っても使わなくても彼が住んでいる世界や国、町内にすら何の変化ももたらさないし、彼自身それ以外は宝石加工職人という職業と職人気質以外はごく普通の感覚の持ち主である。だからこそ店主にとっては、『法具店アマミ』が存在する非現実な世界との接点はなるべく少なくしたいし、店主自身なるべく足を遠ざけたがっている。
異世界の事はその店以外全く知らないのだから、トラブルが起きた時には責任を負うことはできるはずがない。
しかし周りの人間はどう受け止めるか。全く知らないはずはないだろうという疑念を持つことは間違いない。
だからこそ向こうの世界とはなるべく無縁でありたい。
『法具店アマミ』では共同経営者にされたが、財務関係は店主を無理矢理誘ったもう一人の経営者、セレナ=ミッフィールが請け負う。
世界が違う。国が違う。言葉も違えば流通しているお金も違う。そんな世界で店主が関わるのは販売する品物の製作、製造関連のみ。彼女も彼の力に魅力を感じての勧誘だったから、彼の得意分野である宝石加工や道具作製以外の負担はすべて引き受ける。
彼女が店主と出会ってしばらくは礼儀を弁えた振る舞いで店主と接していたが、慣れてきたのか次第に親し気な思いが強くなり、フランクな言動が多くなってくる。
異世界の人々から懐こうとも懐かれようとも思っていない店主には、全く利益がなく無意味なことである。セレナに口調を強制しようとしても、言われた通りにするかしないかは彼女の意志次第。
店主は彼女への働きかけを諦め、自分のペースを貫くことにした。
自然と彼女や店の客に無愛想な態度が強くなっていく。
しかし彼が持つ仕事に誠実であり続ける姿勢は、現実世界でも異世界でも変わらない。
ところがそれが彼女が持つ店主への信頼を強めていくことになる。
このことを店主が知ったならば、間違いなくジレンマに陥ることになっていただろう。
『法具店アマミ』が開業してから一週間ほどになるが、セレナが店がある彼女の世界に帰還してからは二週間以上過ぎた。店への客にくらべて、行方不明になった噂を聞き付けた彼女の知り合い達が心配し、安否を確認に来る人数の方が圧倒的に多い。
店主の作業は店舗の中なので、そんな来訪者たちによって作業を中断させられることが多い。
セレナの知り合い達は、まず店の名前が変わったこと、店の中においてある品物が変わったことに驚く。人格が変わったのではないかと心配されることも多い。
そして彼らが見も知らぬ男に怒鳴られているセレナに驚く。
彼女をなだめて見も知らぬ男に敵意を見せるも、セレナがそれを抑えるものだからなおさらである。
仕事の集中の邪魔が入ることばかりではなく、セレナとただならぬ仲と誤解され嫉妬されたりクレームをつけられたりと、店主にとっては謂れのない事を幾度となく責められれば、責める方は一度きりであったとしても受ける側は流石に我慢の限界を越えることもある。彼の怒りはもっともであり、店主に対するそんな思いを持つ彼女は怒られて萎れているのも店主の主張が正しいと納得しているからだろう。
しかしそんな心情など来訪者たちは予想もしていない。驚くのも当然である。
そんな日々を過ごす中でセレナはこんなことを店主に報告した。
「それでなんだけど、いよいよ調査団が結成されたみたいなの」
「俺のところに飛ばされた原因の爆発事故とやらか? それで?」
「私にも聞き取り調査の協力を要請する便りが届いたのよ。協力は惜しまないつもり」
「俺は無関係。協力は拒否。この世界の事も知らなきゃ事故の話も聞かされちゃいねぇ。俺はお前だけに巻き込まれただけだし、こっちに来る仕掛けがあるならいくら秘密にしててもコスプレした謎の人が多く来たって噂くらい聞こえてくるだろ」
店主の言葉を制するセレナ。
「調査に協力してくれって話じゃなくて、調査は一日中かかるかもしれないって話。それが何日続くか分からないから、この店の帳簿とかの話なんだけど」
「それも俺はそっちは無関係。こっちの値でつけてもいいが単位も違けりゃ価値も違う。この店潰してもいいなら俺が好き勝手に決められるが」
店内に見られるこの世界やこの国の文字による表記は、セレナの魔術により店主の目には日本語を中心として彼が意味を理解できる言葉に変化している。というより、見る者によって言葉が変化する現象が起きている。
しかし表記が変化しない言葉もある。たとえば品物につけられた値札の値段など。
この世界の客が支払うお金は、この世界で流通されている物なので、日本円に表記が変わったとしてもそのお金を支払う者は存在しない。表記の変化が意味をなさない言葉やこの世界や国の文明文化に干渉しかねない事態を招きそうな言語には変化しないため、店主も教わらない限りは理解は出来ない。
「うん、それは勘弁して。品名書いてもらえればそれでいいから。お客さんにはツケにしてもらえればいいかな」
「それならいいが、店の寿命が短くなるな」
「うれしそうに言わないで。テンシュが来てくれてこっちはとても有り難いんだから。私の気持ちも分かってほしいな」
「ごめんください……」
恐る恐る店に入ってくる客は五人。
誰か来たぞという店主の声に促され、セレナは客を迎え入れに行く。
セレナとの話も終わり作業に入ろうとしたところに来客。店外に出なければいくらでも長く仕事に取り掛かっても彼の身の上には何の問題もない。
依頼ならば話を聞かなければならない。これから作業に入ろうとする店主は、その出鼻を挫かれた。
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