昔勇者で今は骨

佐伯庸介/電撃文庫・電撃の新文芸

昔勇者で今は骨

プロローグ

プロローグ(1/2)



 神々が大地より去り、肉を持って生きる者たちが世界の主となって千年。


 大陸ほつぽうより世界にを唱えたおうオルデンの軍勢は、人間の国家を次々と打ち破り、人の世はふうぜんともしびと思われた。


 魔は世界をまたたおかし、空にはりゆうが舞い、地にはあつもうじやうごめいた。


 しかし。世界に一人の勇者、アルヴィス・アルバースとその仲間たちが現れ、人々と国々の力を束ね、魔の群を押し返し始めた。


 そしてマルドゥ歴一〇十五年。へいしきった人類が出し得る最大最後の連合軍勢五十万と魔王軍百万の決戦の中、破邪の矢のごとく魔王城へと突き進んだ勇者一行は、並み居る魔物と魔の重臣たちをち果たし、とうとう魔王オルデンの眼前にまで迫った。









「さらばだ、三界の希望。神と精霊と大地の代行。祝福を与えられし人。──勇者よ」


 しかして、人類の命運は今くだかれた。


 勇者アルヴィスの胸からしんの血華が散る。糸の切れた人形が放り投げられるように、手足をばらばらに打ち振りながら彼は壁へとたたきつけられる。


 幾多のものほふってきた聖剣が、そのかたわらへと突き刺さった。


「ア────アルヴィスッ!」


「っ……! イザナ! 全速でいやせい! わしらで保たせる!」


 老剣士マガツが風のごとく魔王の死角に入り込み、入神の域に至った剣を振るう。


 じようさい級ゴーレムすら真っ二つに切りくそのいちげきは、しかし音すら無く魔王の指先で持って止められる。


「チィ、やはり通らんか……!」


「色気出すなジジイ! どうせかん! さばきに徹するぞ!」


 反撃のらいていを障壁で散らしながら、こちらのしつは大魔導師フブル。


 イザナと呼ばれた女性が、必死のぎようそうで壁にもたれた勇者へとけていく。


 戦いのてんびんは魔王の側へ傾いたと言っていい。魔王の暗黒の衣をつらぬける、神の祝福を受けた聖剣の主──勇者アルヴィス・アルバースは、その心臓をよろいごとふんさいされ死亡した。


(終わりか……!?)


 刀を握るマガツがけんに谷をきざむ。勇者がたおれた今、人界に魔王を傷つける手段は無い。絶望が広間を埋め始めていた。


 神官イザナが口を模した補助えいしよう器官を空中に浮かべる。回復魔法とせい儀式を同時詠唱。


 しかし、傷の修復とせい儀式を終えるまでの時間はあまりに長い。


 元々、アルヴィスを含めた四人できつこうしていた戦いだ。神官イザナによる防御と回復の魔法を欠いて、かつ残りの仲間二人でオルデンと戦い続けるのは土台無理な話である。


(なんてじゆしよう……! まだ傷が広がっていく……! 早くしないと、皆が……!)


 それをイザナも理解している。それでも、聖剣はアルヴィスのたましいしか主と認めない。アルヴィスを復活させるしか、手段は無いのだ。


 ────イザナ


 愛する男の声を、イザナは幻聴と思った。声の主は目の前で歯を食いしばったまま動かない。


 ────聞け、イザナ


 は、とイザナは勇者の傷口から顔を上げた。肉声ではない。心に直接響かせるたましいの声だ。神官であり、魂に触れる才覚を持ったイザナになら聞き取れる声。


 ────頼みがある


「な、何? せいなら今……」


 ──無駄だ。間に合わない。


 即座の断定にイザナは口をつぐむ。勇者は魂の状態であっても、冷静に状況をかんしている。


 その彼の、頼み。


「待って……!」


 察して、イザナは必死に止める。しかし、声はためらわず、決意を持って響く。


 ────頼む。今だけ、、頼む──!


 予想していた指示に、イザナは顔を伏せる。


 出来るわけがないと心が叫んで、その実、理性はれいこくに認めていた。


 手段はしかないし、彼はそういう男だ。──勇者なのだから。


 勇者だから、状況に対し、折れない。夢を見ない。──迷わない。


 へいした人間側が大戦力をそろえ、野戦でおう軍を引きつけていられる機会は今後無い。


 魔王城の最深部に踏み込める機会は今しかない。


 数多あまたの手下を排除し、魔王が一人になっている状況は今しかない。


 魔王が手傷を負っている状況は今しかない。


 ──人間をほろびから救うチャンスは、今しかない。


 アルヴィスの声が再び響く。イザナは涙をまぶたで断ち切り、その手を広げた。


 むらさきの魔力がほとばしる。


 体が急速にくずれていくのを、アルヴィス・アルバースは知覚する。


 死によって体と離れた魂が、今は逆にじゆほうによって縛り付けられようとしている。


 死霊術ネクロマンシー──


 終わった生を、魔力という名のくさびによってつなぎ止める術である。


 せいじやで言えば間違いなくじやに属する魔法系統。しかし、その根元、元の望みは切なるもの。


 術法には種類あれど、目的は一つだ──死者の復活。


 正当の術法、聖者神官があやつる神聖術のせい魔法からすればはるか不完全。


 だがしかし。


 いくつかの差異からえて挙げるなら一つ。


 りよう術が神聖術をりようする点がある。


 ────




「──は貴魂の身体なれば。皮を捨て肉を捨てけんを捨て、さてもみずからの生に執をのこすのであれば。みずからの身に心をのこすのであれば。帰り返りかえ彷徨さまよえじんこんよ。いざこれより貴魂を宿すは、おのれより最も離れた己──」


 やがて。アルヴィスはイザナのえいしようを、りよくより生成される聴覚でとらえた。彼女に捨てた業を使わせたことに、アルヴィスは申し訳なさを覚える。


 手を見る。骨。顔を触る。肉の感触は無い。


 何もない。きたえ上げられた肉体も、二十年近く慣れ親しんだ自分の顔も、内臓すらも。


 自らの体を構成していたほぼ全て。この骨格以外は何もない。


(だが、体は動く)


「いざ歩き出せ、その足で。いざ世界に戻れ。その体で。なんじは今より、死を越える者。りゆうの兵たる力の化身。、正常なる世界を歌え食らえおかせ──!」


 魔力の高まりに、戦う仲間二人と魔王オルデンもこちらの異常に気づいた。


「イザナ…………!」


「馬鹿な、アルヴィス!」


 仲間たちの悲痛な叫び。


「正気か、貴様──」


 ほんのわずか。しかしせんりつの色を含んだ魔王の声。


 勇者アルヴィスは立ち上がる。立ち上がれる。


 剣を持つ。魔王の障壁を唯一打ち破る祝福の聖剣は、今や不死者なれど正真正銘の剣の主、アルヴィスのたましいに応える。しかし聖剣の力は、じやの存在となった勇者をむしばんだ。


 それを無視して、アンデッドを動かすただ一つの理・魔力をまとう。


 あふれる魔力は術者であるイザナより、全開で送られている。


(──終わらせるぞ、オルデン)


 声を出す術はだ彼にはない。


 生前に迫る魔力の放出で、スケルトン・アルヴィスは魔王のふところに突っ込んでいく──

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