第18話あらやだ! 山賊に遭遇したわ!

 よう学校の先生が言うとおり、帰るまでが遠足なように、無事に魔法学校まで帰るんが郊外訓練や。気い引きとめんとあかん。そう思い直して下山することにしたんや。残り四日やけど、下りは登りよりも大変やない。決して楽やないけど、途中まではトラブルなくスムーズに下りれたんや。

 せやけどこのまま順調に事が進んでもうたら何の苦労もない。誰もが予想もつかへん出来事が起こるんが人生なんや。


 それは山の中腹に差し迫ったときに起きた。先頭を歩いとったデリアが素早く右手を挙げた。あらかじめ決めといた制止の合図や。


「どないしたん? デリア」


 傍に寄って小声で訊くと「あそこで誰かが戦っているわ」とデリアは緊迫した声で答えた。


「人と魔物ですか?」

「いいえ――人同士だと思うわ」


 こんな山ん中で争いかいな。こら止めなあかんな。ケンカか山賊に襲われとるんか、知らんけど。


「行くで。なるべく穏便に止めるんや」

「正気? あんなの無視すれば――」

「人同士争うんを止めずに立ち去るなんてことできひんわ」


 なるべく人の生き死にを見過ごしたない。課題をクリアしたんやからというデリアの意見も分かるけど、寄り道になるんは覚悟の上で、関わることにしたんや。


「お人よしにも程があるわよ。なんでわざわざ――」

「ならあたしだけでも行くわ。そこで待っとき!」


 イレーネちゃんの「ユーリ!」という呼びかけを無視して、争いの中に身を投じる。いや、争いやなかった。なんちゅうか、一方的に襲われとったんや。

 三人組でローブを着こんどる子供――明らかに魔法学校の生徒やった。見覚えもあるかも知れん。それが六人の大人に追いつめられとる。灰色の覆面を被って、いかにも山賊な服装をしとる怪しげな人間や。手には剣や槍、弓まで持っとる者もおる。このままやと何されるか分からん。現に三人組の子供は恐れとる。いや、よくよく見るとローブが汚れとるな。多分、あたしらと同じ課題をした帰りやろな。つまり、疲労困憊の状態で襲われたっちゅうことや。

 状況を把握した上で、あたしは大声をあげた。


「なあにしとるんや! 弱い者イジメはやめえや!」

 全員が一斉にこちらを振り向く。その隙に逃げて欲しかったんやけど、子供たちはいきなりの乱入者(あたし)に驚いて逃げることもできひんかった。


「なんだ、お前。新手の魔法使いか?」


 大人の一人が訊ねてくる。覆面をしとるから男か女か分からへん。せやけど、なんや新手の魔法使いって言い方。ちょっとかっこええやん。


「そうや。なんでそないな情けないことしとるん? 恥ずかしくないん?」

「子供なんかに、我らの気持ちなど分かるものか」

「あんたらは山賊か何かか?」

「……そうだと言えば?」


 魔法学校の生徒と山賊の間に割って入る。そして生徒に向こうて言う。


「もう安心してええで。隙が出来たら逃げな。その間ぐらい稼いだる」


 驚いたようにこっちを見る三人――確かランクAやったな。名前は知らん。

 その中の一人があたしに向こうて言うた。


「君を置いて、逃げるわけには――」

「ええから。後はあたしに任し。スイレン採って疲れとるんやろ?」

「……君もそうじゃないのか?」

「あたしは全然疲れとらんし、一人なら逃げ切れるんや」


 そこまで言うと別の女子生徒が「あなたランクSのユーリさんでは!?」と大声を出した。

 ランクS。その言葉は山賊たちに動揺を与えた。


「ランクSだと!? くそ、どうしてそんな魔法使いがここに居るんだ!?」

「うろたえるな! ……おい、お前もスイレンの花を持っているのか?」


 その言葉に違和感を覚えたので「それがどないしたんや?」と訊き返す。


「そのスイレンの花が必要なのだ。悪いが渡してもらう」


 スイレンの花? まあ確かに高価な薬草やし、売れば金になるやろ。でも何かここでも違和感があったんや。

 こんな山奥でスイレンの花を奪おうとすることがどうも納得できひんかった。

 まさか――


「スイレンの花? 悪いけど渡されへんのや。郊外訓練の課題やからな」

「そうか。ならば殺してでも奪うしかないな」


 殺気がどんどん高まっとる。あたしはそれを制するように「ちょお待って」と右手を挙げた。


「なんだ? 命乞いか?」

「ちゃうねん。一つ言うておきたいんやけど」

「……なんだ?」


 あたしは先ほどから話しとる大人に突進できるように準備した。多分、あいつがリーダーやろ。

ここが重要やった。短距離走と同じや。走り出すタイミングが重要やった。


「スイレンの花は毒には効くけど、病気には効かへんで」

「な、なんだと?」


 それに動揺して一歩後ずさるのを見逃さずに、あたしはリーダーに向かって迫っていく。リーダーは剣を突き出したんやけど、そないに動揺しての突きなんてギリギリで避けられる。頬の薄皮を少しだけ切った。それくらいや。伸ばした腕を取って――得意の一本背負いを決めた。


