21②-③:この世界で、生きて。例え、残酷でも。
「……」
上空から下界を見下ろすと、青白い柱を中心として巨大な渦が巻いていた。その渦はすさまじい勢いで広がり、逃げ惑うジュリエの民達を飲み込んでいく。
「…止めるのは、もう無理だろ…」
セシルは、呆然と下を見ながら言う。どんどんと広がる渦は、ジュリエの民達がテントを張っていた平地をすべて覆い尽くしたかと思うと、今度は山地へと広がり始める。
その圧倒的な力を目の当たりにして、その場にいた者達は何も言う事ができなかった。
『…』
しかし、その光景をただ一人、リアンだけは思案するかのように見つめていた。そして、ちらりとセシルとレスターの横顔を見る。
『…』
そして、もう一度、渦に視線を戻す。渦は、今やナギ山さえも覆っていた。それを見ながら、リアンはぐっと拳を握った。
『…僕が、止める』
リアンは、決意の意志が込められた瞳で、セシルたちを振り返った。
「無理だ…。あんなもの、止められる訳がない」
テスが、諌めるかのようにリアンに言う。しかし、リアンは、首を横に振った。
『止める。…本当に、止めるだけしかできないけど』
リアンは、セシルとレスターを見た。
『セシル、レスターさん。僕があいつを止める。キミたちは、その間にあいつを仕留めて』
「止めるって、そんなこと、できる訳ないだろ」
「それに、仕留めるって、一体どうやって。あんな化け物に、有効な攻撃なんてないと思うけど…」
セシルとレスターは、口々に言う。リアンは寂しそうな目をすると、口を開いた。
『僕があいつの体内に入って、あいつの本体と融合する。そしたら、あいつと精神での戦いが始まる。その間は、あの化け物の動きも止まるだろう。その間に、キミとレスターさん、そしてテスさんは、各々の魔法をありったけ全力で化け物にぶつけて。吸収魔法と無効化魔法の接触の爆発で、あの化け物の肉体ごと本体を破壊するんだ。…ちり一つ残さないように』
「「…!!」」
セシルとレスターは驚愕する。
「そ、それって、お前が死ぬってことだろ?!そんなことできるかよ!」
「そうだよ。それに、君が精神での戦いであいつに勝てば、あの化け物だって止まるだろう?」
2人は、あいつの精神を殺すだけでいいと、リアンを説得する。しかし、リアンは、首を横に振った。
『…出来るならそうしたいよ。…ただ、僕があいつの精神に勝てる保証はない。あいつがあの化け物の肉体を得た上に、僕を支配下に置いたら、本当に世界は滅びることになる。なら、動きを止められるうちに、何もかも終わらせた方がいい』
「……」
『…僕は傲慢だったよ。一度人生を終えておきながら、まだ次の幸せを夢見た。よくよく考えてみれば、僕はもう古い時代の人間だ。…古い時代の人間は、次の新たな世代が幸せになるように、見守ることが役目なんだ。今を、これからを生きるキミたちの幸せを、願うべきなんだよ』
リアンは、空を遠い目で見ながら、言う。そして、ふっと笑うと、テスを振り返った。
『…ただ、テスさん。キミが言ってくれた言葉はとてもうれしかった。僕と一緒にいてくれるって、笑わせてくれるって言葉』
「…リアン」
『今となっては、僕はその言葉を聞くために、きっと二度目の人生を送ることになったんだと思ってる。その言葉を聞けただけで、僕は最期を、こんなにも幸せな気持ちで迎えることができる。…一度目の最期はヒサンなものだったから、この二度目って言うのは、きっと神様が与えてくれたプレゼントなんだろうね』
「…」
リアンは、何も言えずにいるテスに、にこりと微笑んだ。そして、『そういうことで』と軽く言うと、リアンは魔方陣から飛び降り、そのまま一直線に、渦の中央へと飛んでいく。
「リアン!やめろ!」
セシルが叫ぶ。しかし、リアンは振り返ることなく、青い柱の中へと消えていった。
そして、その数秒後、風が凪いだ。渦が消え、砂煙が薄くなり、やがて現れたのは、頭を両手で抱えて身悶える大猿の姿だった。
『キミたち!早く!』
聞こえるはずのない声が聞こえた。セシルがはっと見ると、大猿の胸から青白い光が放たれていた。
