トラブルは続く 3

 自分では判別できない石を店主に鑑定してもらったセレナは、その石を素材の一つにして『法具店アマミ』で道具を作ってもらった。


 店主はここに来る事に流石に抵抗はあったが、自分の好きなように宝石を加工できることと思う通りの物作りが出来ること。そしていくら時間をかけようが、自分の世界の時間は全く使わないで済む利点が彼の重い腰を動かした。セレナがインスタントラーメンを食べ切る時のような気の重さは、彼には全くなかった。


「火の力と組み合わせた杖を二本作った。普通の攻撃用の杖になる。そしてもう一本がお前が持ってきた宝石を組み込んだ杖、『リミットさん』とでも名付けようか。ま、お前にとっちゃおもちゃだろうからそんな名前で丁度いいだろ。この二つを比べて効果の違いを見る実験をしたいが、どこか適当な場所が……」


「斡旋所の鍛錬所ならいいかも。壊してもいい的とかたくさんあるしとっても広いんだよ」

 そんな場所があるならそこで実験を行っても問題はないだろう。

 しかし二人の間で言葉が通じない問題がある。


「ならここで説明しとこう。それぞれの杖の効果を見るために、二か所に同じように的を並べること。間を開けて的を並べるんだが奥に向かっての縦方向と、左右の横方向の二種類。その範囲は目一杯並べてほしいが、現地の広さを見てからだな。縦横に見える位置にお前が立って、同じ力を使ってその杖を通じて発揮させること」


 その要領が分かったセナレは頷く。

 あとは到着までに誰かから絡まれることが心配の種。


「それは私がついてる知るし問題ないってば。それよりこれ、どんな違いが出るんだろ」


 あまり力を込めるなよ?

 自分のために作ってくれた道具と勘違いしているのか、そんな店主からの注意が耳に入ったか分からないくらい浮かれている。


 人の話を聞かない店の経営者で、店が成り立っていけるかどうか。

 そんな不安は一つもない店主には、まるで他人事のように興味津々である。


────────────────


「へぇ……ここが鍛錬所か……。プロ野球公式戦の球場くらいあるか? でも観客席は斜めだから、あれが平面になると……球場よりも広いのか?」


 セレナから手を引かれながら、何事もなく斡旋所に到着する。

 子供ではないのだから、いい年をして手を引かれて歩くのも恥ずかしいやら情けないやら。

 しかし迷子になったら元の世界に戻るどころではない。『法具店アマミ』に戻ることすら難しい。

 町中にある看板や標識に書かれた文字はすべて、店主から見て記号の羅列。

 耳に入る道端での会話も理解不能。セレナも時折通行人から驚かれ、喜ばれ、普通に声をかけられる。

 会話の意味は全く分からない店主だが、斡旋所に行くことを優先していることはその様子を見るだけでも分かった。


 そうこうして歩いて行くとやがてたどり着いた斡旋所。冒険者のための宿泊施設が併設されており、隣接する広い建物は鍛錬所。

 鍛錬所へは斡旋所の建物の中を通って中に入る。セレナは受付で何やら会話をしてからそのまま店主の手を引いてその通路に進む。


 そこを抜けて出てきた場所を一望し、店主は感心した。


 何人かが武器での打ち合いによる模擬戦をしている。無関係な者を巻き込まないように気配りをしたのであろう。奥の隅でそれは行われていた。時間帯も夜のため、利用者はその者達だけ。中央は存分に使うことが出来た。


「ここを目一杯広げて的を並べるのは流石に時間がかかりすぎる。適当に並べてい……って言っても俺の言葉も分からねぇか」

 いつの間にか手を放したセレナは並べる的を取りに行く。ここで離れても置き去りにされることはあってもはぐれることはない。

 店主がセレナの後を追って行ったのは心細くなったのではなく、少しでも早く終わらせられるように手伝うため。


 身振り手振りだけのコミュニケーションは意思伝達に時間がかかるが、事前に打ち合わせをしたせいかスムーズに事を進む。


 段ボール箱のように軽い、セレナの身長の半分くらいの箱を全部で四十個を、五メートルくらいずつ離して縦に二列、横に二列、交わらないように列もそれぞれ離して並べていく。


 まずは縦方向で、普通の杖を使って火の魔法を試し打ち。セレナから近い箱二つを燃やし尽くして終わった。

 店主もセレナも、まぁこんな物だろうという目で見る。

 言葉は通じない。しかしセレナは思わず声をかけてしまったのだろう。店主には何と言ったか分からないが、じゃあ本命はどうかな? という期待が止まらない顔をしているセレナ。

 彼女は『リミットさん』を構えてもう一列の前に立つ。

 ほぼ同じ距離をとり、同じ力量を込めて火の魔法を放つ。


 大体五メートルおきに置かれた縦一列十箱が燃え尽くされて全滅した。


「◇●▽※☆×?!」

 普通の杖の効果と比べ、店主は予想した通りの結果なのか落ち着いているが、セレナのリアクションが激しい。

 一体自分は何をした? 

 現実を把握しきれないようなセレナの驚きっぷりを見て店主は感想を聞こうと彼女に近寄るが、言葉が通じないことを思い出す。

 気を取り直したセレナが見た方向は、まだ残されている横方向への試し撃ちの箱の二列。

 深呼吸したのは、気持ちを切り替えるためか。表情が一変して真剣な顔で的を見る。


 杖から火が飛び出ると、周りの箱を吹き飛ばし、目標の一個の箱だけを燃やし尽くした。

 セレナはさっきの手ごたえを覚えているようで、その結果に不満顔。

 残った最後の一列に『リミットさん』を構えて同じ力を込めて火の魔法を放つ。


「☆◎×□●※◆!!」


 セレナは何やら叫びながら、店主に掛けよって抱き着く。

 全身で喜びを表現しているのは間違いない。


 女性だが、冒険者である。

 そんな体力がある者に力いっぱい抱き着かれて無事でいられるはずもない。

 が、守護の力が働き店主は苦しい思いもせず無傷で済むが、動くに動けない。

 もがいて抵抗して店主はようやく解放されたが、店主の意図に気付いたわけではなく、言葉が通じないことに気がついての事。

 鍛錬所を利用した箇所を片付け、斡旋所から『法具店アマミ』に急いで戻る。

 店内に入るなり、セレナは店主に再び抱き着く。


「すごいすごい! まさかあんなに効果が違うなんて思わなかった!」


 店主から離れると、二本の杖を見比べる。

 寸分違わぬ杖。違うのはその宝石が加わっているかどうかのみ。


「力が増幅される効果があるのね。これはちょっと私には判別できないな。言われてようやくその力の正体がわずかに分かる気がするくらいだもん。テンシュさんすごいよ」


 興奮と感動が覚めないセレナ。


「ハイハイ。杖二本作るのに三時間。そこから実験しに行って全部で二時間かよ。軽く休ませてもらうわ」


「テンシュさん、上で客布団使って休んでよ。ここじゃ疲れ取れないよ?」


「お前に襲われるからやだね。鍛錬所でどんだけ離れようと思ったか分からなかったろ」

「え……」


 『天美法具店』で一日の仕事が終わった後の『法具店アマミ』での大仕事。その後は周りの環境が違う場所に同行し、言葉も気持ちも通じない相手に付き添う。その付き添った相手が、店長の一日に二回目のトラブルを引き起こした元凶。意外と疲れがたまっていたのか店主は作業場の椅子に座り、机に突っ伏してあっという間に熟睡。

 本人でなければ分からない類の疲れだろうし、もう十二時近い深夜の時間。店主の背中から毛布を掛け、セレナも休むことにした。

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