暴食の罪

オークというモンスターは、知っての通り醜悪な豚の顔をし、だらしない体をしているが怪力を持ち、他種族を襲い子を成したり、食べたりする危険なモンスターだ。


彼は、何の変哲も無いオークの群れの中で産まれた。


赤ん坊として産まれるオークですら、その体は大変だらしなく、人間の5歳ほどの超肥満体型。それに醜悪な豚の顔がついている。


だが、彼は違った。人間のような細い手足に、豚の顔。そして頭には少量の髪が生えている。


彼のような存在はあまり珍しくはなかった。

他種族との交配により、先祖返りにも似た姿をするオークも多々いる。それらは人間のいうユニークモンスターに相当するのだが、多くは産まれてすぐに亡くなってしまうのだ。


理由は、餓死。


オークという種族柄、彼らは大食漢。代謝が凄まじく、それに見合うほど大食いをしなければならない。オークのユニークの多くは、体の容量が少ないため、十分な栄養を取り込むことができない。小さな体に大量の食べ物を詰め込むが、すぐに満腹になってしまうのだ。


彼もそうなる運命に思えたが、違かった。

細い体のどこに入っているのかすらわからないほど、よく食べた。

そのおかげか、彼はすくすくと成長し、いつしか群れの仲間としてしっかり働くようになった。





細い体など関係なく、彼はオーク特有の嗅覚と怪力を持っていた。

彼が他のオークと違うのは、人間のように細い手足と、頭に生えた金色の髪の毛だけだった。

ハイオークほどの知能と力を持ち、罠を考え張り巡らせ、周りのオークよりも働いていた。


「お前はすごい。産まれた時はまた餓死するかと思ったが、いつのまにか群れになくてはならない存在になった」


「そんなことはありません。僕は僕にできることをやらせてもらっているだけです。僕の働きで群れが良い方向に進むのなら、僕はその働きを惜しみません」


彼は前向きに頑張っていた。

自分を産んでくれた親のこと、ユニークが産まれたら餌を与えないはずなのに、自分以外のユニークにも餌を与え、餓死しないようにしてくれた群れのこと。その全てが彼を生かしていた。


オーク顔負けの知能、怪力、群れの働き者ということで、彼はこの群れの注目の的だった。





「よく食べるな」


「……はい。食べても食べても、お腹が膨れなくて」


「産まれたてのお前もそうだった。餓死しなかったのはよかったが、止めなければ無限に食べ続けようとしていた。食べても食べても、お前の腹が大きくなることはなかった」


「……」


彼が産まれてから数年が経ち、群れも徐々に大きくなっている。彼も成長し、背も伸び頭も良くなり、力も強くなっている。

今では群れの長にも頼られる存在になっている。


「だが安心しろ。無駄飯食らいならともかく、お前は自分だけではなく、群れの分の食料も苗床もとってくる。お前を群れから追い出したりはしない」


「ありがとうございます」


長はそう言って、どこかに行ってしまう。


彼は目の前に広げた餌を全て貪りながら、自分の体を見た。


(なぜ……)


背も伸び、力もついているはずの彼の体は、産まれたままの、細い手足だった。

少しだけ骨ばった手を見ながら、彼は悩んでいた。


そんなある時、危機が群れを襲った。





「ふむ。来た道を戻ろう」


オークの群れは、長がそう言うと道を引き返そうとする。が、彼が声をかけた。


「長よ。もう日暮れが近づいています。近くで風と寒さを凌げる寝ぐらを探した方がいいと思います」


長は空を見上げる。彼の言う通り、太陽が既に傾いていた。道を引き返すよりは、ここを拠点にしたほうがいい。


「ふむ。そうしよう。手分けをして洞窟を探すものと、食料を確保するものに別れよう」


「食料なら僕が探します。群れの全員が移動しているのですから、洞窟を見つけて休むほうが良いでしょう。僕の嗅覚なら離れすぎなければ見つけられます」


「ふむ。わかった」


そして、彼は群れと別れた。

変わることのない真っ白な景色の中を、食料を求めて歩き続ける。


群れを襲った危機というのは、突然の大寒波。

オークの群れは獲物を求めて度々移動をしているのだが、移動した矢先、猛吹雪に襲われたのだ。

暖かい地を求めて移動を開始した群れだったが、移動して3日。一向に雪の止む気配はなかった。


(どうなっているのだろう)


