夏と少年

 八月後半、夏休みももうすぐ終わり、残りの夏休みもいっぱい遊ぶぞ! と意気込む元気いっぱいな少年。

 少年は外に出かけた。太陽が煌々こうこうと地面を照り付けており、アスファルトの放射熱が彼らを焼く。お盆も明けたというのに依然湿度も高く、夏らしくもあるが、生きていくには非常に厳しい環境だ。でも、そんなことは夏休みを謳歌する少年たちには関係ない。夏バテがなんだ、熱中症がなんだ。夏休みをエンジョイしたい衝動はもう誰にも止められない。止められるのは九月一日だけである。

 彼は公園で遊んでいた。ここは川があり、森がある、比較的自然豊かで涼しい場所だ。そこでは木々が時折吹くそよ風で枝を揺らし、心地よい葉擦はずれの歌を響かせている。その一方で蝉がやかましく、涼しげな木々たちの声に対抗するかのように力強く鳴いている。春、秋、冬は静かでおだやかなこの公園も、夏だけは戦場と化す。夏は戦いだ。己自身を力の限りアピールし、存在感を示したほうが勝ち。そして、勝者は夏の代名詞となり、次の夏もその次の夏もその名を轟かせ、再び戦場におもむくことになるのだ。

 木陰には名前も知らないいくつもの雑多な夏草が賑わせており、中には小さく可憐かれんな花を咲かせているものもあった。その様子はまるで学校の行事でガヤガヤとクラスメイトが騒ぎ立てている中、隅で控え目にたたずんでいるかわいい女子生徒のようだった。とりわけ大きくもなく、とびっきり美しいわけでもないが、何故かそれは人の目をく。決して強く自己主張しているわけではないが、ある意味、その花は夏の勝者だ。


 でもそんなことはどうでもよくて、草も木々も彼の目には留まらない。森のざわめきも川のせせらぎも彼の耳には入らない。その道中に沢山の磨かれていない宝石が散りばめられていることにも気づかず、少年は虫取り網と虫かごを装備し、ただ蝉の鳴き声を頼りに森の中を進んでいくのだった。


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