20話 基礎学校に行こうⅡ【対決!ヴァレリー一派!】

 翌朝、本当ならヴォロディーヌ家の学校への影響力を排するなどといった準備を整え、その上でヴァレリーとその取り巻き達を、つまりヴァレリー一派を粛清する予定でしたが姉様の忍耐力が初日で限界に達したので前倒しにする事にしましたわ。

 準備自体は半分以上済んでいますので、多少早めても問題は無く。

 なのでわたくしは朝から機会を伺っていますが…。


「何もして来ませんわね……」

「うん、昨日が昨日だったから今日も何か仕掛けて来ると思っていたけど…来ないね」


 来ないねと言っていますが姉様、昨日ヴァレリーの手下が石を投げつけて来た時に振り返らずに石を全て掴み取り、目の前で握り砕きながら振り向き「メルに手を出したら潰す」とアストルフォさんと一緒に殺気を飛ばして、脅してしまわれたのが原因なんですのよ?

 と指摘しそうになりましたが、何とか口元辺りで抑え教室の隅で異様な存在感を発している方を見据え、思わずため息をついてしまいましたわ。

 可愛らしい姉様が実は恐ろしく腕の立つ下男だと知ったヴァレリーは、親の権力に物を言わせて数々の乱暴狼藉によって謹慎処分を受けていた生徒を、自分の用心棒としてこのクラスに呼び寄せていました。

 それは別に問題ありません。


 姉様は強いですから。

 ただ問題なのは…今は授業中ですわよ!上級生なら早く自分の教室に戻りなさいな!

 ええ、そうなんですの。

 ヴァレリーが呼び寄せたのは学校随一の体格を誇りながら、粗暴な性格が災いして普通の基幹学校への進学は絶望的と言われている上級生ルイージ・デルモンテ。このクラスの殿方と比べても頭二つ分以上も大きく、姉様と比べたのならまさに巨人と小人ですわ。

 ただしとても残念な方で、先程から問題に元気良く答えては「今は算数の授業中です、理科の授業ではありません」と、問題の答え以前に授業を間違え続けています。

 

 ですがそれ以上に残念なのはヴァレリーですわ。

 父親のピエール・ヴォロディーヌは領政の混乱に乗じて勢力を拡大したツケで、次の選挙で落選間違いなしと噂されている中でのこの無茶、教職員組合からの票は絶望的ですわね。

 頼みの綱の水運組合からの支持はボベスコ副議長の工作により無くなり。

 ヴォロディーヌ男爵を支持していた国営鉄道の敷設計画に反対する人達も大手新聞社の情報そ…正しい情報を教えられて考えを改めています、そんな中でのヴァレリーの無茶……あら、親子そろって詰んでますの。


 そしてどうやらわたくしは以前の記憶からヴァレリーに対して苦手意識を抱き、変に警戒し過ぎていましたわ、これなら策を弄し過ぎるとかえってこちらが危ない、緻密に計画を練り過ぎれば些細な躓きで破綻してしまう。

 特にヴァレリーのように悪知恵が豊富なだけで知恵の乏しい相手は、逆に単純な策の方が効果的に威力を発揮しますわ。

 さてなら後は授業が終わるのを待つだけですの。

 今日一日、姉様に怯えてヴァレリーは大人しくしている。

 きっと帰る段になったら我慢が出来なくなって、衝動的にお馬鹿な事をしますわ。



♦♦♦♦



 などと考えていましたが、本当にお馬鹿をしましたわ。

 いえお馬鹿な事をするとは思っていましたが、ここまでとは……。

 それは授業が終わりさて帰宅しよう荷物を鞄に入れている最中でしたの。


 姉様を恐れるあまりわたくしへの嫌がらせが行えず、鬱憤が溜まっていたのか近くを通ったレティシア・モランと言う女子生徒を捕まえて言ってしまったのです。

 姉様の前では言ってはならない禁句の数々を……。


「ちょっとレティシア、貴女ちゃんと体洗ってるの?すっごく臭いんだけど」

「え?うん、ヴィクトワールさんのお家が孤児院に支援してくれてるから、毎日お風呂に入れてるよ」


 ヴァレリーはたぶん、つい最近まで経営難だった領営の孤児院ならお風呂を沸かす燃料代に困窮して、毎日お風呂に入れないのだと思い込みその事を理由にしてレティシアさんを虐めようとしたのでしょう。