彼はそんなことを考えつつも、群れのために獲物を探し続けた。





その後彼が仕留めた獲物は、大猪3匹だけだった。吹雪を凌ぐ洞窟は見つけたものの、食料が足りなかった。

群れが満足できるほどの量はなく、皆細々としている。


群れの中で1番の大食いである彼も我慢していたが、それは長く保たなかった。


その次の日も、その次の日も、彼は狩りにでかけては少量の獲物を仕留めてくるが、その量は日に日に減っていく。

彼が弱いわけでも、ちゃんと探していないわけでもない。日が経つごとに吹雪が強くなり、獲物も段々と姿を消していっていたのだ。


数日も経てば、数歩先すらも見えなくなるほどの猛吹雪となっていた。


「食料を探しにいけば、迷って凍えて死んでしまう」


「それでも食料を確保しなければ、餓死してしまうものがでてしまいます」


「……」


長に狩りへ行くことを止められた彼だが、彼の言う通り、これでは仲間が餓死してしまう。だが、彼を失う方が、それ以上の損失になることを、長は知っている。


頭もキレ、力もある。この群れの要といっても過言ではなかった。そんな彼ですら満足に食べ物を食べれず、日に日に痩せていっていた。


「それでもダメだ。仕方ない。家畜を食べよう」


食料も既に底がつき、とうとう繁殖用の家畜に手を出すことにした。

栄養もとれなければ繁殖することも、産まれたオークを育てることもできない。


その日は、家畜を腹一杯食べた。





そしてさらに数日が経つ。

猛吹雪は止まることを知らないかという風に、今もなお吹き荒れている。そしてそれはさらに日に日に増している。

一歩でも洞窟の外に出れば、雹に頭を砕かれてしまう。それほど激しい吹雪に、オークの群れは太刀打ちすることなどできない。


何日も何日も食べない日が続く。

しまいには完全に動かなくなり、冷たくなる仲間もいた。

凍えるほどの寒さの中だからなのだろう。腐臭は全くしなかった。


「……」


だが、新しい食料はできた。





日を追うごとに、仲間が死に、腹に収まる。


年寄りや年端のいかないものが次々といなくなっていく。


残っているのは若いオークか、戦士として体を鍛えているオークだった。

その中に、彼もいる。

誰よりも1番食料を必要とする彼だったが、誰よりも仲間を食べようとしなかった。

それでも生きるために、少量だけ。

そんなことを続け、みるみるうちに痩せていった。

顔を見なければオークだと気づかないほどに、人間らしい体つきに、髪になっている。


そんな彼も、とうとう動けないほどに腹を空かしてしまった。





オークの群れは、今では両手で数えられるほどしか生きていなかった。

彼は空腹から動けなくなり、死を待つばかりに。次に食べられるのは自分だと、受け入れながら冷たくなっていく体に身を委ねている。


(お腹が、減った……)


それでも頭の中にあるのは、やはり食のことだった。

小さい頃から大変な量を食べていた。

この群れはそれを許していたし、彼も食べるために強くなった。

だが、心優しい彼は、この洞窟に籠るようになってから、その食欲を我慢していた。


(……食べたい……なんでもいいから、食べたい)


ぼやける視界の中で、彼はそう思っていた。

そんな中、数日も言葉を発していなかった長が、彼の姿を見て言葉を漏らした。


「それは……なんだ」


どうやら、長は彼に向かって言っているようだったが、彼には聞こえていなかった。

彼の頭の中にあるのは、貪欲なまでの食欲。


(食べたい食べたい食べたい食べたい)


よく見れば、彼の体からは黄色い魔力が漏れていた。オーク達には見たこともないものだった。


そして彼は気づく。


(食料なら、肉なら、食べるものなら目の前にあるじゃないか)


