トラブルは続く 1
『天美法具店』の店主が、人ではない種族のセレナがいるこことは異なる世界に足を踏み入れたのは二回。
一度目は気のせいと思った。しかし事実は確認した。
二度目は間違いなく確認した通りだった。
店主が異なる世界に滞在し、日を跨いでから『天美法具店』に戻っても全く時間は経っていなかった。
一日余計に働いたと思ったら、休日はまだそっくり残っていた。
有給休暇とは、賃金が支払われる休暇日のことを言う。
給与ではなく時間をもらったようなものではないか。
「あ、あぁ、そうだな。いや、勘違いしてた。すまない」
「え? えぇ……。じゃあこれから彼女とお出かけなんですね」
「え?」
「「え?」」
時間が経っていないということは、従業員達からすれば、彼女に付き合うために休養を店主に強要した一日がこれから始まるということ。
付き合うどころか修羅場まで迎えてようやく戻って来たところ。
別の世界の事や往来する方法などは知らせない方がいい。だから彼らはそれを知らない。
これから出かける素振りをして、彼らが事務棟に向かったのを見届けてから二階の作業場に籠る。
音も振動も周りに伝わらないので、店主はこれで一日中宝石の加工作業にのめり込むことが出来る。
店主のストレス解消法の一つでもあり、『法具店アマミ』に展示する品を増やす仕事でもある。
休暇日に彼女と過ごすという約束も破ったわけではない。
ただその認識の仕方が店主と従業員との間にかなりのズレはありそこに後ろめたさは感じるが、責められる謂れはどこにもない。
「しかし、明日のこの時間までに向こうの世界に移動したら……俺が二人いるってことになるのか? 試してみる気もないし、何の意味もないことだからどうでもいいか……。まずはこいつらで何かを作るか」
結局この日は誰からも居場所を知られずに、自分の好きな宝石加工の作業に没頭出来た一日になった。
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「……ということがあった。今まで毎日夕方までいるだろ? 店に帰ったらここに来る前の、開店前の時間のままなんだ。店に戻ると時間も戻る。場所は違うが同じ時間を二度繰り返すってわけだ。だからここから去る日時まではここに来れないし来るつもりはない。俺が二人いるなんていう不気味な現象に遭いたくねぇし、この世界にどっぷり浸かる気もねぇな。まぁこの店が潰れても、俺には痛くも痒くもないが」
「だからそういうこと言わないでくれる? テンシュの力は私にはとっても有り難いんだから。ホントに感謝してるのよ?」
「そういう割にはお前もこっちに来たがるよな。お前にとっちゃ見所がある世界じゃねぇよ。つーか来るんじゃねぇ。誤魔化し切れなくなる。来るなら従業員が帰った後だが、来てほしくはない。逆に俺にとっちゃここは……まぁ目の保養になるもんはあるから悪くはねぇけど、絶対に来なきゃなんねぇ場所じゃねぇ。あ、目の保養ってお前の事じゃねぇから。倉庫の宝石の山の事だから」
セレナのために支援すべきという従業員からの強引な後押しに負け、店主は無理矢理取らされた休日の早朝に『法具店アマミ』に向かう。そこで初めての仕事を泊まりでこなし、何とか達成して『天美法具店』に戻ると店主の休日の出勤時間前。
店主はセレナの店を手伝ったが、従業員からはこれから手伝いに出かけるものと思われる。
何とか従業員の目を誤魔化し、無駄に疲れた体を休めるため、ストレス解消である趣味の宝石加工に没頭した。
セレナの世界を去った後の時間を見計らって翌日、店主は倉庫に眠っている腕に選りをかけた数珠などを『法具店アマミ』に持ち込み、ショーケースに並べていく。
ところが前日に続き、この日も店主はトラブルに見舞われた。
知ったかぶりの客に絡まれたのである。
女冒険者を三人引き連れたそのリーダーらしい男の客は、店内に展示されていたセレナが作った杖を手にし、それに散りばめられた同じ種類の宝石を同じ位置関係で、同じく展示されていた剣の柄につけてほしいという依頼。
セレナは魔法攻撃に対する防御力を高める効果を狙って作ったつもりのようだが、やはり宝石同士の力関係は考慮に入れてないことが分かった。
これを同じ位置に宝石を組み込むとなると、道具の目的が違うことからほとんど効果が見当たらない。せいぜい決して戦闘中に落とすことがない程度の魔力の効果くらいしか望めない。
店主はそのことを告げる。
「俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ。それでかなり切れ味が上がるはずなんだからよ」
「あんたから見ればそうなんだろう。お前の世界の中ではな」
店主は宝石ばかりではなく留め金や武器の材料の力まで鑑定し、依頼客の望み通りの物は出来ないと断言した。
