第164話あらやだ! ドラクロさんだわ!
戦争をする――そん言葉はめっちゃ重かった。せやから誰もその場で即答せえへんかったんや。
重苦しい沈黙が続いて、ようやくホビットの代表、パンフライが口を開いた。
「……ノースの皇帝殿。今ここでは即言できぬ。時間を頂きたい」
「まあ当然でしょうね。では三日後にまたここに集まって各々の立場を明らかにするのはいかがですか?」
各々の立場……それはもしかすると龍族と魔族に味方するっちゅうこともありえるんやろか。
「人間に味方するのか。それとも龍族に組するのか。はたまた中立を貫くのか。選んでください」
そう言うて皇帝は立ち上がった。
「会議はこれにて終了としましょう。ユーリさん、ドラクロさんを看てあげてください」
「うん? ああ、分かったで」
こうして第一回目の世界会議は終わってしもうた。
いろいろあったけど、わずか四十分ほどしか話せなかったんや。
「ユーリさん。ドラクロさんにこう訊ねてくれませんか?」
皆が退席する中、皇帝はあたしに耳打ちした。
「何を訊くんや?」
「好きな色を訊ねるんです。するとドラクロさんは『黒が好きだ』と答えるでしょう。その後、『皇帝の好きな色は赤です』と言ってください」
「ふうん。それで?」
「ドラクロさんは『赤は皇帝を敬っている』と言うでしょう。もし言わなかったら、まだ魔族に操られているか、もしくは――」
なるほど。合言葉か。それで洗脳を解かれとるかカマをかけるんやな。
「もしくはなんやねん?」
「……いえ。まさか賢者とあろう者がそのようなことはしないはずです」
思わせぶりなことを言うて、さっと離れる皇帝。そんでキールと一緒に会議室を出てまう。
……めっちゃ気になるやんか。
あたしはドラクロさんの御付の人と一緒にドラクロさんを看ることにした。会議室からゲストルームへと運ぶ。ベットに寝かせて口を開ける。舌がちょっとだけ短くなってしもうたけど、喋るのに不自由はあらへんやろ。
顔色が少し悪かったので体力回復の魔法をかける。すると身体をよじらせながら、ドラクロさんは目を開けた。気いついて良かったわ。
「ドラクロさん。起きたで」
御付の人――青いローブを着た糸目のにいちゃんのファイさんと赤いローブを着た肉感的な美女のサイさんがこっちに寄ってくる。
「ありがとうございました。後は我々が看ますので」
サイさんがやんわりとした言い方で出て行くように言うた。あたしは「なんや。治したと思うたら厄介払いかいな」とわざと嫌な言い方をした。ここで追い出されたら魔族に操られとるのかそうやないのか、分からんからな。
「いえ。そういうわけでは……」
「あたしは治療魔法士や。患者が回復したかどうか、確認する必要がある」
強気で言うてぼうっとしとるドラクロさんに話しかけた。
「ドラクロさん。分かりますか?」
「……ああ、なんとか」
ドラクロさんはハッとした顔であたしを見る。
「君は……何者だ?」
「あたしはユーリ・フォン・オーサカと言います。あなたは魔族に操られとったんです」
ドラクロさんは「魔族だと?」と怪訝な表情をした。
「そういえば……記憶がないな。昨日、寝室で寝た後を覚えていない」
「失礼を承知の上で、質問してもよろしいですか?」
「質問? 何のためにだ?」
「記憶がどこまで失われているのかの確認です」
あたしは皇帝に言われた質問の前に、治療魔法士としてドラクロさんの状態を知る必要があった。せやから昨日のことをいろいろ訊ねた。ドラクロさんは賢者言うだけあってすらすらと答えてくれた。
「なるほど。やっぱり寝たときに操られたみたいですね」
「ああ、そうだ」
「……ところでゲストルームは白を基調にされてますね。ドラクロさんは、白がお好きですか?」
「いや、特別好きではない」
「では、好きな色はなんですか?」
あたしの問いに賢者ドラクロは答えた。