 ですが今の領営孤児院はヴィクトワール家が多額の寄付をしていますので、生活は楽になっていてお風呂など普通に毎日入れますわ。

 ですからヴァレリーはレティシアさんの返答を聞くなり顔を真っ赤にして「そんな事知ってんのよ!」と、声を荒げ首を振って取り巻き達に合図を出しレティシアさんを取り囲む。


「私が言いたのは、薄汚い孤児が学校にいる所為でどぶ臭さ移ると言ってるの!」

「え!?そんな、私毎日ちゃんと体洗ってるよ!小さい子達のお手本にならないといけないから」

「はあ?馬鹿なの?貴女は下賤な捨て子なのよ?魂が腐ってるから親に捨てられたのよ?そんな人がどれだけ体洗ってもどぶ臭さが抜ける訳ないじゃない!だって魂が腐ってるんだから!」

「わっ私は捨て子じゃないよ!お母さんは事故で円環に旅立っただけで私は捨てられなんかないもん!それに孤児だからって―――」

「私に口答えするな!下賤な孤児の癖に!どうせ母親も下賤な売女でしょ?それなのに私に逆らうなんて、修正が必要なようね!」


 取り囲まれても臆する事無く自分の意志を貫くレティシアさんに、ヴァレリーはより一層腹を立ててその頬に平手打ちをしようと手を振り上げる…本当に愚かですわ。

 そんな事を黙って見過ごす様な方を、私は姉様と呼んで慕っていませんわ。


「は?」

「え?」

「君…最低だね」


 ヴァレリーもそしてレティシアさんも一瞬、何が起こったのか理解出来ず呆然と目の前の姉様を見つめて、自分は守られたのだと理解したレティシアさんは気が抜け倒れそうになりそれをわたくしがしっかりと受け止めますの。

 完璧な連携ですわ。


 そしてヴァレリーは姉様に腕を掴まれている事に気が付いて、必死に振り解こうと動かすものの、まるで万力で固定された様に動かない自分の腕に困惑し、冷たく鋭く自分を見据える瞳に恐怖する。

 当然ですわ、怒った姉様はとっても怖いのですから。


「離しなさいよ!無礼でしょ!私を誰だと思ってるの?ヴォロディーヌ男爵家の令嬢よ!私の命令は絶対なのよ!!」

「へえ、すごいね…だから?」

「え?」

「何様のつもりなのかな?ボクが仕えるのはヴィクトワール家だ、そして忠誠を誓うのは旦那様と奥様、そしてメルだ。君じゃない…潰すよ?」

「ひぃい!?」


 姉様は本気で怒っていますわね。

 まあ当然ですわ、わたくしだってとても腹が立っていますし…ですがこのまま姉様にお任せすると大事おおごとになり過ぎますわ、それだと先生方を味方につけるのが難しくなりますの。

 ここは姉様に一旦矛を収めていただき、当初の予定を大幅に変更してわたくしが矢面に立たねばなりませんわ。


「手を離して差し上げてアルベール」

「…分かった」


 さて本来ならとっても残酷な方法を取る予定でしたが、ヴァレリー如きなどその場の勢いに任せても問題ありませんわ。

 こういう事は単純で分かり易い方がより強く人の心に響くというもの。

 そう!わたくしが反ヴァレリーの旗を掲げればいい。

 

「いけませんわ、いけませんわねヴァレリーさん、男爵家の令嬢がこのような乱暴狼藉をするなんて…同じ貴族の令嬢として、同じ淑女として恥ずかしいですわ」

「何が…メルセデス!貴女!私にこんな事をしてただで済むと思ってるの?パパに言えば貴女の家なんて簡単に潰させるのよ!」

「あら、高利貸し風情が大きく出ましたわね、言っておきますが今のヴィクトワール家は王室に納める特別なお酒を造る家ですわよ?そんな家に地方の、それも落ち目の貴族が手を出して無事でいられると思いますの?」

「え?」

「言っておきますが、お父様が固辞しているから準爵家ですの、既に国王陛下より家格を元に戻す許可は頂いていますわ、ですがお父様は責任感の強いお方なのでそれを固辞しての準爵家ですわ」

