第166話あらやだ! 皇帝と女教皇だわ!
ほんまは嫌やったけど、皇帝に言われてしもうたら、ノースに住む人間としては従わんとあかんかった。
「あらユーリちゃんじゃない! 訪ねてきてくれて嬉しいわあ!」
「……あたしはあんたに会いとうなかったけどな」
女教皇の名に似合うとる豪華な部屋でソファに座りながら、アーリはあたしと皇帝を出迎えた。水色を基調にした清潔感のある装いで、なんちゅうか、性根の悪い狂乱の悪女とある意味そぐわないな。
「つれないこと言わないでよう。あ、もしかしてツンデレってやつかしら?」
「あんたにデレることは未来永劫あらへんわ……そないなことはどうでもええ。皇帝があんたと話がしたいらしいんや」
話すとめっちゃストレス感じるから、皇帝に水を向ける。
皇帝は「話に聞いていたとおりの人ですね」と何気なく椅子に座った。
「あら。勝手に椅子に座るなんて、結構無礼な人?」
「皇帝ですから。ユーリさんは座らないですか?」
「あたしは立ったままでええ」
何かあったときに動けるようにしとかんとな。
「うふ。なかなか偉そうな人ね。カイザーちゃん」
「偉そうではなく、偉いのです。ま、そのようなことはどうでもいい。単刀直入に言います」
皇帝は女教皇に言うた。
「魚人との理不尽な条約を破棄してください」
「……てっきりノースと同盟を結ぶ話だと思っていたわ」
予想外の言葉やったみたいや。あたしも事前に聞いとらんかったら、驚いたやろな。
「あなたとは、同盟は結べません。まあ不戦協定ならいいですけど」
「酷いわあ。同じ人間じゃない」
「人間……本当にそうですか?」
皇帝の言葉にアーリはにやにや笑うとる。
あたしは意味が分からんかったけど、関わりとうないから黙っとった。
「ユーリさんからいろいろ聞きましたよ。そして今こうして話して確信しました」
「へえ。何かしら? 聞かせてくれる?」
「あなたは――悪人として完璧です」
まあ、悪人ちゅうか、極悪人やしな。
皇帝は余裕をもって、アーリに問いかける。
「人の苦しみを楽しみ、人の不幸を心から喜べる。この世全てに害を与えるために生きている」
「ほんの少ししか話してないのに、よく分かるわねえ。素敵だわ」
「皇帝ですからね。しかしそうなると困ったことになります」
皇帝は腕組みをして――とんでもないことを言い出した。
「ここであなたを殺すのが最善でしょうけど、そうしてしまうと他の種族と同盟は結べません。力づくで従わせたように思わせてしまう」
「そうねえ。ただではやられないけど、勝つのはあなたね」
「それに、あなたに勝つには心を折らないといけません。私にはできません。できるとしたら、ユーリさんでしょうね」
唐突にあたしの名がとんでもない例で出たんで驚いた。
「ユーリちゃんがあたしの心を折る? そんなのできっこないわあ」
「そうですかね? 十二分に可能性はあると思いますが……それより魚人の件はどうですか?」
「もちろん断るわ。魚人を従わせる道具として使う予定だから」
道具やと? ログマたちが一生懸命なんとかしようとしとるのに――
「アーリ。あたしはあんたが分からん」
思わず口出ししてしもうた。我慢しようと思うたけど、できひんかった。
「人を苦しめることを楽しみ、人の不幸を喜べるあんたの考えが理解できひん。なんでそうなったんや?」
「はあ。ユーリちゃん。あたしも同じなのよ」
溜息一つ吐いて、アーリはあたしに言うた。
「どうして他人の楽しみを自分のことのように楽しめるの? どうして他人の幸せを喜べるの? 自分のことじゃないでしょう? 妬まないの? 羨ましいと思わないの?」
「多少は思うけどな。でも一緒に楽しんだり喜んだりしたほうがええやん」
「そこが分からないのよ。すぐにくだらないと思うし、つまらないと思っちゃう」
