第26話 翼の折れた英雄

「じゃあ和馬、お願いね」

「ああ、分かったよ」

 俺は携帯端末を切った。何時も無理難題を押し付けてくる紀里香きりかである。

 

 俺は和馬。7年前のハイジャック事件の時から秋山とは顔見知りだ。あいつ達がクラージュ船内で果敢に抵抗し、情報を逐次送ってきたおかげで船内の制圧はスムーズに行えた。当時はまだあどけない中学3年だったと記憶している。小学5年の妹と挙げた手柄は、当人たちが思っている以上に大きかったのだ。その後宇宙軍に入って小惑星破砕特別攻撃隊に志願してくるとは思わなかった。何度も作戦を成功させ、とんとん拍子に出世した。今では俺と同じ大尉になりやがった。しかし、無理難題と言っていい任務に挑み成功させたのだ。この昇進も当然といっていいだろう。

 当初は意識が戻らず、そのまま植物人間になるのではないかと危ぶまれたものだ。しかし、3日後に意識が戻り、今はリハビリを重ねて何とか車いすでの生活ができるようになったとの事だ。

 今、俺は部下を連れて秋山が入院している宇宙軍の病院「緑風荘」に来ている。何でこんな名前なのかというと、それは宇宙で体と心を病んだ者と収容する施設だからなのだという。植物人間となった者、半身不随となった者、発狂して廃人となった者、色々いるようだ。彼らは全て心の癒しを必要とされている。その為の施設なのだ。勿論、総合病院としての機能も充実している。一般の外来も受け付けているのだが、こんな山中では来診するものもほとんどいない。まだ、午前10時だというのに受け付けカウンターの周囲には人はまばらだった。


「ここ、空いてていいわね。ボク、気に入っちゃった」


 そう言ってはしゃいでいるのは部下の遠山玲香とおやまれいかだ。比較的小柄でボーイッシュ。宇宙軍の軍人らしくショートカット。一人称でボクを使うボクっ娘だ。広々としたロビーで、側転から後転を決め体操選手の様に両手を上げる。夏用の制服を着ているのでタイトスカートなのだが器用なものだ。

「この馬鹿者。病院内で何してるんだ」

「いいじゃん。人少ないし。大尉の声の方が迷惑だよ。ボク、トイレ行ってくるね」

 そのままトイレへと向かう。何ともお子様臭丸出しな少女なのだが、あれでも機動攻撃軍の新人なのだ。しかも、今季トップの成績で入隊した超期待の器らしい。

 俺は受け付けで秋山の部屋を確認した。玲香と合流しエレベーターに乗る。

「東館5階、507号室だ。今日は午後リハビリの予定。午前は何もないから部屋にいるだろう」

「了解」

 首を横にしながら敬礼する。どこでそんな敬礼を習ったんだ。

「秋山には内緒だからな。喋るなよ」

「承知しております。大尉殿!」

 今度は腕を組んできた。

「えへへへへ。こうすると、恋人同士みたいですね。ボク恥ずかしいな」

「親子じゃないのか。随分、年が違うぞ」

「一回り位じゃ年の差カップルとは言いません」

「それにな、俺は結婚しているんだ。子供も二人いる」

「ボク、そんな事は気にしない」

「気にしろ。馬鹿者」

「馬鹿って言われた……ボク、何もしてないのに」

「今もしてるだろ。もう離れろ。命令だ」

「分りました。べー」

 あっかんベーをする期待の新人である。もう二十歳だというのにこの子供っぽさはどういう事だろうか。そう言えば、秋山の妹は妙に大人っぽかった記憶がある。あの雰囲気は紀里香と似ていた。天才とは年齢にそぐわない雰囲気をまとう者なのだろうか。


 今回、紀里香の押し付けてきた無理難題とは、この秋山の護衛なのだ。しかも、強化外骨格宇宙服パワードスーツ人型機動兵器トリプルDを持ち込んで護衛しろなのだ。キチガイじみている。

 病院の警備なら警察か地上軍の仕事になる。機動攻撃軍の出番があるとは思えないのだが、そういう指示だら仕方がない。いや、紀里香のいう事だ。トリプルDを必要とする事態が迫っていると考えた方がいいのかもしれない。

 エレベーターが5階に着いた。

「秋山さんってどんな人?イケメンかな?」

「顔は知ってるだろ」

「写真は見たけど、実物はどうだろうってね。格好いい?」

「そうだな。イケメンだ。大人しいが面倒見がいいタイプじゃないかな」

「うわー、すっごい好みかも、好きになったらどうしよう。ね。応援してくれる?」

「いや、あいつはお前のような軽い女は嫌いだと思うぞ」

「え~。おデブちゃんが好みなの?」

「その軽いじゃねえよ」

 軽く拳骨をくらわせる。

「痛い。暴力反対」

「だったら静かにしろ」

「はーい」

 やっと大人しくなったところで車いすに乗った秋山と出会う。側には妹の由紀子がいた。細面で色白。陶器人形のようなと表現すればいいのだろうか。美しく成長している。

「あ、あの、隣にいる方は?」

「妹の由紀子さんだ。今、高3だったかな」

「高3ですか、マジできれいですね。ボク、惚れちゃいそう」


 ゴツン。


 また、拳骨を食らわせる。

「ああ、すまないな。秋山。こいつは俺の部下で遠山玲香だ。車いすの方が小惑星破壊作戦の英雄、秋山辰彦。隣にいるのが妹の由紀子さんだ」

「よろしく」

 秋山が右手を差し出す。もう手は動くようだ。

「よろしくお願いします。ああ、これが、秋山大尉の生手!!ああああああ感じちゃいますぅ~」

 恍惚とした表情で頬ずりする玲香である。変態じみているのだが、これで平常運転なのだ。

「玲香さん。私とも握手お願いできますか?」

「勿論です。由紀子様」

「あああああああ、由紀子様の手、白くて細くて美しいです。ボク、食べちゃいたい」

 由紀子の右手を両手で握りしめ頬ずりする玲香。こんな馬鹿者を押し付けた城島大佐が恨めしい。

「食べられるのは困ります。端末情報の交換お願いできますか?」

「はいどうぞ」

 さっと端末を取り出し操作している。この状況は、暴走する玲香を由紀子が上手く操作しているのか。クラージュを救った天才少女はここでも何気なく才を発揮しているようだ。

「お兄様は先にお部屋へ戻って下さい。私は斉藤大尉とお話があります。玲香さんはどうしますか?お兄様とお話でもされますか?」

「こここここここんなに悩ましい選択肢を与えるなんて!何て罪作りな!!ああ、秋山大尉とも過ごしたい、由紀子様ともご一緒したい……ボクは、ボクは一体どうしたらいいんだ??」

「秋山と病室へ行って梨でも剥いてやれ。任務優先だ」

「了解しました」

 ケロリと普通に返事をする玲香だった。俺はフルーツ詰め合わせのバスケットを彼女に持たせる。

「これは機動攻撃軍からの見舞いだ」

「ありがとうございます」

「秋山大尉。さあ行きましょう。ボク、ナイフの扱いは超微妙ですけど、普通に食べられるよう精一杯努力します」

 また、斜めになって敬礼する。可愛いと言えば可愛いのだが、軍人としてはアレはダメだ。俺が再教育するのかと思うと憂鬱になってくる。

 玲香と秋山は病室へ、俺と由紀子さんは階段から屋上へ向かった。

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