27話 それぞれの思惑、それぞれの日常

 王城でシャーロットがエルネストに求婚したのと同時刻。 

 ソルフィア王国南西部パノルモス領。


 そこでは表立って報道されていないがマフィアと警邏官、そして故郷をマフィアの手から解放しようと立ち上がった領民達がセイラム領以上の抗争を繰り広げている。

 街道警邏はそんなパノルモス領に本拠を置いていた、理由は言うまでも無く癒着しているマフィアを介して海路を通って入って来る禁制品や輸出が禁止されている、それこそ不良軍人からの横流し品の受け渡しを円滑に行う為だ。


 パノルモス領は適度に海軍の基地から遠く沿岸警備を行う軍艦の目を盗み易く、複雑に入り組む島嶼群を通れば南方大陸やレムリア大陸の人間族の国に容易く行く事が出来た。

 故にマフィアは南西部を中心に拠点を置いて跋扈し、彼等と癒着する街道警邏もまた円滑に商売をする為に中央に置いていた拠点をここに移した。


 街道警邏の本拠が置かれている場所は争乱以前に海軍が使っていた沿岸要塞で急速に発達した軍艦の前では、古過ぎて無力という判断から敵に攻撃され易いように外観を改修し標的用の要塞として使われ、争乱が終結したのちには予算の削減により使われず放棄され、目を付けた街道警邏はそこを拠点に定めた。

 違法な取引を極秘裏に行うには驚く程に都合が良かったからだ。


「以上がルッツフェーロ様からの要請です、マリアローズに関してはこれ以上の干渉はせず放逐すべき、バウマン様の身柄を確保できただけで充分であると」

「ふむ…だが、うむ…承服しかねる」

「それは何故ですか?」


 要塞の一室でカリギュラはルッツフェーロから託された伝言を聞いた塞翁の反応に思わず顔を顰めてしまう、どう考えてもこれ以上の干渉は街道警邏の立場を悪くするだけだとカリギュラにも理解する事が出来ていたからだ。

 ルッツフェーロの判断は正しく、これ以上の干渉は民意の反発を招く。

 実際に移民票の多い労働党は今回の事で党が二つに分裂、バウマンと繋がりの無い移民系議員はバウマンを移民の面汚しとして糾弾する構えを見せ、移民の多くがその意見に同調し始めていた。

 そんな時に最先鋒を担う街道警邏が塞翁の計画していている事を実行に移せばどうなるのか、ルッツフェーロが行った計略の半分かもしくは全てが水泡と帰す可能性があった。

 故にカリギュラは塞翁の説得に必死だった。


「簡単な話だ…逃せば旗印になる、こちらで身柄を確保するか最悪…殺すしかない」

「しかし…ルッツフェーロ様はマリアローズに必要以上に干渉する事を厳に禁止しています、塞翁様にも従っていただかなければ……」

「馬鹿を言うな、我々に上下の区別なし、同志は尊師の御前に置いて平等なのだ!眷族でしかない貴様には理解出来んだろうがな」


 塞翁はカリギュラの言葉を一蹴すると部屋から出ようと立ち上がる。

 背は低く顔は皺だらけ、曲った腰から年季の入り方が伺えたがその心内にあるのはセーシャルの様な狂気でも無ければ、ルッツフェーロの様な理性でもなく、どこかバウマンに似た妄執だった。

 既にマフィアは少しずつ駆逐され始めていた。


 一時は圧倒的に優勢だったが謎の勢力の介入により一気に形勢は変わり、各所で散発的に起こる抗争はマフィア側の敗北で終わり南部全域にその手を伸ばしていたマフィアは、オルメタは支配地域の半分を失陥し残すは西南部のみだった。

 マフィアと癒着する事で中央に幅を利かせていた街道警邏はここに来て選択を迫られていた、マフィアに加担し続けるか長く暗く辛酸を舐め続ける日々を甘んじて受け入れるか…塞翁は今回の事を切欠にして状況の打開を画策していた。

 マリアローズはその生贄とする。


 塞翁の意志が固く変わらない事を理解したカリギュラは恭しく礼をして最初から居なかったかのように消える、消える間際にセーシャルがもしも時にと命令していた事を実行に移す事を決意しながら……。



♦♦♦♦



 これは夢?確か昨日は…そう王城で出会ったヴィクトワールさんじゃなかったシャーリーさんと結婚するから旦那様だ、その旦那様の体調も良くなり長旅をしても大丈夫だとサラさんから太鼓判を貰い、それで結婚を祝う小さいパーティーが開かれたんだった。


 ボクは…そうその日の検査で火傷の傷跡はまだ残っているけど包帯をしなくても良くなり、あとは傷跡を消す治療を始める事になってそのお祝いも兼ねてでそれで…うん、確かそれで飲めよ食べよの大騒ぎをしたんだった。

 ……で、ここは…どこだろう?