「私は緑が好きだ」
「……皇帝の好きな色は赤です」
この問いに対して、ドラクロさんは不思議そうに首を傾げた。
「……それがどうかしたのか?」
あたしはふうっと溜息を吐いて――
「まだ魔族に操られとるのか!」
ドラクロさんに、寝技をしかけた――肩四方固めや。
「な、何をするんですか!」
ファイさんが慌てた声であたしを引き剥がそうとする。
「ファイさん! ドラクロさんはまだ操られとる! 皇帝との合言葉、答えられへんかったんや!」
「いえ、それは――」
「ひいい! もうやめてくれえ!」
ドラクロさんから顔に似合わない情けない声がした。
ぱっと離れてドラクロさんの顔を見る。
困った様子の――若者の顔やった。
「ど、どないなっとるんや!?」
「フォーゼ! 変装を解くな!」
「だってよう。サイのお姉ちゃん。バレちゃったら仕方ないじゃねえか……」
フォーゼと呼ばれた若者は泣きそうな顔で釈明する。
「……説明してもらおうか」
あたしは三人を並ばせて、説明を求めた。
するとサイさんが代表して答えた。
「実は、賢者ドラクロ様は、二ヶ月前に亡くなったのです」
「……死因は? 病気か? それとも魔族に殺されたんか?」
「病気です。肺の病で亡くなりました」
肺の病……結核やろか。いや、今ここで考えることやない。
「そんで影武者でフォーゼがドラクロさんに成り代わってたんやな」
「へへ。俺は変装魔法と土魔法が得意だったんで、代役に……」
「代役立てんでも、死んだこと言うて、新しく賢者を――ああ、世界会議に間に合わんからか」
あたしの言葉に「ご明察です」とサイさんは深く頭を下げた。
「世界会議は以前から開催が決定していました。それを延期などは……」
「なるほどなあ。でもいつから皇帝気づいたんやろな?」
北の大陸で最も賢い皇帝や。一目で見抜いたはずでカマかけたんは確証が欲しかったんやろな。まさか世界会議で指摘するわけにもいかんしな。
「……まあサウスの賢者ともあろう者が、魔族に操られるわけないもんな。そん時点で気づくべきやったわ」
「……お恥ずかしいかぎりです」
さて。どないしたらええんやろ。こん状況は……
とりあえず落ち着くために、三人に飴ちゃんを渡した。
「これは……?」
「包みを開けて、飴ちゃん舐めや。甘くて落ち着くで」
あたしも飴ちゃんを舐める。苺味や。
「あ、甘い! 美味しい!」
三人の飴ちゃんに驚く顔を見とると、なんや知らんけど落ち着いてきたわ。
「とりあえず、皇帝には報告するわ。でも安心せえ。皇帝は上手いことやってくれるやろ」
「ありがとうございます!」
ちゅうわけであたしはゲストルームを出て、皇帝の居る部屋に向かった。
皇帝はキールとシヴさんと一緒に紅茶を飲んどった。テーブルと四つの椅子。皇帝の左にキール、右にシヴさんや。
「あー、皇帝。実は……」
「やっぱりドラクロさんは死んでたんですね」
そん言葉に紅茶を啜っとったキールは盛大に吹き出して正面のシヴさんにかけてしもうた。
咳き込むキールとそれを睨むつけるシヴさんを無視して、あたしは「やっぱり知っとったんか」と空いている椅子に座る。
「なんとなくですけどね。それで、影武者と……確かファイさんとサイさんでしたっけ? 彼らになんと言いましたか?」
「皇帝が上手くやってくれるとだけ言うた」
「そうですか。ではシヴさん。この手紙を彼らに渡してください」
顔をハンカチで拭いとるシヴさんに皇帝は蝋封した手紙を渡す。
「かしこまりました」
「さて。ユーリさんとキール。二人に頼みたいことがあります」
うわあ。ろくでもないことやろな。
そう思ってしもうたのはただの勘やけど、それは的中することになる。
「他の種族を説得してください。お願いします」
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