第56話あらやだ! 儀式が始まるわ!

 日が暮れると一切の明るさは無うなった。今晩は新月やからや。星たちは瞬いとるけど、今居るこの場所は街灯すらないから、真の闇が周囲を包んどる。

 あたしが居るのは魔法学校の中心にある噴水近く。

 時刻は日付が変わるか変わらないかの深夜。

 今まさに、儀式が始まる――


「とてつもなく、長い道のりだった。時代を越え、世代を越えて、ようやくわしたちは本願を叶えることができる」


 校長先生は黒いローブを着こんどる。他に五人の先生が揃って黒いローブを羽織り、目深にフードを被っとる。


「六人の成熟した大人。一人の未成熟な子ども。合わせて七人。七という数字は吉兆に恵まれた貴数である――」


 語りだす校長先生に、あたしは何にも反応せえへんかった。抵抗もせえへんかった。

 そらそうや。あたしは儀式に参加させられとる立場の人間やから。


「さあ、噴水の中へ。大丈夫、冷たくないように魔法をかけてある」


 まあ真冬で夜中に噴水なんかに入ったら確実に風邪引いてまうわな。あたしは何も言わずに噴水の中に入る。冷とうない。まるで温かいミルクのようやった。


「さあ。始めよう。わしたちの夢を叶えるために」


 いちいち芝居みたいな台詞を吐きよるな。自分に酔っとるんか?

 校長たちはあたしの居る噴水を囲んだ。ちょうど六角形のように。

 そして噴水に次々と本やら羊皮紙やら謎の液体やらを入れよった。これが今までの成果ちゅうもんやろか? 

 そして準備が整って、校長先生は儀式を始めた。


「祖が生まれしときは光と闇。そして火と土と風と水が派生し、世界を彩った。全ては循環し、全ては回転する。時の流れを留めることはなく、時の動きを遮ることもない。全ては円となり、そして一巡する――」


 校長先生が呪文を唱えていくうちに噴水が輝き出していく。白く美しい光は円柱となり、天高く昇っていく。同時にあたしの身体に変化が訪れた。

 真冬なのに身体が熱く、それでいて震えだした。いや、肉体だけやない。頭ん中がミキサーのようにかき回されとる。今までのあたしに、古いのに新しい何かが混ざっていくような感覚。


「ああ、ああああ、ああああああああああああ――」


 口から零れるんは、言葉にならない声。


「さあ、回れ回れ回れ。神の祝福を受けよ! 世界の理を知れ! そして生まれ出でよ! 人を超えた神となるのだ!」


 身体中に火花が散る。さらに放電現象が起こった。がくがくと身体が痙攣する。

 そしてひと際白い光が明るさを増して、深夜やというのに昼間のように明るくなって――

 あたしは、『天才』へと、生まれ変わった。


「……ふは、ふははは、ふははははははははは!」


 校長先生はあたしが『天才』になったこと、つまり儀式の成功を確信したようやった。

 あたしもゆっくりと自分の身体を確かめる。白い光に包まれとる。赤かった髪が金色に輝いとる。噴水に映る目を見てみた。金色に変化しとる。着とる服も虎柄やのうて、白いもんへと模様替えしとる。


「さあ、これから『天才』を作る術を授けてくれ。その状態なら全てを知ることができるだろう!」


 その場に跪き、熱に浮かされたような声であたしに問う校長先生。他の先生たちも同じようにしとる。

 あたしは全て把握しとった。校長先生が望むような『天才』を作る方法も理解しとる。メモを取らせなくとも、直接脳に刻み込むこともできたんや。

 ――しかし。


「悪いけど、断るわ。そんなんできひんわ」


 予想外の言葉に校長先生は顔を上げた。あたしが何を言うたのか理解できひんようで、震える声で「な、なんだと……?」と呆然としとる。

 その隙を突いて、あたしは合図を送った。


「みんな! 出番やで!」


 その瞬間、校長先生の対角線上に居る先生に火の魔法が直撃した。

 吹き飛んで噴水の中に飛び込んで、そのまま気絶してもうた。


「だ、誰だ! 誰がこんなことを――」

「俺たちだよ。まったく、人の記憶を弄繰り回すなんて、気持ちの悪いことをしやがる」


 物陰から現れたんはランドルフ、クラウス、エーミールにデリアとイレーネちゃんやった。


「まさか、通っていた学校にこんな陰謀があるなんて驚きですよ」


 クラウスは肩を竦めて言うた。


「どうして、こんな真似をしたのか、ユーリさんに教えてもらいました」


 エーミールは声が震えておった。寒さのせいやない。珍しく怒っとる。


「生徒を犠牲にしてまで、行なうほど崇高なものとは思えないわね……!」


 デリアもかなり怒っとる。裏切られた感が強いからなあ。


「クヌート先生だけじゃなく、ユーリまで……許せません!」


 ああ、可愛い顔が台無しやで! イレーネちゃん!