依頼客の男が自分の意見を押し通そうとするのは、連れの女冒険者達にいい恰好を見せようとしているだけ。店主にはそうとしか思えない。
異世界での店主の仕事は、自分の鑑定する石の力を効率よく利用できる道具作り。他の者の鑑定は、結果が同じであれどうであれ店主の仕事の邪魔なだけ。時間の浪費でしかない。
そんな店主の言葉が男の逆鱗に触れた。
しかし店主は動じない。その客の言う通りに作ると、店の看板と自分の職人としての腕に泥が付く。
「そんなに文句を言うなら他の店に行くと良い。あんたの望み通りの道具を作ってくれると思うぜ? 俺はあんたからの依頼は受けられん。あんた、宝石のことで好き放題言ってるけどさ、見当違いの事ばっかり口にしてるんだよな。そんな見当違いの見立てで、あんたの思い通りに作るわけがねぇ。まぁどう思おうと勝手だが、俺の仕事に口出しすんな」
その男はいきり立つ。心の中は、自分に惚れている女の前で赤っ恥をかかせられたという思いでいっぱいなのだろう。
「店の者なら黙って客の要望聞きゃいいんだよ! とにかく俺の指示通りに作りゃ俺の言う通りに出来るんだよ!」
「あんたの言う通りにしたらこの素材すべてゴミになる。こいつら全部号泣するぜ? 俺の力を発揮できねぇ、持ち主の役に立つことが出来ねぇってな。こいつは刀剣で、稀に防御の役に立つこともある。だが主な目的は何かを切ることだ。その目的を果たせねえ物は美術品とか飾り物。そんな物ぁ他で買ってくれ」
全身から怒りの感情を沸き立たせている男は、腰に帯刀している武器に手をかける。
「ちょっと、店の中でそれはやめなよ」
「店の人に迷惑だよ。ねぇ、やめよ?」
「他の店に行けばいいじゃない。あなたのこと信頼してるから、ね?」
「そういう訳にはいかねぇな。何でこの俺が、一介の道具屋の親父にそんなこと言われなきゃなんねぇんだ!」
誰もが店主の身の危険を感じるが、店主の口からはこんな一言。
「親父って言われる年になったかねぇ。一見若そうに見える俺より年上のやつなんざ、この世界にゃごろごろいるだろうに」
疲れたような顔で立ち上がり、店の出口に向かう。
リニューアルのついでに『天美法具店』のドアに合わせて作られた『法具店アマミ』の文字が刻まれてある自動ドアを開け、左右のドアの接触する上部を親指で触れる。
そのドアを一旦閉じる。
「外でやろうってのか? いいぜ。ぶった切ってやる!」
「ちょっと、町中でならなおさらよ!」
「やめなって。そんなどうでもいい人なんか相手にしなくていいよ」
「もういいから他の店に行こうよ」
連れの女三人から止められるがツカツカと店主の傍に近寄る。
店主は「ついてこれるなら俺の後についてきな」と言い放って外に出る。その後について行く男。しかし外に店主の姿はない。
「……? どこに行った? どこに隠れた?! 逃げやがったか?!」
「え? 消えたの? ウソでしょ?」
外の通りは待ちゆく者は数える程度。人ごみに紛れることが出来る賑やかさではないし、身を隠すところもない。
「魔力はゼロの人種だったよ? 魔法でどっかに飛んだりするってことはあり得ないよ」
「一瞬で立ち去る体力もない人だったよ? 普通の一般人だった。なんでいなくなるの?」
四人の後を追ってセレナが慌てて店から出てきた。
「何かありました? うちの店の人が出て行った気配がしたんですが」
「あぁ?! 客に向かって言う態度じゃねぇから力づくで言うことを聞かせるつもりだったんだよ。そしたらいなくなっちまった。何者(なにもん)だありゃ?!」
いまだに怒りが収まらない男は、その矛先をセレナに向ける。しかしセレナもそれに動じない。
「あぁ、あの人を怒らせたんですね? じゃあもうあなた方に道具は作るつもりはないようですからお引き取りください」
セレナはにこやかに笑っているが、その内面に変化を起こす。
それを感知したのか、連れの女の一人が男に耳打ちをする。
「ち、ちょっと。この店ヤバいよ。ホントに他のとこに行った方がいいよ」
「たかが道具屋に何ビビってんだ! ここはガツンと」
その言葉を相手にしない男。しかし他の女もセレナの変化に気付き、体が震え始める
。
「斡旋所の登録チームの、上位二十より軽く上に行く人だよこの人。何で道具屋やってんのか分かんないくらい強いよこの人ぉ!」
男は連れの三人に懇願される。それでもセレナに盾突こうとする男。最後は女冒険者三人に引きずられて店の前から去っていく。
その四人を見送った後、暗い表情でセレナは溜息をつく。
「二日連続の災難か……。テンシュさん、また来てくれるかな……?」
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