分からへん。アーリが言うてることが、まったく分からんのや。
「まるで分からないって顔しているわね。あたしもあなたの言っていることが分からないから、その気持ちが理解できるわ」
そんで、あたしに対してトドメとなる一言を言うた。
「理解できない他人の考えを自分の考えに染めるなんて、一番残酷だと思わない?」
「…………」
「あなたは、いろんな人に影響を与えたと思うけど、それが一番正しいなんて、思わないでね?」
何も言えへんかった。
真っ先に思い出すんはあたしに憧れて、その思いが暴走してしもうたエーミールのことやった。
そしてアリマ村の元山賊の住人たち……
「それの何がいけないんですか?」
皇帝の言葉にハッとした。
皇帝はアーリを真っ直ぐ射抜くように見つめとる。
「人の道を正すことは善です。良き影響を与えることも、正しくあろうとする姿勢も善です。あなたのように自分勝手に人を混乱させて、誤らせるような悪人に正論を言う資格はありません」
「……結構ひどいことをさっきから言うわね」
「悪人を糾弾するのは、為政者として正しいことですから」
皇帝は当初の目的である説得して味方に付けることを忘れてしもうたらしい。
「あなたは――間違っています」
「…………」
「汚く醜く間違っていて、人を堕落させる悪の塊です。吐き気がするくらい、胃がむかむかするくらい、気持ちが悪い。正直不快です」
「…………」
「あなたは決して――幸せになれない」
全ての言葉を黙って聞いとったけど、表情はにやついとる。
自分に向けられる悪意が愉しいように、アーリは笑っとる。
「もうあなたと話すことはありません」
そう言うて皇帝は椅子から立ち上がった。
「行きますよユーリさん。時間の無駄でした」
「あ、ああ。分かったで」
結局、何の成果も挙げられへんかった。ただ互いの悪口言うただけの実りのないもんになってしもうた。
「カイザーちゃん。龍族と魔族を滅ぼしたら、次にノースを滅ぼすわ」
帰り際、アーリはそう言うた。
「あなたの苦しむ顔が見たくなったわ。精々、長く苦しんでね」
「…………」
それに答えることなく、皇帝は部屋から出る。
あたしも何も言わずに出て行く。
パタンと扉は閉められた。
「よし。上手くいきましたね」
「どこがや? アーリを完全に敵に回してもうたやん!」
廊下を並んで歩く。ゆったりと歩くから歩幅が違うても追いつけた。
「私を苦しめるためには、龍族と魔族を真っ先に滅ぼさないといけなくなりましたよね?」
「……まあそうやけど。そん後はどうするんや?」
「アーリさんを殺します。それで終わりです」
さらりととんでもないことを誰が聞いとるのか分からん廊下で言うた皇帝。
「まあ、戦争に勝ちそうなときに暗殺できればベストですけどね」
「恐ろしいことを考えるな……」
「逆に訊きますが、あれを生かしておくメリットってあります?」
……人の不幸を喜ぶ権力者を生かしておくメリットなんてあらへんな。
「……でもな。殺すのはあかんわ」
「まさか、改心できると思っているんですか?」
「平和の聖女と言われとるけどな。そない完璧やあらへん。せやけど……」
あたしはほんま馬鹿やな。
あんなどうしようもないアーリを改心させようなんて思うなんて。
「茨の道ですが、影ながら応援していますよ」
皇帝は諦めろとかやめたほうがええとか、否定の言葉は言わんかった。
大人な対応に、あたしは――
「……ありがとうな」
自分が間違うてることを言うたのは重々分かっとった。
せやから、それしか言えんかった。
部屋に戻って、キールが魚人の説得に失敗したことを聞いて。
それからは何もせずに待機して。
そして三日後――世界の命運を左右する、会議が再び開かれたんや。
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