42話 さあ、戦おうⅤ

 セドリック殿下はボクの視線を横を向いて逸らし、物憂げな表情を浮かべる。少しだけ時間をおいてから、意を決したのかこちらに向き直って、ボクの目を真っすぐ見つめ返す。


「どう説明するべきか…正直に言うと俺自身、理事長を本心では支持していない。それどころか、根っこの部分で……嫌悪、していると思う」

「嫌悪?だけど君は…」

「ああ、支持しているとはっきりと言った。そうだ…変な話だが、時折…自分が自分でなくなる時がある、間違っていると自覚しながらやらずにはいられなくなる」


 精神的なバランスを崩していた、エドゥアルド殿下からそう聞いていたけど…まだ快復していない?それに…セドリック殿下が正体を失う時、何か突発的な事をする時に限って漂ってくる嫌な臭い。

 もしかして、誰かの…精神に影響する魔法を施されている?いやそれだったなら、専門のお医者様が気づいて処置している筈だ。影響が抜けきっていないなら、絶対に復学なんてさせない。

 この世界での…心の病気に関して、どこまで進んでいるか分からないけれど、少なとも診ていてくれた主治医の先生が『大丈夫だ』と判断したのだから、きっとそれだけが理由じゃない。

 なら…ボクの、ボクの思い違いや勘違いじゃないなら、あのセーシャルが放っていた臭いによく似た、それ以上の臭いがセドリック殿下に纏わりついているなら、外神委員会が裏で糸を引いている?

 それはもっとありえない、王族の身辺に彼等が近寄ったらすぐに気づく筈だ。


「だが学園の現状を見て俺は、一つの事を確信した。陛下や父上の考えは間違っている、完全な国民主権への移行は間違っていると」

「っ……?え、いや、それと理事長を支持するのと特に関係ないと思うけど?むしろ、悪い専制君主の見本のような気がするんだけど?」

「あの人は…確かにダメだ。一番ダメなのは自ら責任を負わない事だ。だがそれは学生全体にも言える事だ。学生の本分である勉学、それを疎かにしながら権利ばかりを叫ぶ…君はそういった学生達から一番、被害を受けているだろ?」


 セドリック殿下の指摘通り、確かにクラスメイトの多くは今も、ボクを敵視している。

 クライン君達みたいに好意的に受け入れてくれているのは本当に少数で、他のクラスの生徒からも、敵視される事はある。そういった人に限って、入学試験が緩和された事で入学できた人ばかり。

 勉強の成績や生活態度に問題のある人ばかり。

 南部連合出身の人や革新派の人達とか特にだ。


「先代、曽祖父の御代は行き当たりばったりな、民意に迎合した衆愚政治で、着実に進んでいた近代化をとん挫させ、多くの移民が流入し外戚貴族が増え、挙句領政が乗っ取られた。そのもっとも悪い例がセイラム領だ、直にこの目で―――」

「いやだからそれとこれとどういう関係が!?話も大きく脱線してる!」


 学園での行動、その事を聞こうとしたのに何やら政治信条の吐露が始まって、思わずボクは言葉を遮ってしまった。国政とかそういうのは、正直に言ってまだ10代の前半であるボクや、セドリック殿下にはあまりにも早い。

 自分の政治に対する考えを語り合ったり、討論したりするのは分かるけど、深く関わるのは別の事だ。人生経験は浅く、自分自身で責任を負ったり果たす事の出来ない子供が、知った顔で主張していい話じゃない…とボクは思う。

 これまで見て来た政治に関わっている大人の人達を見ていると、ますますそう思う。

 ボク達はまだまだ、学んでいる途中なのだから。

 そして今、まるで関係の無い話だ。


「大いにある。学園の現状はまさに何の義務も責任も負わずに、声だけ上げる愚者の作り上げた惨状だ。耳に聞こえの良い話を口にする者を、積極的に支持する衆愚達によって崩された以前の王国と同じだ、その縮図だ」

