第138話 現実問題(2)

「ね~。 やっぱ、引越しとかもしないとだよね。」


美咲は八神の部屋を見回して言う。


「は? 引越し?」


きょとんとして言う彼に、


「ちょっとぉ。 ここで二人暮らすの? ジョーダンじゃないよ~。 めっちゃ狭いし・・」


美咲は八神の袖口を引っ張った。



「・・引越しかァ。」


八神はものすごくものすごく面倒な気持ちになった。


「引越しってエネルギーも金も消耗するんだよな・・」


「何言ってるの、」


「美咲のとことかじゃだめ?」


「あそこだってねえ、カンペキ一人暮らし用じゃない。 あたしたち二人だけならまだしも。 子供ができたらどーすんの?」



子供・・


八神は宙を見てそれを想像しようとしたが、


「なんか想像つかない・・」


情けない声を出した。


「友達が言ってたけど、赤ちゃんなんてちびっちゃいんだから、部屋なんかせまくてもいいじゃんって思うけど。一人増えると、すっごく部屋が狭くなったような気がするんだって。 だからさあ、思い切って引越ししようよ。 場所は今のこの辺が便利だから、近所でもいいんだけど。」



やっぱ


一緒に暮らすんだよなァ。


そうだよな。


結婚すんだから。



八神は美咲が湯水のようにシャワーや電気を使ったりすることを思い出した。


ま、でも。


しゃあないかあ。


しかし。


引越しとなると


引越し代プラス、敷金礼金はどうする。


とか。


けっこう面倒なこともあるし。


いちおう


貯金をしようと努力はしたが。


まだまだそれをまかなえるほど貯まってないし。




「またお金のこと考えてるね?」


美咲は先回りして八神の顔を覗き込んだ。


「とりあえず、金だろう・・」


「ね、マンション買っちゃおうか、」


とんでもないことを言い出す美咲に


「バカ! 賃貸でさえどうなるかって悩んでるのに、いきなり買えるか!」


「ウチのお父さん、出してくれるって。頭金くらい、」


その言葉にムッとして、


「美咲んちから借りをつくりたくないの。」


と彼女を睨んだ。


「借りるって・・別に貰っちゃうってことなのに。」


「そうじゃなくて。 なんか、マンション買うのに美咲のお父さんから金出してもらったら、一生頭上がらない気がするし。」


「そんなの。 なんてことないじゃない。 ウチと八神の関係だよ? そんな堅苦しく考えなくても。」


美咲は暢気だった。


「いや! それだけは阻止したいっ! マンションはおれの甲斐性で買う!」


八神は宣言をした。


「え? それいつくらいのはなし?」


いきなり現実に引き戻されて、


「・・ちょっと、わかんねえけど。」


急にテンションが下がった。


「あたしたちもう30だよ? 今からローン組んで買うのだって大変なんだから。 もっと時間が経ったら余計に大変じゃん。」


たしかに


それはそうなんだけど。



宣言をした割に


心が揺らいでしまった。



美咲んち


金持ちだし。


マンションくらい買ってもらってもいいかな。



なんて思い始めてしまった。



「じゃあ、いくつか物件探しておくね。」


美咲はニッコリ笑ってそう言った。

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