「嘘よ…嘘よそんなの!!」


 これが本当なんですの。

 マルクさんがクインスワインに発泡性を持たせようと瓶詰をして、二次発酵をさせた所、摩訶不思議な事に陽光に輝き月光に煌めく、失伝したと言われていた王室が執り行う祭事に必要な神酒が出来上がりました。

 再現は不可能と思われていた神酒だけあり再び侯爵家にと陛下より通達が来たのですが、お父様は今のヴィクトワール家にはその資格は無いと固辞、という話は神酒が作られた経緯は伏せた上で広く知れ渡っている事なのですが……新聞を読まれないのですね。

 一応、大手のルインタイムズが子供向けに発行している新聞も学校の図書室で閲覧できますが、男爵家の令嬢ならそれに目を通すのは義務ですわよ?


「さてヴァレリーさん、随分な物言いでしたわね。レティシアさんへの侮辱、とても看過できるものではありませんわよ?」

「ヴぃっヴィクトワールさん!?」

「だから何よ!?私は間違った事を言ってないもん!人は生まれながらにして貴賤が決まってるってパパが言ってた!だから貴族は偉いの!平民なんかよりずっと偉いもん!」


 まさに真教派の考えですわね。

 人の優劣は生まれながらにして決まっている、プロヴィデンス教の教えをソルフィア教に取り込んだ新興の宗派で、差別的で排他的な思想と主義が特徴ですわ。

 その排他的で差別的な思想は特権階級意識の強いヴォロディーヌ家のような新外戚貴族の心を鷲掴みにして、新興でありながらも熱心な支持者を獲得している。

 ヴァレリーはその考えにどっぷりと嵌っているようですわね。


「ヴァレリーさん、貴女は大きな勘違いをしていますわ。人の貴賤は生まれや身分では決まりませんの、人の貴賤は心の在り方、生き方ですわ。そしてレティシアさんは貴女に如きが侮蔑していい方ではありませんの」

「ヴィクトワールさん、私なんか庇ったら……」

「いいえ、いいえ、私なんかではありませんわ、貴女はわたくしのクラスメイト、クラスメイトが言われなき非難に晒されているのなら、助けるのが人の道ですわ」

「ヴィクトワールさん……」

「メルで、いいですわよ」


 それにしてもヴァレリーは自分で自分の首を絞めている事に、何時になったら気付くのでしょうか?自身が振りかざしている論理で言うのなら、ヴィクトワール家は元侯爵家で血筋を辿れば王家の縁者ですのよ?

 あら、ようやく気が付いて…いませんわね。

 

「だから何?関係ないのよ!ルイージ、私に逆らうあいつ等を痛めつけて!アンタ達も!」

「「はい!」」

「うぃーす任せてくださいよヴァレリーさん…ておい、どけよチ―――」


 ヴァレリーは舌戦ではわたくしに勝てない事を悟ると暴力に訴える事にしたみたいですが、残念ですわね本当に、昨日の一件で目の前の姉様が強い事は理解していた筈なのに忘れていたみたいですわ。

 姉様を払いのけようとしたルイージを姉様が目では捉えれない早業で投げ飛ばし昏倒させたのを皮切りに、一斉にヴァレリーの手下達が襲い来るのですが…ああ何とも哀れ。

 喧嘩を売る相手と使える主君を間違えましたわね。


「ヴァっヴァレリーさん!男子が全員!?」

「起きなさいよデカブツ!!駄目ですヴァレリーさん、ルイージ完全に気を失ってます!」

「うっ狼狽えてはいけないわ、他のクラスから応援を…」

「さて…後は君達だけか」

「「「ひぃい!?」」」


 残りの取り巻きと共に徐々に冷たい笑顔で近寄る姉様を見て悲鳴を上がるヴァレリー、まあ当然の結果ですわね、姉様はメイド道の有段者で戦闘術に関してはベルベットさんの英才教育を受けていますから。

 ただ予想以上に騒ぎが大きくなりましたわ。

 吉と出るか凶と出るか、今の所は良い方向に行きそうですの。

 クラスメイトの目には確かに、勇気が宿っていますわ。


「おっ覚えてなさいよ!」

「「待ってくださいヴァレリーさん!」」


 尻尾を巻いてヴァレリーは逃げて行く。

 勝利、ですわね。

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