18-⑧:地獄の奥底でパーティ
「セシル!そっちにまた一匹増えた!」
レスターは金の鎖で化け物を拘束すると、魔法を発動させた。体中の魔力が消滅させられて、化け物は絶叫しながらのたうち、やがて消し炭のようになって崩れていった。
「わかってる!お前こそ、そっち二匹増えてるぞ!」
セシルは、レスターの指摘した化け物を、氷砕しながら叫ぶ。
「皆さん、こちらです!」
合流したセシルとレスターが、どんどんと増えていく化け物を消していく傍ら、アンリは無事な患者の避難に努めていた。しかし、
「うわあああ!」
看護師の一人が悲鳴を上げる。まさしく今、介助していた患者が苦しみだしたかと思うと、服を破りながらみちみちと巨大化し、化け物へと姿を変えたところだった。
「危ない!」
アンリは腰を抜かしたその看護師の首根っこをつかむと、あわててその場から引きずり逃げた。それとほぼ同時に、化け物は金色の槍で打たれ、消し炭のようになると崩れていった。
「…?」
アンリが安堵の息をつきかけた時、急に看護師が重くなった。と思った時には、看護師はぎょろりと赤い目をアンリに向けた。そして、きばを剥いた。
「…は?」
状況をすぐに理解できないアンリの腕に、看護師はがぶりと噛みついた。
「うがっ…!?」
アンリに噛みつきつつ、顔はそのままに体だけが巨大化していく看護師。看護師は巨大化した手をアンリに伸ばした。
「ひいいい!」
―ばしゅん!
「…?」
いつまでたっても来ない化け物の手に、アンリが思わずつむった目を恐る恐る開けた時、いつの間にかアンリは先程の場所から少し離れた所にいた。腕は痛いが、もう化け物は噛みついてはいない。
「あれ…?」
「顔だけが元のままという化け物も、なかなかにえぐいものですね」
「小顔すぎるのも考え物だな、こりゃ」
その声に振り返ると、アンリの後ろに隻腕の男と、茶色い髪の男が立っていた。
「ノルンさん、ロイさん…」
「大丈夫ですか?と今は言ってあげますが、あなたがもし化け物になったら、迷わず殺しますから、そこのところお忘れなく」
「……」
アンリは、殺意の籠る冷たい視線で睨まれ、恐怖にこくこくと頭を首振り人形のように縦に振った。
レスターから話を聞いて、レスターと同じくアンリを警戒しているノルン。
一方、アンリは、ノルンに何故敵視されているのかも分からず、ただただノルンが怖いと思っていた。そして、アンリは思う。絶対に自分は化け物になりたくないと。この怖い人に殺されたくないから、意地でもならない。
「ノルン、そこまで脅さなくても。ほら、アンリだっけ、早く立って逃げな」
「はい…」
ノルンへの恐怖に慄くアンリを立たせると、ロイはアンリを襲った化け物に炎を放った。焼えてもだえる化け物に、ノルンは剣を振る。緑の斬撃が化け物に放たれ、化け物の体を刻んだ。だが、切り刻まれた化け物のその前で、次の患者が化け物へと成長を始める。
「こんなのきりがない…」
レスターはそれを見て呆然とつぶやく。それにレスターは、先程までは無事な者達を救うためと心の中で言い訳しながら化け物を退治していたが、もう心が痛くなるのを無視できなくなっていた。
化け物とはいえ、元は人間なのだ。何の罪もない、望まず異形になってしまった人間を殺しているのだ。そして、そんな化け物を殺して無事な者達を救ったところで、その者達も化け物になってしまって殺さねばならない羽目になっている。
自身の行いが果たして善か悪かの問題を通り越して、一体自分は何をやっているのか、レスターは訳が分からなくなってきていた。
そんなレスターの横で、セシルは無心で、氷の剣を幾度も振っていた。光の消えた暗い眼で、逃げる患者の波と、その波の中から生まれいずる化け物を見ながら。
全く知らない者、良く知った者や、顔しか知らない者達の区別なく、皆一様に人型の化け物になっていく。そして、それを自身が殺していく。
