第80話あらやだ! エルフの国から帰るわ!

「大変でしたね、ユーリさん」

「おー、クラウス、久しぶりやな……」


 ケイオスの襲撃から一夜明けて。

 たくさんのエルフの治療でグロッキー状態で王城の一室で寝ていたあたしにクラウスは料理を持ってきてくれた。

 白っぽい粥みたいなものやけど……


「それ、なんや?」

「驚いてください。これは稲とまったく同じの植物から採れた、米のようなものです」

「ええっ!? マジで!? 米なんて転生して初めてやな!」


 久しぶりの米を前に思わず涎が出そうになってまう。


「エルフの国で見つけました。しかしエルフたちの間ではあまり人気のない食べ物らしいです。まあ日本の米と違って甘味がなく、パサパサしていますから。でも調理法によっては美味しく食べられるはずです」

「なるほどなあ。じゃあこれから毎日ご飯が食えるようになるんか?」

「友好条約を結べば可能となりますね。まあ貿易には時間がかかりそうですが」


 そりゃあそうやろな。王城はぼろぼろ。エルフの王族も重臣も皆怪我しとる。革命軍も壊滅状態やし、どうしようもないな。

 地方の軍団はこれを聞きつけてこっちに向かっとるらしい。願わくばややこしいことにならんといいけど。


「まあ積もる話もあると思いますが、まずは食べてください。軽く塩味がして、我ながら美味しい出来になってますよ」

「ああ、そうやな。おおきにやで」


 さじですくって、一口含む。懐かしい。前世の記憶が甦ってくるようやった。昔、前世の夫、貴文さんに付き合いたての頃、体調を崩したときに作ってもらったなあ。


「美味しいなあ。染み渡るようや」

「ええ。ゆっくり食べてくださいね」


 食べ終わるとクラウスは「そういえばイレーネさんは?」と訊ねた。


「ああ。王子の看病や。どうしてあの王子を気に入ったのか知らんけど……」

「親友を盗られた気分ですか?」

「そんなんちゃうけど、なんか心配やわ。イレーネちゃん、駄目な男に引っかかる子っぽいもんな」


 クラウスは「心配ありませんよ」とにこやかに笑った。


「彼女は芯の通った女の子ですから」

「分かった口を利くんやな。ま、そうやけど」


 あたしは気になっていたことをクラウスに訊くことにした。


「なんで皇帝がこの国に居るんや?」

「僕も予想外ですよ。アストの港に着いたのと同時期に皇帝さまが出航しようとしてたんですから」

「予知能力でもあるんかな?」


 二人してうんうん考えとると、コンコンと部屋をノックされた。あたしが「どうぞ」言うたら、入ってきたのは帝国宰相のツヴァイ・フォン・ダブルスさんやった。前と会ったときと同じ、黄色い服を纏っとった。


「こんにちは。ツヴァイさん」

「うむ。こんにちは。元気そうで何よりだ」

「えっと。帝国のトップとナンバーツーが同時期に帝都に居らんで大丈夫なんか?」


 一応心配して訊ねるとツヴァイさんは「大丈夫なわけなかろう」と言うた。


「ただでさえ忙しいのに。しかし龍族が現れた以上、陛下が戦うしかないのだ」

「親衛騎士団は? イデアルの勇者部隊――やなかった、護衛騎士は同行せえへんかったんですか?」

「何を言っているんだ。龍族だぞ? 陛下以外に太刀打ちできぬのに、無駄な戦力を連れてどうする。ただでさえ、内乱が起ころうとしているんだ。彼らには鎮圧に向かってもらわないと」


 内乱? どういうことや?


