おまけ話③-4:家族旅行~ノエルの探検編④~

「申し訳ありません、わたくしの物なのです―――!!」

「え……」


 セシルは泡を吹いているラウルの首を絞めたまま、顔を両手で覆って泣き始めた絶世の美女―もとい、ただの一介の腐った奥様―を前に、絶句した。


「わ、私の物って…シャルロッテさんの物ってこと…?」

 セシルは、目の前の美女が、先程の俗物(その手の本)を手にしているイメージを想像することが全くできない。セシルはラウルを突き放すと、シャルロッテに驚愕のままに問い返す。


 すると、シャルロッテは、顔を手で覆ったまま、床に崩れ落ちた。


「本当に、本当に申し訳ありません。それは私の物なのです。…私、私、実は、14の歳にそのような本に出会って以来、夢中になってしまって…。ラウル様の元へ嫁いでくる際に、きっぱりとそう言った本を読むのは止めようと思ったのです。…だけど、どうしても、どうしても、止める事が出来なくて…。街へこっそりと出かけては、買い集めて、この屋敷の自室に隠していたのです…」


「…そういえばロティ、君、この屋敷がお気に入りだってよく一人で出かけていたよね…それってまさか…」

 何かに勘付いた様子のラウルが、はっとシャルロッテを見る。すると、シャルロッテは、ぐすっとしゃくりあげて口を開いた。


「そうです…あなた様が今思ってらっしゃる通り、こっそり読みに来ていたのです。お城でもしも読んでいる所を誰かに見られたら、なんて言われるか分かりませんもの…。だから…ここに隠して、読みに来ていたのです…」


 そこまで言うと、「ですが」とシャルロッテは顔を上げ、ラウルを見た。


「止められないからなどという情けない理由で、王妃としてあるまじき事を私は恥知らずにもしていたのです。その挙句このような情けない事を、あなた様に知られてしまった。私にはもう、王妃である資格も、あなた様の妻である資格もありません…。そもそも、自身の欲という物を自制できない時点で、あなた様の元へ来る資格などなかったのです。…どうか、どうか…」


 シャルロッテは、そのまま床に手をつき、ラウルに向かって頭を下げた。


「もう私とは、別れてくださいませ…」



「……」

 セシルは、こんな状況、一体どうしたらいいのか皆目見当もつかない。だから、セシルは、ラウルが一体どうするのか伺い見た。


「…」

 ラウルは、感情の読めない表情で、無言で居た。


『まさか、ホントに離婚するって言いだすんじゃ…』

 セシルは、不安に背筋が冷えてきた。ラウル達にはまだまだ甘えたい盛りの息子がいるというのに、自分の息子ノエルがシャルロッテの秘密を引っ張り出してきたことで、離婚だなんてことになったら…。



 ラウルは、しばらく黙ってシャルロッテを見ていたが、ふっと小さく息つくとシャルロッテの元へと歩み寄った。そして…


「別に、何が好きで、何が趣味だっていいじゃないか」


 ラウルは、シャルロッテの肩に手を置き、頭を上げさせた。


「人それぞれ、皆、何を好きになるかとか、何をやりたいとか、違って当たり前なんだから。だから、その好きなものが、一般的に眉を顰められるようなものでも、好きだったら好きでいいんじゃないかな?」


「ラウル様…ですが、私は王妃と言う立場でありながら…」


 シャルロッテは、ぎゅっと目をつぶり、首を振ろうとした。だが、ラウルは、シャルロッテの頬を両手で包んでそれを止めると、目を合わせる。


「そんなの関係ないと思うよ。一般市民であろうが、王族であろうが、そして王妃であろうが、そんな身分なんて関係なくて、好きなものは好きでいいんだと思うよ。それに」


 ラウルは、微笑んでシャルロッテを見た。


「他の誰が認めなくたって、この世界中で私だけは、君の好きなものを認めてあげるから。だから、ね?もう泣かないで」

「ラウル様…」


 ラウルは、指でシャルロッテの涙をぬぐう。そして、軽く唇にキスを落とすと、シャルロッテの手を取り、立ち上がらせた。


「今日の夜にでも、君が隠していたこの趣味の事を詳しく教えて?知って、君の事をもっとよく知りたいから。ね?」

「ラウル様…!」


 シャルロッテは感動のあまり、一度は止まった涙を再び流し、ラウルにどっと抱きついた。ラウルはそれを受け止め、ぎゅっと愛おしげに抱きしめる。




「…よかった、一件落着か…」

 セシルはほっと息をつく。

 そして、何となく振り返ると…そこには、長腰掛に座って、仲よく本を読んでいる父子が…。



「…」

 セシルは無言で、そんな二人に近づくと、

「「うぎゃっ」」

 右手でレスター、左手でノエルの頭にげんこつを落とす。


「いたいよぉ、なんで急にげんこつなの、母上?」

「ノエル、お前は勝手に人の部屋に入らない、勝手に人の物をいじらない。これ人生の鉄則。よく覚えとけよ」


「なんで、俺にまでげんこつ…」

「レスター、お前は子供にそんな本を読ませるな。後、何かムカつくから殴った」

「なんで、俺だけそんな適当な理由も付随しているの…?」


 セシルは、不服そうに言うレスターを無視し、もう一度ラウル達を振り返った。

 ラウル達は、幸せそうに両手を取り合い、見つめ合っていた。



―元のさやに納まって何より。…と言いたいところだが、まさかあの美女が、腐女子だったなんて


 セシルは、世の中にはまだまだ、想像もできない事が沢山転がっているんだなあと、興味深く思った。


―これからも、生きていればそう言う面白い事や、珍妙な事に沢山出会うんだろうな…


 生きていれば辛い事も沢山あるが、それと同じぐらい興味深く面白い事に出会えるのだと思うと、それだけでこれから先の人生がとても楽しく思える。



―生きてて、よかったな



 セシルは、ふっと思うと微笑んだ。



―人生捨てたもんじゃない。テス、お前もそう思うだろ?





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この後、ラウルは、シャルロッテと仲良く沼に沈み、腐男子に…なったのでしょうか、ならなかったのでしょうか?ご想像にお任せします…。


まだ、おまけ話編、旅行は家に着くまでが旅行ですので、もうちょっと続きます。次のおまけ舞台はリザントです。

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