手足を動かせないほどの飢餓状態だった彼は、ゆらりと立ち上がると、他のオーク達を舐めるように見渡した。


「おい、どうし」


彼のすぐ近くにいたオークの首が、ねじ切られた。


「き、貴様!何をしている!!」


長や他のオークの怒号など、彼には聞こえていなかった。捩じ切った仲間の首から滴る血を飲み、肉を食んでいる。


一口、二口、三口食べると、その仲間を床に置き、他のオークに目を向ける。


「他のも、食べたいなぁ」


不気味に笑う彼を、他のものは止められなかった。そしてその日、オークの群れは彼を残して全滅した。





「ふ〜ひでぇ吹雪だったなぁ」


1人の男が、真っ白な雪の景色を自分の足音で汚しながら歩いている。


「氷獄の姫つってもガキじゃねぇか。癇癪起こして半年も吹雪を降らせやがって……たく」


男は数日前に自分が鎮めた精霊を思い出す。


「堅固の美徳ってのは、本当に便利だなぁ」


風邪をひくことも、凍傷になることも、寒さに凍えることもなかった。

男はそのおかげで、氷獄の姫と三日三晩話し合いをできたのだ。


「つっても寒いものは寒い。お、いいところに洞窟があんじゃねぇか」


風を凌げる洞窟を見つけ、男は奥に入っていく。焚き木に火をつけ、一息ついた。


洞窟の奥にいるものには、とっくに気づいている。


「た、たべ……もの……」


微かに聞こえる声に、男は驚いた。


「ん?熊かなんかがいるとは思ったが、こんなところに人間がいるとは……ん?」


声のしたほうへ向かってみると、金髪の痩せ細った男が倒れているではないか。

男はすぐに近づき、その男を抱きかかえ、気づいた。


「てめぇ、オークか」


スケルトンに皮を貼り付けたかのように、その男は細くなっていた。肋骨は浮き、頬は痩せこけている。倒れている男がオークだとわかる部分は、豚のよう鼻だけ。


その男は弱々しく、また声を漏らす。


「たべ、もの……お腹が、空いた……」


「ふむ……」


オークの顔をした、オークらしからぬ体型に、髪の生えた頭。それがすぐにオークのユニークモンスターだということにはすぐに気づいた。弱っているのだ。すぐさま討伐するのが普通だが、男はしなかった。


「わかった。待ってな」


軽すぎる体を抱え、焚き火の近くに横たわらせる。

彼の周りに散乱していた骨の残骸と、半年続いた猛吹雪を知っていれば、ここで何が置きたかなどはわかる。


それが男にはなんとも悲しいものに思え、せめて、殺す前に望みを叶えてやりたいと思ったのだ。


男はマジックバックから大量の食料を取り出すと、それを次々に調理していった。


「ほら、飲め」


横たわる彼を少しだけ起こし、口に温かいスープを流し込む。

コクコクと彼の喉が動き、白い息を吐いた。


「おい、しい」


「まだまだあるぞ」


コカトリスの目玉焼きに、照り焼き。

ミッドシャークのステーキと、ブラックバロンのステーキ。肉料理が大半だが、体を起こせるようになった彼は、それを次々に平らげる。


男も、その横で少し早い昼食を摂った。


「どれも、おいしい……感謝する」


「お粗末様で」


全て平らげると、彼が言った。


「人間。我を殺すか?」


「……あぁ」


ご馳走を用意しても、男が彼を殺すことに変わりはなかった。心優しいこの男が、ここまで世話をしておいて殺すことをやめないのには、理由があった。


「オメェからは嫌な感じがする。オメェ、大罪持ちだろ」


「大罪?わからない」


「そうか。わからなくてもいい。だが俺はオメェを殺す」


「……構わない」


彼は項垂れながらそう言った。


「我は、してはいけないことをしてしまった。我は我を許せない。許さない」


「そうか」


「最期に腹一杯食べることができて、感謝する。誰かと一緒に餌を食べるのがこれほど心地いいとは思わなかった」


「……」


彼は男に対して首を差し出す。

無抵抗に命を差し出すほどの潔さを見せられる。男の心は少しだけ揺れる。だが、少しだけ。

包丁を取り出し、勢いよく振り抜き、彼の首を切り落とした。


切り落とす一瞬、黄色い魔力が最後の抵抗をしようと漏れ出たが、それを聖天魔法で打ち消した。


彼の細い体が崩れ落ちる。


男は小さく呟いた。


「……オメェの罪、俺も背負ってやるよ」


男は骨ばったオークを調理し、いつものようにいのちに感謝し、平らげた。

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