暴食の罪
オークというモンスターは、知っての通り醜悪な豚の顔をし、だらしない体をしているが怪力を持ち、他種族を襲い子を成したり、食べたりする危険なモンスターだ。
彼は、何の変哲も無いオークの群れの中で産まれた。
赤ん坊として産まれるオークですら、その体は大変だらしなく、人間の5歳ほどの超肥満体型。それに醜悪な豚の顔がついている。
だが、彼は違った。人間のような細い手足に、豚の顔。そして頭には少量の髪が生えている。
彼のような存在はあまり珍しくはなかった。
他種族との交配により、先祖返りにも似た姿をするオークも多々いる。それらは人間のいうユニークモンスターに相当するのだが、多くは産まれてすぐに亡くなってしまうのだ。
理由は、餓死。
オークという種族柄、彼らは大食漢。代謝が凄まじく、それに見合うほど大食いをしなければならない。オークのユニークの多くは、体の容量が少ないため、十分な栄養を取り込むことができない。小さな体に大量の食べ物を詰め込むが、すぐに満腹になってしまうのだ。
彼もそうなる運命に思えたが、違かった。
細い体のどこに入っているのかすらわからないほど、よく食べた。
そのおかげか、彼はすくすくと成長し、いつしか群れの仲間としてしっかり働くようになった。
★
細い体など関係なく、彼はオーク特有の嗅覚と怪力を持っていた。
彼が他のオークと違うのは、人間のように細い手足と、頭に生えた金色の髪の毛だけだった。
ハイオークほどの知能と力を持ち、罠を考え張り巡らせ、周りのオークよりも働いていた。
「お前はすごい。産まれた時はまた餓死するかと思ったが、いつのまにか群れになくてはならない存在になった」
「そんなことはありません。僕は僕にできることをやらせてもらっているだけです。僕の働きで群れが良い方向に進むのなら、僕はその働きを惜しみません」
彼は前向きに頑張っていた。
自分を産んでくれた親のこと、ユニークが産まれたら餌を与えないはずなのに、自分以外のユニークにも餌を与え、餓死しないようにしてくれた群れのこと。その全てが彼を生かしていた。
オーク顔負けの知能、怪力、群れの働き者ということで、彼はこの群れの注目の的だった。
★
「よく食べるな」
「……はい。食べても食べても、お腹が膨れなくて」
「産まれたてのお前もそうだった。餓死しなかったのはよかったが、止めなければ無限に食べ続けようとしていた。食べても食べても、お前の腹が大きくなることはなかった」
「……」
彼が産まれてから数年が経ち、群れも徐々に大きくなっている。彼も成長し、背も伸び頭も良くなり、力も強くなっている。
今では群れの長にも頼られる存在になっている。
「だが安心しろ。無駄飯食らいならともかく、お前は自分だけではなく、群れの分の食料も苗床もとってくる。お前を群れから追い出したりはしない」
「ありがとうございます」
長はそう言って、どこかに行ってしまう。
彼は目の前に広げた餌を全て貪りながら、自分の体を見た。
(なぜ……)
背も伸び、力もついているはずの彼の体は、産まれたままの、細い手足だった。
少しだけ骨ばった手を見ながら、彼は悩んでいた。
そんなある時、危機が群れを襲った。
★
「ふむ。来た道を戻ろう」
オークの群れは、長がそう言うと道を引き返そうとする。が、彼が声をかけた。
「長よ。もう日暮れが近づいています。近くで風と寒さを凌げる寝ぐらを探した方がいいと思います」
長は空を見上げる。彼の言う通り、太陽が既に傾いていた。道を引き返すよりは、ここを拠点にしたほうがいい。
「ふむ。そうしよう。手分けをして洞窟を探すものと、食料を確保するものに別れよう」
「食料なら僕が探します。群れの全員が移動しているのですから、洞窟を見つけて休むほうが良いでしょう。僕の嗅覚なら離れすぎなければ見つけられます」
「ふむ。わかった」
そして、彼は群れと別れた。
変わることのない真っ白な景色の中を、食料を求めて歩き続ける。
群れを襲った危機というのは、突然の大寒波。
オークの群れは獲物を求めて度々移動をしているのだが、移動した矢先、猛吹雪に襲われたのだ。