その光の中、リアンが、狂気に荒れ狂う王妃を羽交い絞めにしているのが見えた。いいや、見えたというよりは感じられたのだ。
「…リアン」
テスは、ただただそれをじっと見つめていた。
「…俺も傲慢、なのかな…」
テスは、小さくぽつりと呟いた。しかし、その問いに答える者は誰もいない。
『テスさん!早く!』
その声に、はっと顔を上げると、リアンが苦しげな顔をして自分を見つめていた。きっともう、限界なのだ。
「……」
考えるのは後だ。テスはぐっと拳を握ると、未だに踏ん切りがつかずにいるセシルとレスターの肩を叩いた。
「セシル、レスター。やろう」
「…けど」
セシルが戸惑ったように、テスを見る。そんなセシルに、暗い決意の込められた視線を返し、テスは言う。
「あいつの思いを無駄にするな。あいつの最期の望みなんだ、聞いてやれ」
「……」
セシルは、それでもおろおろと目をさまよわせていたが、リアンが『セシル!』と叫んだのに、はっと振り返った。
『僕はキミたちに、この世界で生きていてもらいたいんだ』
リアンは愛しむかのような目を、セシルに向けた。
『今を生きるキミたちに、僕以上の幸せをつかんでもらうために、懸命に生きていてほしい。この世界のホンシツが例え辛い、酷い、苦しいものだったとしても、キミたちだけには幸せになって欲しい。だから、この世界をまだ滅ぼすわけにはいかないんだ』
「…」
『セシル。僕の分までしっかり生きて。…これでやっと中途半端じゃなくって、ちゃんと死ねるよ。僕、死んだあとには何も残らないって思ってたんだけどさ、テスさんのおかげでそうじゃないってわかった。だから、安心して死ねるよ。死んだあともキミたちの事を傍で見守れる』
リアンは、セシルに向かって笑った。寂しげな、しかし満足げな笑顔だった。
『じゃあね、セシル。見えなくなったって、ずっとキミたちの傍で幸せを願っているから』
「…リアン」
セシルはうつむいた。しかし、唇を噛むと、きっと顔を上げて、大猿を見据えた。
「レスター」
セシルは、レスターを振り返る。レスターは、こぶしをきつく握ると、頷いた。
レスターはセシルの隣にくると、その手を握った。テスは、その2人の肩に手を置いた。
3人は詠唱を始める。セシルは吸収魔法の、レスターは無効化魔法の、テスは吸収魔法と共に彼ら2人に魔力を分け与える詠唱を。
セシルとレスターは、空いた手を上空にかざした。その手の上に、青白い光と、金色の光の玉が出現する。その球体は上空に舞い上がると、膨張を始めた。しかし、ある程度の大きさに膨れると、成長を止める。
「テス!」
「ああ!!」
セシルの呼びかけに、テスは周囲から吸収した魔力を、2人に与えた。すると、2つの光の球体は、再び成長を始める。
「これで、終わりだ!」
テスは叫ぶ。それを合図に、2人も叫ぶ。
「「…発動!」」
2人は手を振った。2つの球体が、大猿めがけて猛スピードで落ちる。
2つの光の玉は、大猿にぶつかると1つの半球となり、大猿を包み込んだ。だが、青白い光と金色の光は水と油のように反発しあい、マーブル模様を描きながら、不穏なばちばちという音を立てている。
しかし、少しすると、2色の光はすっと溶けあい、白い光となった。そして、輝きを増した次の瞬間、
―どおおおおおん!!
光の半球が急速な勢いで膨張し、白い閃光を放ち爆発した。
「…っ!!」
テスが咄嗟に氷の結界を張る。しかし、襲い掛かる光の波と轟音の衝撃で、重力魔法の魔法陣が大きく揺らぐ。
辺りが白い光で包まれる。眩しさを増すその光に、テスはすぐ傍にいるはずのセシルすら見えず、自身がどこに立っているのかすら分からなくなる。
しかし、そんな中、その場にいた者達は、はっきりと少女―リアンの姿を見た。
―ありがと
リアンがにこりと笑った後、更に眩しい光の波がその後ろから押し寄せ、何もかも見えなくなる。
そして、テスは何も分からなくなった。
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