16-⑤:出会い
「こんなに雪が積もるなんて」
朝から降り始めた雪は、昼すぎには吹雪になり、交通がすべて麻痺するぐらいへと強まっていた。そして、今や足が膝上まで埋まるぐらいに雪が積もっていた。
「はあ…」
昼までには帰ろうとは思っていたが、せっかく来たんだしこのぐらいの雪なら大丈夫だろうと、ずるずると遊んでいるうちにこの様だ。テスは自分の浅慮さを恨んだ。魔法で空を飛べば良いのだが、何故だかテスは今や並程度の魔法しか使えなかった。そのため、空を長距離飛ぶことはもちろん、原子魔法など使う事すらできない。
そもそも使えたところで、こんな寒い吹雪の中を飛ぶのは狂気の沙汰だ。飛んでいるうちに凍死する。歩いて帰れる距離ではないこともないのだが、たぶんこの雪では普段よりかなり時間がかかるだろうし、へたすれば凍死する。
「今日は適当な宿に泊まるか…」
明日は休みだし問題がないだろう。もし急患が出ても、先輩看護師達がいるし。
テスは早めの夕食を飯屋で取ると、宿を探して雪の中を歩き始める。まだ明るい時間のはずなのに黄昏時のように辺りは真っ暗だった。びゅううううっと、顔面に雪と共に凍えるような風が叩きつける。前が見えない勢いのそれに、テスは上着のフードを両手で押さえながら、身をかがめて歩いていた。
「…?」
もうすぐ宿屋街というところで、ふと足の下に何か変なものを踏んだ。
「…」
はっと下を見れば、男らしき人間が倒れていた。倒れてから時間が多少立っているのか表面に雪をかぶっていたのと、風が強くろくにあたりを見ていなかったので、気づかなかった。
「……凍死者が出たのか」
テスは、はあと一息つくと、それを無視してさっさと宿に向かおうと
「…!?」
した時、足をつかまれた。ぎょっとして振り返ると、男が涙と鼻水で雪をくっつけたぐしゃぐしゃの顔を上げ、呂律のまわっていない意味不明な言葉を言った。どうやら生きていたらしい。酒臭さが風に乗ってテスの元に流れてくる。
「すまないが、酔っ払いにかまっている暇などない。他を当たれ」
「ひぐう…君も僕を裏切るんだろ…?どうせ僕なんか僕なんか…うああああん!!」
「……」
何の事だかさっぱりわからないが、この泣き上戸は女にでも裏切られたのだろう。なにせ昼間から酒を飲むなど、普通の神経ならあり得ないからだ。
酔っ払いに絡むとろくなことにならないというのは、世界は変われど同じ真理のはずだ。だから、テスは自身の足から魔法で、男の手に電気を通してやる。
「うぎゃっ!」
あっさりと離してくれたので、テスは男を置いてさっさと歩き始めた。こちらはただでさえ寒いのだから、さっさと建物の中に入りたいのだ。赤の他人の傷心に、構っている暇などない。
「僕なんか、僕なんか死んじゃえばいいんだ…」
男は、ぐすっ、ひくっとしゃくりあげて突っ伏した。じゃあどうぞそのまま寝てください、一晩もしないうちにあの世から迎えが来るだろうから、とテスは知らん顔をする。そして、寝床さえあればどこでもいいやと、一番近そうな明かりを確認した時、
「一人ぼっちでいいんだ、…僕なんか…」
「…」
男がぽつりとつぶやいた言葉に、テスはぴたりと足を止めた。
―一人ぼっち
テスは前に死んだ時の心地を思い出す。何もかも失って、一人荒れ地で、辺りに物言わぬ人間達が転がる中で死んでいった。あの時の虚しく寂しい心地は、こんな凍える寒さよりも冷たく、刺すように辛いものだった。
「…至極面倒くさいが、気が向いたから助けてやるよ…」
らしくもない、と思いながらテスは男を振り返った。
そして、落ちていた男の荷物―やたらと思い肩掛け鞄を拾い上げると、男の腕を自分の肩に回したのだった。
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