「うぐ、う!」

「お頭! 貴様――」

「動いたらあかんで! お頭がどうなってもええんか!?」


 右腕をきめつつ、奪った剣を逆手に構えて、お頭に向けた。五人が動いた瞬間に刺せるようにする。

 残りの五人は動けんかった。それくらいお頭が大事なんやな。


「さあ。あんたらは逃げ! ここはあたしに任せるんや!」

「で、でも――」

「ええから早よう逃げや!」


 それでも動かん三人組。疲れきって逃げられへんでいるのか、それともあたしを見捨てへんためやろか。早よう逃げへんと向こうは弓を持っとるんや。それに気づく前に――


「おい! 弓であのガキ狙え!」

「お、おう! 承知した!」


 やばい、気づかれた! ここはどないすれば――


「まったく。あなたは考えなしなんだから――ファイア・ショット!」


 デリアの声が聞こえたと思うたら、火の球が弓を構えとった大人に直撃した。


「ぐああああ!」

「くそ! 新手の――」

「そう。魔法使いです!」


 イレーネちゃんが槍を携えてあたしの近くまで来た。ほんで魔法を放ったデリアは逃げられんかった三人を守るように立っとる。


「逃げたかったら逃げていいわよ。でも魔法を後ろから放たないとは限らないけど」


 おお、嫌な言い方やな。それに逃げるわけがない。お頭を人質に取られとるんや。見捨てるわけにはいかんやろ。


「ちくしょう! どうしたら――」

「ゴンザレス、逃げろ! 私のことはいいから!」


 お頭の言葉にゴンザレスと呼ばれた男は動揺した。


「でもお頭――」

「いいから! 早く――」

「ちょい待ちいな。イレーネちゃん、ここ持ってな。持っといたらこの人動かれへんねん」

「は、はい。ユーリ何するつもりなんですか?」


 あたしは迷わず答えた。


「――人助けや」


 あたしはイレーネちゃんにお頭さんを任せて、火傷に苦しんどる山賊に近づいた。


「貴様、何をする気だ!」

「武器を下ろさんかい。さっきも言うたやろ。人助けや」


 その言葉を聞いて半信半疑なんか、武器を下ろしたわけやないけど、襲い掛かってくるわけでもなかった。


「大丈夫や。今治したるからな」


 あたしは火傷の箇所に手をかざして、オレンジ色の光を発した。すると魔力をごっそり差し出す代わりにどんどん火傷は治ってく。赤い傷跡が次第に肌色へと変化した。


「はあ、はあ、これで、大丈夫や……」

「……い、痛くない、これが魔法……?」

「信じられねえ。傷跡もほとんどねえ……」


 治療された山賊もゴンザレスも驚いとる。あたしは息を整えてから立ち上がった。


「あたしは治療魔法士を目指しとる。せやから、病気や怪我のことは詳しいんや。もしかしてあんたら、病気の家族とかおるんちゃうか?」


 この指摘にゴンザレスと呼ばれた男は見るからに動揺した。


「ど、どうしてそれを……!?」

「やっぱりか。さっきの言葉で動揺したんが理由やけど、これで確信に変わったで」


 お頭に近づいて提案をした。


「あたしがあんたらの村か集落に行って、その病人を検診したる。これでも入学してから病気や怪我のことは勉強しとった。治せるかどうか分からんけど、一応診たる」

「……助けてくれるのか、私の娘を」


 娘? 不思議に思っとると覆面の奥から、女性の声がした。


「お願いします! 私の、アイサを、助けてください!」


 なんや母親やったんか。あたしは親指を立てた。


「任せや! 絶対に助けたる!」


 ほんでイレーネちゃんとデリアに向かって言う。


「イレーネちゃん、デリア。そういうわけやから、あんたらはそこの三人連れて、先に魔法学校に帰っといてな」

「はあ!? 課題はどうするのよ!?」

「治療が終わったらすぐ戻るわ」

「……ユーリ、どうして見ず知らずの、しかも山賊を助けようとするんですか?」


 イレーネちゃんが不思議そうに訊ねる。あたしはそれに笑顔で答えた。


「人を助けるのに、理由なんて要らんやろ。ただそれだけや!」

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