26話 異常事態

「いらっしゃいませグスタフさん、今日はワインですか?それともビールですか?」

「ビールを、あとギョーザも」

「はい、あ…ギョーザなんですけど注文が重なっていて少し時間が掛かってしまうんですが良いですか?」

「そうか、なら先にビールとメイド風ピクルを頼むよ」

「はい、分かりました」


 ボクは冷蔵庫からメイド風ピクルを取り出して斜めに切って行く、これは日本の居酒屋で定番の一品、胡瓜の一本漬けで作るのに苦労したけどお客さんからは料理を待ってる間に食べる定番の料理として愛されている。


 一番苦労したのは出汁をどうするかという問題だったけど、ふと川魚からも出汁が取れる事を思い出して何とか解決することが出来た。


 きっかけは常連のお客さんが差し入れとして持って来てくれた焼き鮎と言う保存食でこれを見た時、出汁を特集している雑誌で焼き鮎から出汁が取れると書かれていたことを思い出して、挑戦してみたら見事に美味しい出汁が取れた。

 乾燥した茸も手に入ったから合せ出汁を作り、塩・砂糖・赤辛子・辛子を加えて胡瓜を漬け込んだら美味しい一本漬けが完成した。


 ただその時に作った分は女将さんを始めとした酒豪の面々に食べ尽くされてしまい再度、焼き鮎を手に入れるのに苦労した。 


「お待たせしました、ビールとメイド風ピクルです」

「ふむ、今日もよく漬かってビールがすすむのう」


 カウンター席に座るグスタフさんはボクからビールとメイド風ピクルを受け取るとすぐに一切れ食べてビールをゴクゴクと飲んで行く、とギョーザが焼きあがったみたいだ。

 ボクは手早くギョーザの上に皿を被せてフライパンを引っ繰り返す。


 今、手が空いている人は……。


「アデラさん、ギョーザ焼き上がりました!5番テーブルです」

「分かった…あと、9番テーブル…ギョーザ5皿追加……」

「はい、て5皿という事はこの人で仕込んだ分は終わりですね他の人にもギョーザは品切れと伝えてください」

「分かった」


 何だろうな、最近は急にお客さんが増えた。

 今までは飲む事が目的のお客さんが中心だったのに今では家族連れで夕食を食べに来るお客さんが増えて、今みたいにギョーザを纏めて5皿も注文するお客さんまで現れる様になって、7時の段階で仕込んでおいた料理の底が見え始める様になってしまっている。


 本来ならボクはこの時間帯なら眠る準備を始めているけど今は忙し過ぎて、料理が出来る人員が限られている事もあって寝る時間を何時もより遅くしている。


 後ろの焜炉では副女将さんやリーリエさんが絶えず揚げ物を揚げて、そして後ろでは女将さんとお母さんが必死に付け合せの野菜を必切ったりマヨネーズとかを作っている。

 ボクはオーブンとカウンター側の焜炉を担当してさっきから絶え間なく料理を作っては出して注文を受けては作ってを繰り返している、少し前まではお客さんと話したりできたけど今はそんな時間があるなら手を動かさないとすぐに注文が山の様に溜まってしまう。


「メイド風スペアリブ出来ました、1番テーブルです!」

「8番テーブル、照り焼きチキン2つとバターロール2つ入りました」

「分かりました、バターロールはこの注文で品切れです」


 街に一軒しかないパン屋さんに頼んで生パン粉と一緒に作ってもらっている日本でもお馴染みのバターロール、一皿に2つと日替わりサラダにバターを添えて売り出したらメンチカツなどと一緒に頼む定番メニューになった。


 ただ最近は注文する人が急増して、パン屋さんにも無理を言って増産してもらっているけど足りていない。

 でも他のお店からも注文を受けて作っているからこれ以上の無理は言えなくて、今日も早々に売り切れになってしまった。


「お持ち帰り用ギョーザ、番号札8番様出来上がりました!」

「マリア!メンチカツのお持ち帰りは出来そう?」

「無理です!副女将さんが死んでしまいます!」


 お客さんが急増した事からテーブルが足りなくなりお店に入れない人が現れ始め、その人達は他のお店には行かずに何故か並んでまで待っているのだけど、それだと通りを封鎖して通行の邪魔になっていると警邏官から注意を受けてしまった。


 そこで急場しのぎでお持ち帰りの注文を受ける事にしたけど逆効果だった、さらに仕事量が増えて最近では副女将さんは夢の中でも揚げ物を揚げるという悪夢に魘される様になった。


「揚げ物以外ならボクが対応できます!」

「ならメイド風賄ホットサンド30個、お持ち帰りで!」

「……え?30個?え?30個……」


 ボクは一瞬だけ耳を疑ったけどこれは現実だ。


 名前の通り賄で作ったハム・ベーコン・卵・チーズ・マヨネーズという余った材料で作った賄用のホットサンドだ。

 偶然、それを見たお客さんが、食べたいと言い出し最初は断っていたけど最終的に嘆願書まで出されて、女将さんも断り切れずに定番化したホットサンドだ。


 一瞬、血を吐きそうになったけど遣り遂げるしかない。


 ボクはギョーザを三つある火口の内、奥と右側で焼き左でホットサンドを必死に作りながらオーブンを見つつ注文への対応を続ける。


 なんでこんなにお客さんが増えたんだろう、ボクが新しい料理を提案したからと最初は思ったけど、それだとこの異常事態はもっと早い段階で起こっていないと辻褄が合わない、それに新規のお客さんが増えていて今まで他の飲食店で食べていた人もこっちに来る様になったみたいだ、すると他の飲食店で何かあったのかもしれない、でも今は手を動かすだけだ!



♦♦♦♦♦



「……」


 食材が底を付いてから1時間、現在の時刻は9時だけどお店は閉店となった。


 ボクはテーブルに突っ伏している、激闘で体力が底を付いても料理をし続けて今はまさに死に体だ、他の皆も疲れて虫の息で副女将さんに至っては軽く虚無に行っている。


「ふむ、このままではいかんのう」

「……」


 グスタフさんの言葉に誰も反応できなかった、それくらいに皆は疲れている。

 お母さんはボクと同じ様に突っ伏しながらボクの頭をひたすら撫でている。


「グスタフ殿言う通りですな、これは異常です」


 ロドさんもグスタフさんの意見に同意みたいだけど誰も答えられない。


 気を使ってロドさんと一緒に来た、司祭様と一緒に来ていた三人の内の二人、イスラさんとショーンさんが皆に蜂蜜とレモンを混ぜた水を配っている、でも誰も飲む元気はない、ボクも動くだけの気力がない。


 それでも誰か返答しないといけない、ここは一番若いボクが頑張らないと。


「でも、何ででしょう?急に増えましたよね、一月前から」

「今まで他の店に行っていた者もこちらに来ているようですし、調べる必要がりますね」


 女将さんは立ち上がり深い溜息を付いてから言う。


「臨時休業さね、その間に原因を突き止める」

「「「……」」」


 誰も女将さんの言葉に反応できなかった、それくらい疲れている。

 ボクも女将さんの言葉を聞いたら疲れてそのまま倒れる様に眠ってしまった。

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