「内乱って……アストの王族か貴族ですか?」

「うん? ああ、君はエルフの国に居たから知らないのか」


 ツヴァイさんは疲れた表情で言うた。


「イデアルの貴族の反乱だ。お前たちランクSの魔法使いも前線に出てもらう」

「はあ? どういうこっちゃ?」

「ユーリさん。まずはツヴァイさんに訊いておかないといけないことがあるんじゃないですか?」


 クラウスの言葉にあたしは一旦内乱のことは置いておくことにした。


「えっと龍族は皇帝しか倒されへんのですか?」

「そうだ。六英雄の力を受け継ぐ陛下しか倒せない。北の大陸の人間をいくら連れてきても無駄だ」

「……どんな能力なんですか?」


 ツヴァイさんは「そういえばお前たちは転生者という者らしいな」と言うた。


「陛下から聞いたが、この世界とは異なる世界で暮らしていたとか」

「ええ。まあそうですけど……」

「ならば陛下の能力が分かるかもしれないな。はっきり言って私には分からなかった。何を言っているのかも分からなかった」


 あたしはクラウスをちらりと見て「あんたは聞かされたか?」と訊ねた。


「いいえ。ユーリさんと一緒に聞こうと思いまして」

「そっか。じゃあツヴァイさん。教えてくれませんか?」


 ツヴァイさんは「ああ。陛下から言われたことをそのまま言うぞ」と前置きをした。


「陛下はこうおっしゃった。『私の能力は分子を操ることです』と。何がなんだか……」


 いまいちピンとけえへんかったけど、次第に恐ろしさが分かってきた。


「……クラウス。結構やばないか?」

「いや結構どころじゃないですよ。かなりやばいです」


 慄く転生者二人にツヴァイさんは「そんなに凄いのか?」と困惑した。


「身体を高温にしたり、物体と凍らせるという能力だが……」

「うわああ。知らないって怖いわ!」

「な、なんだ? 何が怖いんだ?」


 その気になったら核爆発とか核融合を起こせるちゅうことで……


「いや。凄い能力です。しかしどう使うべきかは皇帝さまに一任したほうがいいですね」


 クラウスの言葉にどこかひっかかりを覚えたようやけど、ツヴァイさんは「そうか。分かった」と比較的素直に応じてくれた。


「さてと。他に訊きたいことはあるか?」

「えっと。どうしてこないに対応が早かったんですか?」


 あたしの問いにツヴァイさんは「ケイオス・クルナーフという龍族が生きているかもしれないという情報は入っていた」と至極真面目に答えた。


「シーランス船長から報告を受けたとき、まさかと思ったがな。しかし聡明であらせられる陛下はかの者が龍族であると確信し、こうして今に至るのだ」

「あ、皇帝の身体は大丈夫ですか? 筋肉痛とか言うてたけど」

「技の反動だな。大丈夫だ。もうしばらくすれば回復するだろう」


 そしてツヴァイさんは立ち上がった。


「これからエルフの国と交渉し、友好条約を結ぶ。お前たち、異存はないな?」

「あ、ちょっと待ってください。身分制度――」

「それは陛下も承知の上だ。なんとか撤廃させる」


 そして最後にツヴァイさんはこう言うた。


「フリュイアイランドの陥落。そして龍族の復活。世界は荒れるかもしれん。お前たちの協力が不可欠だ。修練を怠るなよ」


 ツヴァイさんはそう言い残して去っていった。


「なあ。クラウス。今回、あたし何もできひんかったわ」

「何を言っているんですか。あなたのおかげで被害は最小限に収められたんですよ」


 クラウスは慰めるようにあたしに言うた。


「ケイオスくんがその気なら全員殺されてました。しかしあなたへの恩で殺さなかったのです」

「でも、最初に助けへんかったら……」

「多分、その場で喰い殺されてましたよ。あんなにでかい龍に変身できるのですよ?」


 なんちゅうか、詮のないことやな。




 エルフとの友好条約並びに身分制度の撤廃はつつがなく行なわれた。まあ言うても反対の声が大きかったけど、皇帝が連れてきた五万の兵のおかげで何も言えへんかったようや。

 結局は武力でなんとかしてしまった感じがするな。

 そしてこれまでどおり、国政はボタン女王が執ることになった。王子の即位は見送られたんやな。


「僕は未熟でした。これからは自己を鍛え上げていくつもりです」


 港で見送りに来てくれた王子。なんだか憑き物が取れたみたいに晴れやかやった。

 出発まで時間があったので、あたしはカルミアの家に行くことにした。チャイブさんが調べてくれたんや。


「まさか、本当にやってくれるなんて……! 信じられないわ!」


 カルミアは驚いとった。まああたしもこの展開は予想できひんかったけど。

 あたしはカルミアの母親、マーガレットの脚を診た。


「何をしているの?」

「うん? 治療や。ちょっと待ってな」


 あたしは脚に治療魔法をかけた。このところ、治療魔法の精度と持久力が上がった気がした。

 歩けへん理由はまともに治療を受けられなかったことやったので、脚自体は治すことはできた。でも歩けるようになるにはリハビリが必要やな。

 そう告げると親子は泣いて喜んでくれた。


「ありがとう! ユーリ!」

「別にええで。それよりおとん居らんの?」

「ああ、パパならもうすぐ帰ってくるわ」


 カルミアはにっこりと笑って言うた。


「ローレルって言うんだけど、確か王城近くで働いているらしいわ。会ってない?」


 知らんほうがええなと思うたので、何も言えへんかった。多分ローレルが革命軍に入ったのは、マーガレットのことがきっかけやと思うし。


 さて。余談やけど、リアトリスはケイオスとの戦いで重傷を負って、部隊長を引退することになったらしい。ま、似合いの末路やな。


 心残りはローズのことやった。なんでもフォスター家を出て、どこかへ旅立ってしまったらしい。でもまあ結構タフな性格しとるから、いつかまたどこかで会えるやろ。そう信じたい。


 波乱万丈のエルフの国の騒動。その締めくくりはイレーネちゃんとの会話で終わりたいと思う。

 帰りの船の甲板の上。小さくなっていくエルフの国を淋しそうに見とるイレーネちゃんにあたしは優しく話しかけた。


「なあイレーネちゃん。カサブランカ王子と別れてええのか?」

「どういう意味ですか?」

「えっ? 惚れとるんちゃうんか?」


 あたしの指摘にイレーネちゃんは顔を真っ赤にして横に首を振った。


「惚れてないですよ! ただ助けたいと思っただけで……」

「ほんまか? ならどうして、婚約までしたんや?」


 イレーネちゃんは恥ずかしそうに言うた。


「初め、ユーリを奪うというかかどわかすというか、そういう予定だったらしいです」

「あたしをか? なんでや?」

「ユーリは平和の聖女ですから。知名度がありますし、人間の軍が動く理由になります」


 まあそう考えたらそうやな。


「でも王子は私を選んだんです」

「ああ、イレーネちゃんが可愛いからか?」


 するとイレーネちゃんは「生まれて初めて美しいと言われました」と言うた。


「それが本当なのか嘘なのか、はっきりしませんけど、それがなんだか嬉しくて……アストへの復讐しか考えなかった私にとっては新鮮でした」


 そしてイレーネちゃんはとびっきりの笑顔になった。


「恋する気持ちを教えてくれた、カサブランカ王子のために動きたい、支えてあげたいと思うのは、不自然ですか?」


 なんやねん。惚れてたやないかと思うたけど、あたしはこう答えた。


「いいや。自然やで。強くなったな、イレーネちゃん」


 恋する乙女は強いんや。改めてそう思った。

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