 いや知ってる。

 ああ、あそこだ。

 という事は夢の中だ。

 懐かしい商店街の景色が目の前に広がっている。

 行き交う人達の姿はソルフィア王国とだいぶ違う、それはまあ現代日本だから仕方が無いけど…でも懐かしい、楽しい思い出は少ないけどやっぱり生まれ故郷と言うのは特別な存在だ。


 今はアーカムがボクの生まれ故郷だから、出来れば見るならそっちが良かった。

 古い建物と新しい建物、昔からここにあるお店や観光地として人気が出てからできたお店、本当に混沌としていてどこに向かっているのかどこへ行きつくのはよく分からない、不定形な場所で目まぐるしく変わって行きながら、まったく変わらないそんな港町のそんな商店街をボクは昔を思い出しながら歩く。

 買い食いは…基本的にしていなかったから飲食店は縁遠い、確か文具店があってそこで色々と勉強に使う筆記用具を買っていた、あと筆や紙とかも夏になれば花火も売っていた。

 ああ、懐かしいけど戻りたいとは思わない。

 現実がどんどん悪い方向に進もうとしているけどボクは逃げずに立ち向かう。

 そう思っていると何の前触れもなく顔の無い生前のボクが立っていた。


『――――』


 何を言っているんだろう?

 喋った様な気はするけど…言っている事が聞き取れない。


『――――』


 困惑するボクを気にも留めず昔のボクの姿をした顔の無い僕は喋り続ける。

 だけどまったく聞き取れない、一体何を言っているんだ。

 何か伝えようと……。



♦♦♦♦



「クエ!」

「アストルフォ?」


 ボクはまた…悪夢でも見ていたのだろうか?

 思い出せないけどアストルフォがボクより先に起きてボクを起こすという事はたぶん、また悪夢を見ていたのかもしれない…さっきの事なのにどんな夢を見たのか。その内容を全く覚えていない。


 少し重い体に鞭を打って立ち上がり辺りを見回すと…皆、酔いつぶれてソファーや床で眠っていた。どんな時でもしっかりしているロバートさんは、朝一番の執事の仕事である新聞にアイロンをかける作業をしている最中みたいだ。


「おはようございますマリアさん、起きて早々ですが着替えて支度を…御覧の通りの有様なので、下でベルとアグネスさんがもう始めています」

「はい分かりました」


 ボクはアストルフォと一緒に下に下りて着替えを始める…ううん、急にバッサリと切ったから違和感がある…最初は伸ばす事に違和感があったけど今は無い事に違和感がある。

 だけど無事にシャトノワ領に行く為の作戦だ、ネスタ兄さんが考えて大奥様が太鼓判を押した作戦…ネスタ兄さんが覚悟を決めてくれたのだ、妹のボクも覚悟を決めて挑まないと!


 だけどやっぱり、成功率を上げる為には仕方がなかったとは言え皆の反対を押し切ってここまで短く切ったけど…少年にしか見えない短さまで切ったのはやり過ぎだったかもしれない。

 ボクはそう思いながら何時もの午前用のドレスに着替えて替えのエプロンを身に着けると台所に向かう。



♦♦♦♦



「相変わらず、好きだね自動車が」

「はっはっは、ベルも覚えてみませんか?慣れると楽しいですよ、特に長閑な田園風景の中を颯爽と駆けるのは心が躍ります」

「そうさね…シャトノワに行ったら教えてもらおうかね、あっちは葡萄畑ばかりで道が広いからね」

「ではその時に、とは言ってもこれとはお別れですが……」


 ロバートはそう言いながら愛車を綺麗に磨いている。

 最初は蒸気エンジンの精度の悪さから故障が多発し、改良型の蒸気エンジンを載せたら逆に精度が高さ過ぎて何故か故障が多発しようやく故障から悩みから解放され、愛すべき妻や幼い息子達を乗せて何度もドライブを楽しみ、息子達が一人立ちをしてからは休日に趣味で走らせた、そんな思い出が詰まった愛車と遂にロバートは別れを告げる覚悟を決めた。