「くそ、どうして――」

「おっと。動かんといてえな」


 あたしは魔法を使った。光の縄でぐるぐる巻きにして、手足が動かんようにきっちりと縛って残りの五人を拘束した。。


「そんな魔法が使えるなら、私たちが来る必要なかったんじゃない?」


 最初に魔法を放ったデリアが不満そうに言うた。あたしは噴水から出ながら「一人でも円の外か中に入ってもらわんと、魔法が行使できひんのや」と『天才』やから分かることを答えた。

 ま、実際にこの状況にならんと分からんから、ほんまはみんなと一緒に倒そうと思うたんやけどな。


「本当に『天才』になったんですか? ユーリさんはどんどん凄くなりますね」


 珍しくクラウスは興奮しながら、あたしに靴を差し出す。


「なんちゅうか、今のあたし、何でもできそうな気がするねん。まあせえへんけど」


 靴を履きながらあたしはそう答えた。そして、拘束を解こうともがく校長先生に皮肉たっぷりに言うてやった。


「確か、校長先生言うてたな。『やめておきなさい。その縄は魔力を抑える効力がある。つまり魔法を行使できないんだ』って。それと同じや」


 校長先生は悔しそうに「どうしてだ! 記憶を操作したはずだ!」と叫んだ。


「そうやなあ。せっかくやから教えとくわ。あんたも言うたとおり、記憶操作の魔法は綻びがあれば簡単に解けてまう。たとえば、こういう風に消された記憶を綴った手紙なんてあったらどないするん?」


 あたしは懐から今朝届いた手紙を見せた。中身は校長先生とのやりとりが書かれとる。


「そんなもの、どうやって用意できたんだ!」

「そこまで教える義理はないわ」


 まあ裏ギルドの長、アンダーに大金渡して頼んどいたんや。おかげで奨学金の半分を差し出すはめになってもうた。

 アンダーの能力なら、あたしと校長先生のやりとりを細かく知ることができるからな。

 なんちゅうか、あいつが裏切らずに手紙を出してくれたことが一番の驚きやな。

 そんで記憶を取り戻したあたしはランドルフたちの記憶も戻して、イレーネちゃんとデリアにも協力してもらって、現在に至るんや。


「さてと。それじゃあ『天才』から元の凡人に戻してもらおうか」


 あたしの言葉に校長先生は黙ったまま睨んどる。


「えっ? ユーリさん、元に戻るんですか?」


 クラウスが意外そうな声を出しよった。


「当たり前やろ。ていうか『天才』のくせに元に戻る方法が分からんねん。多分、この人らが何かしたんやろ」

「なるほどな。せっかくの『天才』なのに元に戻られたら、困るしな」


 そんなわけで首謀者の校長先生に訊ねることにした。


「さあ。言うんや。言わへんと『天才』による尋問が待っとるで」

「…………」

「沈黙で肯定を返せと教わったんか?」


 校長先生は「……何故だ」とぼそりと呟いた。


「どうして『天才』と厭う? 分かるだろう、自身の全能と万能を。どうして拒む? どうして捨てられるんだ?」


 ああ、この人は分かっとらんのやな。

 あたしは校長先生に告げた。


「ええか? 『天才』ちゅうもんに魅力なんてあらへんねん。平凡でもええんや。自分の足りないところは努力して埋める。それでも及ばへんかったら、友達や仲間に協力してもらえばええ。助け合って補い合って、勝ったり負けたりして、それで成長していくんが、人の強さなんやよ」

「…………」

「そないなことも分かっとらんのなら、教育者失格やで」


 そして最後に校長先生に問う。


「さあ教えてもらおうか。元に戻る方法を――」


「それなら、俺が教えようか」


 気づけへんかった。すぐ後ろに居るのに、声をかけられるまで、分からんかった。

 一斉に振り向いた。あたしもランドルフもクラウスもエーミールもデリアもイレーネちゃんも後ろに居る人物を見た。


「ま、まさか。どうしてあなたがここに――」


 クラウスの声にその人は「なんだ。幽霊でも見るような眼で見るなよ」と軽く笑った。

 やる気のなさそうな感じしか分からへんけど、それで十分やった。


「あんたは死んだはずや! クヌート先生!」


 その人――クヌート先生は生きてその場に立っとった。

 幽霊なんかやない。ちゃんと脚がある。


「死ぬのは一度で十分だ。そうだろう? クラウス、ランドルフ、そしてユーリ」


 クヌート先生が何を言うとるんか、理解できひんかったけど、クラウスがいち早く気づいた。


「まさか、あなたもそうなんですか?」


 クヌート先生はふっと軽く笑って「俺は認識阻害魔法を使っているから気づかれなかったけどな、ユーリ、初めて会ったときから分かっていた」と言うた。


「何を言うとるんですか?」

「関西弁、上手だな。大阪か兵庫に移住でもしたのか?」


 そう言うて、クヌート先生は魔法を解いた。

 黒髪に白髪が混じっとる。年齢は四十代半ば。瞳はグリーンで――いやいやそないなことはどうでもええ。

 初めましてやない、どこかで見た――見知った顔やった。

 普通やったら気づくのに時間がかかったけど、『天才』となったあたしにはすぐに分かってしまった。


「まさか、あなたは――」


 震える手で指差したクヌート先生の正体は。


「く、楠木、先生……?」


 クヌート先生――いや楠木先生は笑って答えた。


「よく分かったな、ユーリ。いや――鈴木小百合」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る