暖かい地を求めて移動を開始した群れだったが、移動して3日。一向に雪の止む気配はなかった。
(どうなっているのだろう)
彼はそんなことを考えつつも、群れのために獲物を探し続けた。
★
その後彼が仕留めた獲物は、大猪3匹だけだった。吹雪を凌ぐ洞窟は見つけたものの、食料が足りなかった。
群れが満足できるほどの量はなく、皆細々としている。
群れの中で1番の大食いである彼も我慢していたが、それは長く保たなかった。
その次の日も、その次の日も、彼は狩りにでかけては少量の獲物を仕留めてくるが、その量は日に日に減っていく。
彼が弱いわけでも、ちゃんと探していないわけでもない。日が経つごとに吹雪が強くなり、獲物も段々と姿を消していっていたのだ。
数日も経てば、数歩先すらも見えなくなるほどの猛吹雪となっていた。
「食料を探しにいけば、迷って凍えて死んでしまう」
「それでも食料を確保しなければ、餓死してしまうものがでてしまいます」
「……」
長に狩りへ行くことを止められた彼だが、彼の言う通り、これでは仲間が餓死してしまう。だが、彼を失う方が、それ以上の損失になることを、長は知っている。
頭もキレ、力もある。この群れの要といっても過言ではなかった。そんな彼ですら満足に食べ物を食べれず、日に日に痩せていっていた。
「それでもダメだ。仕方ない。家畜を食べよう」
食料も既に底がつき、とうとう繁殖用の家畜に手を出すことにした。
栄養もとれなければ繁殖することも、産まれたオークを育てることもできない。
その日は、家畜を腹一杯食べた。
★
そしてさらに数日が経つ。
猛吹雪は止まることを知らないかという風に、今もなお吹き荒れている。そしてそれはさらに日に日に増している。
一歩でも洞窟の外に出れば、雹に頭を砕かれてしまう。それほど激しい吹雪に、オークの群れは太刀打ちすることなどできない。
何日も何日も食べない日が続く。
しまいには完全に動かなくなり、冷たくなる仲間もいた。
凍えるほどの寒さの中だからなのだろう。腐臭は全くしなかった。
「……」
だが、新しい食料はできた。
★
日を追うごとに、仲間が死に、腹に収まる。
年寄りや年端のいかないものが次々といなくなっていく。
残っているのは若いオークか、戦士として体を鍛えているオークだった。
その中に、彼もいる。
誰よりも1番食料を必要とする彼だったが、誰よりも仲間を食べようとしなかった。
それでも生きるために、少量だけ。
そんなことを続け、みるみるうちに痩せていった。
顔を見なければオークだと気づかないほどに、人間らしい体つきに、髪になっている。
そんな彼も、とうとう動けないほどに腹を空かしてしまった。
★
オークの群れは、今では両手で数えられるほどしか生きていなかった。
彼は空腹から動けなくなり、死を待つばかりに。次に食べられるのは自分だと、受け入れながら冷たくなっていく体に身を委ねている。
(お腹が、減った……)
それでも頭の中にあるのは、やはり食のことだった。
小さい頃から大変な量を食べていた。
この群れはそれを許していたし、彼も食べるために強くなった。
だが、心優しい彼は、この洞窟に籠るようになってから、その食欲を我慢していた。
(……食べたい……なんでもいいから、食べたい)
ぼやける視界の中で、彼はそう思っていた。
そんな中、数日も言葉を発していなかった長が、彼の姿を見て言葉を漏らした。
「それは……なんだ」
どうやら、長は彼に向かって言っているようだったが、彼には聞こえていなかった。
彼の頭の中にあるのは、貪欲なまでの食欲。
(食べたい食べたい食べたい食べたい)
よく見れば、彼の体からは黄色い魔力が漏れていた。オーク達には見たこともないものだった。
そして彼は気づく。
(食料なら、肉なら、食べるものなら目の前にあるじゃないか)
手足を動かせないほどの飢餓状態だった彼は、ゆらりと立ち上がると、他のオーク達を舐めるように見渡した。
「おい、どうし」
彼のすぐ近くにいたオークの首が、ねじ切られた。
「き、貴様!何をしている!!」
