第166話 平穏(3)

「真尋さん・・そろそろ取材の時間ですよ。」


くら~く声をかけた。


「え~? もう?」


「早くしないと。 道が混んでるといけませんから・・」


「あ~あ。 めんどくさ。 んじゃ、行って来る。」


真尋は絵梨沙の膝枕から起き上がって、彼女にキスをした。



これもね・・。


この二人


ほんっと欧米人化してるっていうか。



海外から帰ってくるときは必ず絵梨沙が空港まで迎えに来て、二人は抱きあって人目も憚らずキスをする。


公演が終わったあとも同じで。


人前だろうが


なんだろうが。


唇にキス、は日常だった。


いってきますの


キスなんて


もう見慣れてるけど。



ほんっと


今回はゲンナリするって。




こっちは


美咲と離れて10日間も過ごすってゆーのに。


ここんとこ


真尋さんの仕上げのせいで


夜、家で寝たのも


1週間に1度くらいで。


ほんと


一緒に住むようになっても


今までとおんなじだし。


はああああ。


やってらんね~~。




公演の行われる劇場で取材が行われ、一段落したところで


「マサ!」


声をかけられ振り向いた。


「・・先生、」


真尋は驚いてその人を見た。


「先生?」


八神は不思議そうな顔をした。


背が高くて、どう見ても


ガイジンなのに。


「調子は、どう?」


流暢な日本語で。


「まあまあかなあ~。 やってみないとわかんないよ。 I don't understand that I don't try it!」


真尋も日本語と英語交じりで会話をする。



すっごく


ダンディで。



真尋さんの先生って・・


「ああ、八神。 フェルナンド先生。 おれの大学の時のレッスンの先生だったの。 絵梨沙のパパ、」


と紹介され、



あっと思った。



前に聞いた事がある。


絵梨沙さんのお父さんはアメリカ人とオーストリア人のハーフのピアニストで。


日本人の彼女のお母さんと


彼女が10歳くらいの時に離婚して、それからはずっと日本で暮らしていたらしいけど。


真尋さんたちの出た音楽院の先生で、今はNY在住。



志藤さんの話によると


この先生のおかげで


真尋さんは、あの学校に入れたんだ、って。


そのころは


ドイツ語も英語も


話せなかった真尋さんが


試験を受けて、実技だけで受かったって


伝説があるって。



そして


二人が結ばれるきっかけになった人であることも。




「は、初めまして! ホクトエンターテイメントのクラシック事業部の八神と申します!」


慌てて挨拶をした。


「あ、えっと・・名刺・・」


と探す八神に、


「名刺なんかいいって。 ほら、ガイジンに名刺なんか通用しないし、」


真尋は笑った。


「はじめまして。 マーク・フェルナンドです。 公演を楽しみにしてきました。」



そこらへんの


日本人よりも


日本語が上手いんじゃないかと思うくらい。


腰も低くて


それでいて高貴な感じがして。


紳士で。



八神はボーっとしてしまった。


「絵梨沙も待ってるから。 一緒にメシ食いましょう、」


真尋は彼に言った。


「ああ、」


フェルナンドは嬉しそうに微笑む。


「あ・・おれ、やっぱホテル取りますから。 どうぞごゆっくり、」


八神は遠慮をして言った。


「え~? 八神の料理を食うってことだよ? 何言ってんの、」


真尋に当然のように言われてしまった。


「はあ?」


「先生、八神の料理はね、一流シェフよりもおれの口に合うんですよ~。 今日は何を作ってもらおうかなあ、」


「そうかあ。 私も楽しみだな、」



か、


勝手に


シェフにすんなっつーの!


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