 屋根の無い4人乗りの蒸気自動車で、最初も最初の実用的な蒸気自動車で、ロバートが知人の協力を得て改良と改造を続けながら乗っていたギース家の歴史の詰まった自動車は、丁寧に労うように夫婦で協力し合いながら磨かれて行く。

 自動車はどこか誇らしげに最後の奉公に備える。



♦♦♦♦



「父上それ、裏表が逆ですよ?」

「なに!?ううむ、どうもこの背広と言うのは慣れん……」

「でしたら着なければいいでは無いですか、それでそんな恰好をしてどこに行かれるおつもりで?」

「決まっているだろう、アストレアに会いに行くのだ。今日は新作の発表会らしくてな王太子妃殿下に代わって挨拶をするらしい、夫として見に行かぬわけにいかにだろう?だからそれで…娘よ、手伝ってくれないか?」


 ワタシは全面的に拒否する為に父から離れる。

 今はまだ準備をする時、だから安易に人の姿に変じる訳にはいかない…別に苦手とかそういうのではない、断じてない!ワタシはこれでも赤枝の戦士長から魔法の扱いに関しては一目置かれているのだ。


「ふむ、もうすぐ出立だったな」


 これ以上付き合っていられず踵を返したワタシに父は唐突にその事を訪ねて来た。

 もうすぐシャトノワという名の領地に移住する、シャーロット殿が結婚してヴィクトワールという家に嫁入りするからだ。

 まあそこまで行くのに色々と難題を抱えていて、ネストル殿の機転で何とかなりそうだがそれでも不安は多い、あと不満もだ!仕方がないとは言え主殿のあの美しい雪の様な白銀の髪をあんなにバッサリと!理解はしているのだ、必要な事だと…しかしまあそれでも主殿の美しさは微動だにしない。

 と脱線してしまった、ワタシは振り返り父に確認しておかねばならない事を尋ねた。


「王太子妃殿下が渡して欲しいと頼まれていた服はどうされるのですか?準備が出来次第なのでそれこそ明日にでも出立するかもしれませんが?」

「ああぁ…うむ、そのだな…良い案が全く思い付かんのだ!まず面識がない、その周りにもだ、このままだと怪しいおじさんがいきなり服を渡して来たと警邏官が駆け付けて来る事になる」

「ですね、王都の警邏官は優秀ですから」


 無能司祭と無能警邏に彼等の爪の垢でも煎じて飲ませやりたいくらいにだ。

 あともしも今も渡せずにいる事を母に知られれば…修羅場だな、母上は今でこそ王太子妃殿下と共に色々とされているが元は戦士長、それも女傑で知られる赤枝の戦士長を育てた方だ。

 つまり下手をすれば父よりも強い、こと魔法となれば母の方が確実に上だ。


「夫婦喧嘩だけは止めてくださいね、間違いなく王都に災厄が訪れます」

「それは…父も自覚している、だから今日は可能な限り機嫌を取ろうかと思っている」

「…でしたら、エーデルワイスという喫茶店に行かれるのをお勧めします、あそこの店主は良く人の出来た方です」

「そうか…そうか、良し!そうするか」


 父はそう言って出かける…嫌な予感しかしない。

 実際に他の戦士長が戦の準備をする様に身支度を始めた、これは…あの方達に任せするしかない、ワタシのような未熟者では母の一睨みでだけで即死してしまう。

 頑張って欲しい、そう思いながらワタシは主殿の所へと戻る。

 


♦♦♦♦



「舐めてるの?」

「いえいえ、手頃な軽機関銃か短機関銃が欲しいと言われたのでこちらをと思いまして」

「それを元軍人に勧める度胸は素直に凄いと思うの、でも人によっては即座に拳を振り上げるの」

「ですよね、天下に名高いルーカスシリーズですから」

「だったら勧めるななの」

 

 大口径とは言え拳銃が一丁では心許ないと思ってギルガメッシュ商会の武器部門に新しい武器を調達しに来たら、開口一番に「最も多くのソルフィア軍人を死に追いやった兵器」の代表格を紹介された時は首を圧し折りたくなった。

 プレス加工を多用したチャチな外観と独特な形状の弾倉、これを開発した奴等はまず銃弾剥き出しの弾倉に兵器が務まると何故思ったのか、足が当たっただけど変形して故障する銃に何故兵器が務まると思ったのか問いただしたい。


