21-⑥:愛しき人よ、安らかに眠れ。

「あの馬鹿、何してやがんだ!?」

 セシルは、慌ててカイゼルの所へと向かおうとした。しかし、それを慌ててレスターが止める。

「やめろ、今行ったら危険だ!」

「だけど!」


「……」

―やはり、割り切れなかったか


 テスは、カイゼルを見下しながら、思う。


 カイゼルが想い人アメリアの姿をした敵を相手に、戸惑いなく戦えるかどうかという事は、テスも当初から懸念していたことであった。

 作戦を考えている時、テスはカイゼル本人に問うたこともあるのだが、カイゼルは「外見だけアメリーの敵に、惑わされなんてしない」と軽く笑い飛ばしていた。だが、テスは念のため、他の者達にこっそりと相談をし、カイゼルを器と直接対峙させない方法の作戦ばかり立てていたのだが。


「自分から会いに行くとは…」

 吹雪く音に混じって、遠く近くで破壊音が聞こえ始める。そして、人間の悲鳴も。どうやら、アメリア達が、リザントの町を破壊し始めたらしい。




「アメリー、俺だ。カイゼルだ」

「…キミ、何言ってるの?バカなの?それともぼけてるの?こいつはアメリアじゃないって分かってるでしょ?」

 王妃は、カイゼルに呆れながら言った。しかし、カイゼルは、神妙な面持ちで、王妃の入っていない方のアメリアを見つめていた。


「アメリー、こんな寒いところに居たら、風邪を引くぜ。さっさと帰ろう」

 カイゼルは、いつものようにアメリアに笑いかけると、手を差し出した。しかし、アメリアは、そんなカイゼルを無表情で、ぼんやりと見つめたまま、何も言わない。


「なに、キミ、ホントにぼけちゃったの?まあ当然か。愛しい愛しい女の子が、キモイ男に寝取られた挙句、殺されちゃったんだから。ショックでショックで頭おかしくなっちゃうよねえ?しかも、その女の子と、こうして敵として対峙しなくちゃいけないんだもの。しかもいっぱい増えてるから、ぼけちゃって当然だよねえ」

 しかし、王妃のその言葉にカイゼルは何も答えず、アメリアに向かって言葉を続ける。


「…アメリー、覚えてるか?オレが、お前の仲間になった時の事…。俺、あの時はとても精神的にまいっててなあ、お前にはとても苦労をかけたよ。ほんとに、ごめんな」


 カイゼルは、思い出す。マンジュリカに拾われ、先にマンジュリカに拾われていたアメリアの仲間となった時の事を。


 父親が、自分の目の前で母親や、兄や姉たちを惨殺する夢で、毎日のようにうなされていたカイゼル。マンジュリカの仲間となって初めての夜も、同じ夢を見た。そして、カイゼルが汗だくになって気が付けば、アメリアはそんなカイゼルの手を握って、顔の汗を拭いていたのだ。

 そして、「大丈夫なん?」と優しく聞いてきたアメリア。カイゼルは、家族を失って以来、長らく触れてこなかった人間の優しさに、我知らず涙を流していた。そして、それまで誰にも話したことのない、辛い過去と思いを、涙と共に吐き出すかのようにアメリアに語った。

 父親が、家族を殺して無理心中を図ったことを。そして、自身だけが生き残り、一時は親戚の家に引き取られたものの、新たな家族からのいじめと、近所の人々の噂に耐え切れずに家を飛び出し、浮浪生活を送っていたことを。


 アメリアはただただ黙って、話を聞いてくれていた。そして、思いをすべて吐き終えた自身を抱きしめ、アメリアは自身が再び眠るまで、背を何度も優しくなでてくれた。


 その日以来、カイゼルにとって、アメリアは世界で一番大事な者となった。彼女は、やり場のない自身の辛い気持ちをただただ受け止め、優しくしてくれた、初めての人だったからだ。



