熱帯夜
暑い。すごく、暑い。すでに夜も更け、午後の九時をまわっている。しかし、気温が下がる気配はまったくない。外は完全に闇夜に支配された状態だが、昼の間にたっぷりと光を吸収したアスファルトが熱を放ち、今日も灼熱の夜を演出していた。
私は溶けそうだった。何せ、部屋にクーラーがない。扇風機はあるものの、これだけではパワー不足。この熱帯夜に抗うほどの力はない。
私はベッドに横になり、うちわを仰ぐ。風を送っても風そのものが暑いので、とくに冷却効果はない。うちわで仰ぐのもただの悪あがきにすぎないのだ。しかし、それくらいしかできることがない。この都市化に伴う、人間が作り上げた地獄のような現象から逃れる術は、私にはない。
私は寝そべったまま、横にある机の上を見た。さっき食べかけていたアイスが溶けている。暑さのために冷たいものを食べて身体を冷やそうと思ったのだが、いざアイスを目の前にして急に食欲が失せ、二、三口だけ食べてそのまま放置してしまったのだ。
自分もアイスのように溶けてしまいたいと思った。どうせ解決しない暑さなら、いっそそうしてしまいたい。溶けてしまえば、暑さももう感じないだろう。
私がそう思ったとき、手がぬるぬるしていることに気が付いた。身体にローションでも塗ったような感じだ。次第にそのぬるぬるは胸、腹、腿、足と広がっていった。ぬるぬるした手で顔を触る。顔も、ドロドロだ。
自分の身体が本当に溶けている……そう気づくのに時間はかからなかった。大変だ、なんとかしないと、と思い一瞬焦ったが、少し考えるとこれは自分が望んでいることではないか、と思い直した。それなら、成り行きに任せてこのまま溶けてしまおう……そう思い、何もせずにただじっと溶けるのを待った。
全身はより一層ドロドロと溶け、私の溶けた身体がベッドをじっとりと濡らした。やがて段々身体が小さくなり、液体と化した身体が一面に広がり、その一部がベッドの上に収まりきらず、零れた。既にすべての感覚が消えていた。暑さを感じる余地もなく、かといって寒いわけでもない。快も不快もない状態だ。視界はドロドロしたものの中に沈んでいき、やがて何も見えなくなった。身体を動かすことはすでにできないが、そんな必要もなさそうだ。もう動きたいとも思わない。意識もだんだんと薄れ、いつの間にかなくなった。
溶けた身体は布団の染みとなり、残りは暑い空気の中に混じり合ってどこにも見えなくなった。
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