「ではではララ様、冗談はこれまでとしてここからは真面目な商談を、以前使われていた狙撃銃と同型をお求めだと聞きましたが、あれは生産終了で当店の裏在庫には無いのでこちらのシャイデマン連発式騎兵銃はいかがですか?」

「シャイデマン?何それなの、あと最初に言ったけど仕様書だけが立派な武器は嫌いなの」


 私は受け取ったそれが仕様書だけが立派で革新的だと喧伝されて手元に届いた時には壊れていた、部隊内で「出来立てスクラップ」と呼ばれていたルーカス連発式歩兵銃と同じ様な物ではないのか確かめる。

 騎兵銃と言うだけあって確かに歩兵銃よりも短い、体格の悪い私には扱いやすい大きさだ、回転式ボルトアクションで…とても滑らかな操作性だ、ルーカスは直動式でちゃんと作動すれば回転式より素早く装弾出来たけど…思い出したら苛々して来た。

 あの雪山での戦いで装弾したらその衝撃で勝手に安全装置が作動して…死ぬかと思った、そう言えばあれはまだ小改良を加えられながら使われているんだっけ。


「どうですか?警務隊で運用されていまして、開発者のシャイデマン元技術中尉は繊細な工芸品に兵器は務まらないという思想の基、徹底して堅牢である事を主眼に置き新兵でもそれなりに的に当たらなければ兵器は務まらないと命中精度にも神経を尖らせた逸品です」

「確かに…良い銃なの、これ一丁買うなの」

「ありがとうございます、ええと次は拳銃でしたか」


 私は長年愛用している兵器庫で埃を被っていた所を勝手に持ち出して愛用し続けている回転式拳銃を目の前の店員に見せる、目的は自慢ではなくこれで撃てる弾が欲しかったからだ。

 どうやら試作品だったみたいでもう装填している分で最後、大口径で貫通力や破壊力は抜群、その気になれば鉄扉の向こうに隠れている敵兵の頭を吹き飛ばせる威力を持っている。

 ただもう弾が無い、それに反動が大きいくて撃つ度に手が腫れて大変、そろそろ替え時だ。


「そうですね、こちらの自動拳銃はいかがでしょう?金槌の横に取っ手を付けた初期のそれとは違い新人気鋭のグリニッチ元技術少尉が開発した物で出っ張りの少ない滑らかなフォルムが特徴的です、9ミリグリニッチ弾を使用し薬室に1発と弾倉に7発、私服の警邏官の間では扱いやすい事で好評です」

「ふーん…確かに、出っ張りが少ないから取り出しやすいの2丁買うの…ていうより元が多いの」

「仕方ないですよ、予算削減でルーカス派に所属していない技術士官は軒並み追い出されたんですから、私も元技術士官で悪名高い軽機関銃の後継を提案したら追い出されましたよ」

「不憫なの…で、その軽機関銃はあるの?」

「ありますよ、これですですが…まだ使用実績が無くて…あ!そうだこれ差し上げます、どうせ撃ち合いになりそうですし感想を聞かせてください」

「いいの、ただ壊れても怒るななの」

「いいですよ、簡単に壊れる兵器何てクソの役にも立たないので、徹底して酷使してください」



♦♦♦♦




 早朝よりも早く、夜が明けるよりもずっと早く、蠢く影があった。

 黒い外套を羽織り出来るだけ日が出る前の静かな闇の中に隠れながら、蠢く影は時を待っていた、何が起こっても対応が出来る様に心を構えながら用意周到に彼等が使いそうな道や目的とするであろう鉄道の近くに、隠れ潜みながら時を待っていた。


 そして時は来た。


 リンドブルム邸の前に停車するのは一台の蒸気自動車、その前には背広を着込む男性が一人とコートを羽織った女性が一人後部座席に座り、助手席には帽子を深くかぶった少年が一人座っていた。


 屋敷の前では三人を見送る為に執事と背の低い、暗くてもはっきりと分かる誰も足を踏み入れた事のない雪原の様な白銀の髪を持った少年のように髪を短く切り揃えた少女、二人は三人の乗った自動車を見送るとすぐに屋敷の中に入り、少ししてから主と共にメイドの一団に守られながら夜が明ける前の王都を駆ける。


 後ろから屋敷の前で蠢いていた影が迫る。


 共に駆けるヒポグリフは蠢く影に気付き警戒を始める。


 遠くからは蒸気自動車の音が迫っていた。

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