―だけど


 カイゼルの呼びかけに、アメリアは全く反応しない。虚ろな目に、カイゼルの姿をただただ映しているだけ。

 それで、カイゼルは理解する。やはり、目の前にいるアメリアは、ただの肉体のコピーという事を。そして、本人の魂は、既にどこか遠くへと旅立ってしまった後だという事を―


―これが現実なんだな

 最初から、分かっていた。だけど、カイゼルは、アメリアの肉体を前にして、確かめずにはいられなかったのだ。



「もう、いいかげんうざいんだけど」

 王妃は、片眉をしかめてカイゼルを見た。

「キミのアメリアへの想いは、ジューブン分かったからさ、それに報いてあげるよ」

 王妃は片手をあげて、振った。それを合図に、アメリアがカイゼルに向かう。

「お礼に、愛しいアメリアにキミを殺させてあげる」



 カイゼルは、飛びかかってくるアメリアを見上げ、小さくつぶやく。

「…アメリーの体を弄びやがって」

 もう、甘い考えは捨てよう。もう、俺が死した者アメリアにしてあげられることは、1つしかないのだから。


―アメリアに、安らかな眠りを与えること


「発動」

 カイゼルは静かに、口を開いた。



 次の瞬間、白い光と暴風がカイゼルの足元を起点に、放たれた。


「…っ?!」

 その光と風を浴びたアメリアの体は、カイゼルの目の前で消し炭のようになって消えた。

「何を…?!!」

 訳が分からず叫んだ王妃の肉体も、言葉を言い終わらないうちに灰となり、消えていく。


 そして、ほぼ一瞬の間に白い光が、リザントを覆い尽くした。町を破壊しつつあったアメリア達も、一瞬にして消し去られていった。




「あのバカ野郎!なに最終兵器をあっさり使ってやがんだ?!もしまだ王妃が、何か秘策を隠してやがったらどうすんだ!」

 光が収まった後、セシルは焦って下を見た。下には、カイゼルと、再び本体だけになった王妃が、吹き飛ばされて雪のなくなった道の上に落ちていた。


 最終兵器、それは神の瞳プラス神の涙指定の、特大の時間経過兼吸収魔法を発動する装置だった。もちろん、セシルは除外指定してある。ホリアンサでカイゼルとテスが使用した魔法に近いものであるが、相手に逃げる隙を与えないよう、あらかじめ魔術式を刻んだ魔晶石をリザント中の地面に埋め込み、術が即時に広範囲に展開されるようにしたものであった。

 この最終兵器さえあれば爆弾がこようが、アメリア軍団が来ようが、一瞬にして何もかも消し去ることのできる代物だった。ただし、威力が強すぎるために、埋め込んだ魔晶石が一発で破壊されてしまうため、一回きりしか使えない。だから、最後の最後まで取っておくはずの切り札だったのに。


「カイゼルー、バカ野郎!お前…」

 セシルは、下に向かって叫ぼうとした。しかし、テスは、セシルの肩に手を置く。

「セシル、カイゼルの気持ちを慮ってやれ…」

「……」

 はっとしたセシルは、一息つくと、俯いたままのカイゼルをやりきれない目で見た。だが、テスと反対側のセシルの肩に、ノルンが手を置いた。


「申し訳ないですが、それよりも今はチャンスです。さっさと本体を倒さないと。リアン、準備は良いですか?」

『うん』

 リアンが、真剣な顔で頷いたのを見ると、ノルンは魔方陣を展開させた。

 そして、一瞬後には、一同は道の上に立っていた。



「カイゼル!」

 下に降りるなり、セシルはカイゼルの元へと向かおうとした。だが、そんなセシルの肩を、テスはつかんで止める。

「馬鹿、そっとしておいてやれ」

「あっ…」

 うっかり声をかけてしまったセシルは、口に手をやった。そんなセシルを、カイゼルは振り返る。カイゼルは、笑みを顔に浮かべていた。


「そこまで心配してもらわなくても大丈夫だよ。もう落ち着いた」

 そう言いつつも、カイゼルは無理に笑っているようだった。


「さあ、後は任せたぜ」

 カイゼルは傍にいたリアンの肩を叩くと、セシルとテスの元へと来る。


「アメリーは、これで安らかに眠れるよ。これほど、嬉しいことなんてないぜ」

 カイゼルは、にこっと笑った。いいや、にこっと笑おうとしたのだが、堪えきれずに、くしゃりと顔をゆがめた。


「あ、はは…。やっぱ駄目だ…涙ってやつは勝手に出てきやがる。嬉しいのに、これほど嬉しいことなんてないはずなのに…ああ、きっと嬉し涙なんだろうな…」

 カイゼルは、目からぼろぼろと零れ落ちはじめた涙を、両手で拭った。そして、それでも無理に笑おうとし続けている。


「これでアメリーは、ちゃんと心置きなく、天国に行けるんだ。なのに、なんでこんなに涙が出て来るんだ…?」

「……」


「ああ、そっか。俺、生きているうちに、アメリーに何もしてやれてねえからだ…。いつも楽しい思いにさせてくれて、元気づけてくれたのに、俺はアメリーに何も返せてねえ…。プロポーズして結婚したら、いっぱい、いっぱい幸せにしてやるつもりだったのに…。俺、もうあいつに何もしてやれねえ…」

「……」


 どう慰めたものかとおろおろとするセシルの隣で、テスは黙ってカイゼルの事を見ていた。だがやがて、テスはふうと一息つくと、カイゼルの前に進み出て、その肩に手をやった。


「何も返せていないという事は、ないと思う。それと、何もしてやれていないという事も、ないと思う。…俺はアメリアと直接話したことはないから断言はできないが、お前の存在だけでアメリアも救われている部分はあったと思う。アメリアだって、お前と同様、辛い幼少期を過ごしてきたんだろう?アメリアの辛さの一番の理解者であるお前が、ずっと傍に居て、毎日を過ごせたという事だけで、アメリアの人生は幸せなものだったと思う」

「テス…」


「それに、今世ではもう会えなくとも、ずっと想い続けていれば来世で会えるさ。忘れてしまっても、魂では覚えてる。いつかきっと、セシルとレスターのように、出会うだろうよ。お前が何も返せてないと思うんなら、その時に返してやればいいんだ」

「……テス」


 カイゼルは、涙で濡れた目を袖で拭うと、「そうだよな」と顔を上げた。


「…今度こそ、アメリーに絶対に言うんだ。ずっと好きだったって。ずっと大切だったって。忘れても、魂で絶対に覚えておいてやる」

 カイゼルは、ぐっと拳を握ると、言った。

「そして言うんだ、俺と結婚してくれって」

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