長や他のオークの怒号など、彼には聞こえていなかった。捩じ切った仲間の首から滴る血を飲み、肉を食んでいる。
一口、二口、三口食べると、その仲間を床に置き、他のオークに目を向ける。
「他のも、食べたいなぁ」
不気味に笑う彼を、他のものは止められなかった。そしてその日、オークの群れは彼を残して全滅した。
★
「ふ〜ひでぇ吹雪だったなぁ」
1人の男が、真っ白な雪の景色を自分の足音で汚しながら歩いている。
「氷獄の姫つってもガキじゃねぇか。癇癪起こして半年も吹雪を降らせやがって……たく」
男は数日前に自分が鎮めた精霊を思い出す。
「堅固の美徳ってのは、本当に便利だなぁ」
風邪をひくことも、凍傷になることも、寒さに凍えることもなかった。
男はそのおかげで、氷獄の姫と三日三晩話し合いをできたのだ。
「つっても寒いものは寒い。お、いいところに洞窟があんじゃねぇか」
風を凌げる洞窟を見つけ、男は奥に入っていく。焚き木に火をつけ、一息ついた。
洞窟の奥にいるものには、とっくに気づいている。
「た、たべ……もの……」
微かに聞こえる声に、男は驚いた。
「ん?熊かなんかがいるとは思ったが、こんなところに人間がいるとは……ん?」
声のしたほうへ向かってみると、金髪の痩せ細った男が倒れているではないか。
男はすぐに近づき、その男を抱きかかえ、気づいた。
「てめぇ、オークか」
スケルトンに皮を貼り付けたかのように、その男は細くなっていた。肋骨は浮き、頬は痩せこけている。倒れている男がオークだとわかる部分は、豚のよう鼻だけ。
その男は弱々しく、また声を漏らす。
「たべ、もの……お腹が、空いた……」
「ふむ……」
オークの顔をした、オークらしからぬ体型に、髪の生えた頭。それがすぐにオークのユニークモンスターだということにはすぐに気づいた。弱っているのだ。すぐさま討伐するのが普通だが、男はしなかった。
「わかった。待ってな」
軽すぎる体を抱え、焚き火の近くに横たわらせる。
彼の周りに散乱していた骨の残骸と、半年続いた猛吹雪を知っていれば、ここで何が置きたかなどはわかる。
それが男にはなんとも悲しいものに思え、せめて、殺す前に望みを叶えてやりたいと思ったのだ。
男はマジックバックから大量の食料を取り出すと、それを次々に調理していった。
「ほら、飲め」
横たわる彼を少しだけ起こし、口に温かいスープを流し込む。
コクコクと彼の喉が動き、白い息を吐いた。
「おい、しい」
「まだまだあるぞ」
コカトリスの目玉焼きに、照り焼き。
ミッドシャークのステーキと、ブラックバロンのステーキ。肉料理が大半だが、体を起こせるようになった彼は、それを次々に平らげる。
男も、その横で少し早い昼食を摂った。
「どれも、おいしい……感謝する」
「お粗末様で」
全て平らげると、彼が言った。
「人間。我を殺すか?」
「……あぁ」
ご馳走を用意しても、男が彼を殺すことに変わりはなかった。心優しいこの男が、ここまで世話をしておいて殺すことをやめないのには、理由があった。
「オメェからは嫌な感じがする。オメェ、大罪持ちだろ」
「大罪?わからない」
「そうか。わからなくてもいい。だが俺はオメェを殺す」
「……構わない」
彼は項垂れながらそう言った。
「我は、してはいけないことをしてしまった。我は我を許せない。許さない」
「そうか」
「最期に腹一杯食べることができて、感謝する。誰かと一緒に餌を食べるのがこれほど心地いいとは思わなかった」
「……」
彼は男に対して首を差し出す。
無抵抗に命を差し出すほどの潔さを見せられる。男の心は少しだけ揺れる。だが、少しだけ。
包丁を取り出し、勢いよく振り抜き、彼の首を切り落とした。
切り落とす一瞬、黄色い魔力が最後の抵抗をしようと漏れ出たが、それを聖天魔法で打ち消した。
彼の細い体が崩れ落ちる。
男は小さく呟いた。
「……オメェの罪、俺も背負ってやるよ」
男は骨ばったオークを調理し、いつものようにいのちに感謝し、平らげた。
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