「……」
しかし、やがて抑えても抑えきれないくらいに膨らんだ感情が、ぽつりと言葉をこぼす。
「オレ、結局、何やってたんだろ」
「……」
その言葉に、レスターは何も返せない。
「せっかく助けても、結局前と同じだ…。助けても結局また死んで…いいや、前とは違う。オレが殺しているんだ。自分が助けた患者を、今度は自分が殺しているんだ。…使えなくなった兵士を処分するんじゃなくて、元気にしてやった奴らを、今度は自分が」
「……」
レスターは何も言えなかった。だから、レスターは、意を決したように顔を上げた。
これ以上、彼女を傷つけられない。この場にいる患者たちには悪いが、ここは一時撤退―安全な所へ転送して逃げよう。きっと正義感の強い彼女はごねるだろうから、無理やりにでも。
そう決意したレスターがノルンを振り返った時、しかしレスターはそのノルンの肩越しに見えたものに絶句した。
「…あれは…」
「…?」
レスターが、何やら呆然とノルンの肩越しを見ている。セシルがつられてそちらを見ると、遠くの方に黒い影がいくつも見えた。
その方角をもう少し行った所には、他の救護所があったはずだ。セシルはもしや、救い―救援が来たのかと、わずかながらの期待を胸によく見ようとして、
「……」
終わったと思った。その黒い影は皆、異形の化け物と成り果てた人間達だった。それが群れを為してこちらへと向かってきていた。
手に餌―人間を持ちながら、或いは齧りながら、新たな餌の匂いのする場所へと向かって来ていたのだ。きっと、彼らは、その救護所にいた者達のなれの果て―
セシルは氷の剣を落とすと、膝をついた。
「…あは…あはは、あはははは」
セシルは笑いをこぼす。その笑い声は、やがて狂ったかのように壊れていく。
「セシル?セシル!しっかりしろ!気を確かに持つんだ」
レスターはセシルの両肩をつかむと、揺さぶる。しかし、そんなレスターの顔を、セシルは心底面白そうに見た。
「はあ?こんな状況で気なんか確かに持てるかよ。持てるほうがおかしいっての。ははは、面白すぎるぜ、最高だぜ。地獄だ、地獄の奥底でパーティしてるみたいなもんだ。あははは…」
セシルはけたけたと笑った。
「オレの人生も、地獄の底でレッツパーリィしてるみたいなもんだったぜ!はは、父親に捨てられて、母親に男に売られた挙句、変なババアに何も知らず付き従って。大量虐殺するどころか、母親を殺して、父親にもドン引きされて。それでも、やっと幸せになれるかと思ったら、友達がおかしくなっちまって、オレの赤ちゃんまであの世へ連れてかれちまったぜ!」
「……」
「しかも、前世もまたろくでもない人生だったって知って、笑うしかねえよ。医者をやってるのに、人殺して、助けた患者も戦争で殺されて。親も親友も恋人も何もかも、情けないことに何もできずに指くわえて、目の前でみんな失ってやんの!笑えるぅ!」
セシルは腹の底から笑った。笑えないはずのその事に、何故かおかしすぎるほど笑えた。
「ははははは、はははははは…ははは…」
しかし、誰の同意も得られないその笑いは、次第に小さくなっていく。そして、次第にその声は涙まじりとなる。やがて嗚咽となった笑いは、その場にいた絶望に立ち向かう者達の、心の虚しさと痛みを誘うものとなった。
―誰か、誰か助けて
セシルは思う。だけど、すぐにやめた。
前もこうやって、心の中で何度も叫んでいた。居るはずもない神様に―いいや、実際には居たのだが、何もできない無力な神様に向かって、叫んでいたのだ。
だから、セシルは知りたくなくても、よく知っていた。今回も救いなんて来ないことを―
「救いなら、ある」
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