22.やっぱり、いやだ

 エスパーダを操り、宇宙船から宇宙船にレランパゴを運ぶソラ、舞子、ケン・ト。

 光り輝くエネルギーの塊。当初自分たちが破壊しようとしていたモノ。

 今はそれを使って、自分たちの星を救おうとしている。

 トモ・エを犠牲にして。


 ソラ達の船のエネルギー保管庫にレランパゴを置く。

 エネルギー保管庫は全体がエネルギーコーティングで覆われているらしい。

 いったん宇宙に出て、ソラ達はエスパーダのエネルギーコーティングを解いた。


 トモ・エからの通信が届く。


『ソラさん、舞子さん、ケン・ト、ありがとうございます。これで地球を助けられるかもしれません。もっとも、ヤツラの中央まで私が進めるかどうかは分かりませんが』


 そう。この作戦には幾つもの欠点がある。

 第一に、宇宙船には武器がない。武器無しでヒガンテの群れの中央に行くというのが、まず無茶だ。

 疑似ワープ航法は障害物だらけの場所では使えない。

 群れのそばまでワープすることはできても、群れの中央にワープすることは難しいのだ。


(やつらが、アンドロイドを襲わないっていうケン・トさんの想像が正しいかどうか、か)


 正直心許ない根拠に基づく推理――いや、妄想に近い。


『ケン・ト、上手くいったら2人を地球に送り届けてください。失敗したら――それでも、2人のことをよろしくお願いします』


 作戦が成功しようとしまいと、トモ・エはこの世からいなくなる。宇宙船もなくなる。

 だから、トモ・エはソラ達のことをケン・トに託した。


『ああ』


 ケン・トが短く答える。


『ありがとうございます。本艦はあと……地球時間で30分後、太陽系に向けて疑似ワープを開始します。3人は安全な場所から成り行きを記録してください』


 今回の作戦目標の一つに、ヒガンテを撮影・記録するというものがある。

 イスラ星を襲われたときは撮影できなかった。いや、撮影はしていたが記憶媒介も破壊されてしまった。

 長らくヒガンテはイスラ星人の生き残りだけが語る存在となってしまった。それゆえに、宇宙海獣というただでさえ信じがたい存在についての信憑性がなくなってしまったのだ。


 今回はケン・トが撮影し、他の知的生命体に映像を提供することになっている。

 それでどうなるかは分からないが、無抵抗に襲われる星を少しでも減らしたいという思いからだ。


 舞子が泣きそうな声で言う。


『これしか、ないんだよね……』

『はい。ヒガンテの殲滅はイスラ星人の悲願です。私は彼らの意志を継ぎます』


 でも。

 そんなことを言っても。


 トモ・エだって作られたのはイスラ星が滅んでからずっと経ってからだ。

 ソラもイスラ星人の生き残りがどう暮らしてきたか知っている。

 彼らはすでに世代交代をしていて、トモ・エが作られたときにはヒガンテに襲われたイスラ星人はもはやいなかったのだ。


 舞子が言う。


『トモ・エが、そこまでしなくちゃいけない理由って何よ。他の星に連絡して、戦力を整えることだってできるんでしょう? イスラ星人の思いを継ぐっていうなら、その方がいいじゃない』


 その通り。せんだってのヒガンテとソラやケン・トとの戦闘の記録はある。

 他の知的生命体達にその映像を見せれば、軍隊が動き、あるいはトモ・エが自爆などしなくてもヒガンテを倒せるかもしれない。


 だが。


『それでは、地球を見捨てることになります』

『そうだけど。でもっ』


 舞子だって分かっているはずだ。

 他に方法がないってことくらい。

 それでも、納得できるかは別問題なのだ。


『じゃあ、私も一緒に行くわ。私の空間認識能力は役に立つはずよ』


 だが、トモ・エは拒否する。


『舞子さんが一緒だと、私は船を自爆させられません。アンドロイドはいかなる状況下でも人を殺す決定はできないのです。

 ……それに、舞子さんは死んではいけません。もちろんソラさんも。仮に私が失敗したら、今度はあなた達2人が地球人の生き残りとなって、子孫を作らなければなりませんから』

『子孫って、私とソラはそんなのじゃ……って、そういうことじゃなくてっ』


 これで正しい。

 正しいはずだ。


 ソラはトモ・エのことが好きだ。一緒に旅をしてきて、色々なことを教えてもらって、両親が死んでから初めて、トモ・エと舞子との旅の中で自分の居場所を見つけたと思った。その空間をくれたのはトモ・エだ。


 でも。

 それでも。


 地球は救わなくちゃいけない。


(なぜ?)


 皆を助けなくちゃ。


(トモ・エを犠牲にして?)


 地球の皆を。


(僕を虐めたいとこや叔母さんやクラスメート達を?)


 分かっている。

 正しいんだ。

 トモ・エにまかせるのが、正しいんだ。


「舞子、もうよそう。これ以上言ってもトモ・エを苦しめるだけだ」

『ソラ、あんたっ』

「舞子のお父さんとお母さんを助けなくちゃいけない。地球の皆を助けなくちゃいけない。そのためには、こうするしかないんだ」

『トモ・エを犠牲にして!?』


 よせよ、舞子。もう、よせよっ!!


「そうだよっ!! だって他にどうしょうもないじゃないか。それとも、舞子は地球がイスラ星みたいになってもいいっていうの!?」

『それはっ』


 言い合うソラと舞子。

 そこに、トモ・エから通信が入る。


『お2人とも、ありがとうございます。お2人と一緒に旅をしたこの数ヶ月は楽しかったです』


……)


 旅の途中、トモ・エは何度か言っていた。

 自分はアンドロイドだから感情というものが理解できないと。


 だけど。


(だったら、なんでなんて言えるんだよ?)


「トモ・エ、僕は……」

『分かっています。ソラさんも辛い気持ちで、私を送り出そうとしていること』


 トモ・エのその言葉に、ソラは確信する。


(ああ、そうだ。やっぱりだ)


『2人の気持ちはとても嬉しいです。ですが、私はアンドロイド。感情のないロボットに過ぎません。2人が気に病む必要はないのです』


 嘘だ。


 感情がないわけないじゃないか。

 今も自分でって言ったじゃないか。


 気がつくと、ソラは小さく声に出していた。


「いやだ」

『え?』


 ソラの声に、トモ・エと舞子が訝しむ。


「やっぱり、いやだ。いやだよ。トモ・エを犠牲にしてそれでハッピーエンドなんてありえない」


 そうだ。やっぱりこんなのおかしい。

 


『ソラさん、ですが他に方法が……』

「方法が見つからないなら考えようよ」

『いえ、ですが……』

「トモ・エが犠牲になることなんてない。もちろん地球も助ける。そういう方法を考えようよ」


 現実の見えていないお子様の意見と思われるかもしれない。

 それでも。

 このままトモ・エを行かせたら、僕は自分を一生許せない。


 そんなソラ達の会話に、割って入った者がいた。


『一応、他の方法ならあるんじゃねーの?』


 その声は、ケン・トのものだった。

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