「それを、陛下や王太子殿下、他にもオリヴィエおじ様や色んな大人たちが頑張って建て直してる。その成果は色んな所で現れている、ボク達が今やるべきことは国政を論じたりするんじゃなくて、学園をいい方向へ、以前の姿に戻す事だ。まるで関係ないよ!」


 セドリック殿下はとても大げさだ。ソルフィア王国は確実に良い方向へ向かって進んでいる、政治不安の続いていた南部はリューベークを参考に領主制の廃止や、象徴としての領主という形に改革して議会政治を復活させて、移民問題も改善しつつある。

 だけどそれは学園と関係ない、確かに学園の現状はとても悪い。

 独立性の強さから、理事長のやりたい放題で伝統はことごとくが破壊されて、名門校だったのはかつての栄光とまでなっている。国家への危機感と、学園の現状は関係ない。

 ボクが聞きたいのは、その諸悪の根源を支持する理由。

 それを聞きたいのだ!

 どうして支持をするのか?そうする事で何がなされるのか?何が目的なのか?

 なのにまったく話がかみ合わない!

 まるで同じテーブルに座っていると思っていたら、お互いまったく違うテーブルに座って、遠く離れたところで会話している気分になる。

 それに支離滅裂だ、論理がすぐにどこへ飛躍してしまっている。

 まるでブレーキが壊れてスピードを落とせず、蛇行運転をする車のようだ。


「学園に必要なのは、以前の姿に戻す努力ではなく、責任ある統治者によって正しく改革される事だ、深く考えず、流言に惑われ国政を乱す者にご機嫌伺いをしない気高い統治が必要だ。俺は学園を通してこの国の未来を悟った、先王と同じ失敗に至るだけだ」

「……何を言ってるの?」


 話がどんどんズレて行っている。

 脱線しているとかそういう次元じゃない。脱線しているならそこで停滞する、だけどセドリック殿下は真っすぐ進んでいる。どうしよう?これはボクが予想していたよりも、たぶんエドゥアルド殿下の予想している以上に……。


「選ぶ手段に躊躇いはない、その伝手も同志も集まり始めている。大人になるまで待つ、その選択では手遅れだという同志は大勢、この学園に集っている…君も俺と歩まないか?」


 とっっっっても!?行っちゃいけない方向へ向かって、猪突に!盲進している!!

 何で!どうやったらそんな結論になるの?自分達と同じように、学園の現状を憂いて、改革しようとしている、ボクも、メルも、エドゥアルド殿下も同じように思っていた、だけどセドリック殿下の考えは予想の斜め上を行くという話ではなかった。

 最初から同じ所に立っていなかった!

 最初から違うテーブルに座っていた!

 最初から全く違う場所を目指していた!


「腹も落ち着いた、俺は戻る。君も早めに戻れよ?」


 ますます、ますますどうやって止めたらいいか…分からなくなって来た。

 まったく分からない、分からないけど…殴り倒してでも止めないといけない、それだけは分かった。

 立ち上がり、去って行く背中にボクは改めてそう決心をした。



♦♦♦♦



 翌日。セドリックはマリアローズに言ったとおりに、理事長への不支持を宣言した。

 理由は生徒達と約束した学生寮の設備の修繕などの生活水準の向上という取り決めを、一方的に反故にしたからという理由で。

 その一方はすぐさま学園側を揺るがす、自分達を支持する学生の、一大勢力が反旗を翻し、敵対していた王統派と表面上だけは手を取り合ったから。ならば革新派!と学園側は動いたが、一枚岩どころか何枚の岩なのかも分からない勢力だけに、交渉する前からとん挫。

 悠長に右往左往している間に、二大勢力が中心となって、新学期早々に、都市議会へ提出する嘆願書の署名活動が始まり、コンラッドの運命も風前の灯火となる…筈だった。

 メルセデスも、エドゥアルドも、順調に進んでいると思っていた矢先。

 事態は多くの者の予想の範疇を越えて、学園どころか、イリアンソス全体を揺るがす事件が起こる。

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