第106話 ふたりの距離(1)

「あ~~、なんっかめっちゃ仕事した・・」


南は大きく伸びをして首をグルグル回した。


ふと見ると八神と自分しか残っていなかった。


時計は7時。


「ねー、 もう終わりにしようよ、」


八神に言うと、


「おれ、休んじゃってデスクワーク溜まってるから。 先帰ってて下さい。」


一生懸命パソコンに向かいながら言った。


「そんな根詰めてやってもしょうがないって。 ゴハンおごってあげるよ。 ね?」


と八神の肩をもんでやった。




そこに


「あれ? ふたりだけ?」


志藤が外出から戻ってきた。


「あ、志藤ちゃんもゴハン食べて行こうよ。 八神、仕事やりすぎやん、」


「そうでもないですから、ホント。」


八神は遠慮したかった。


「ま、おまえもいろいろ大変やったやろから。 たまには奢ってやるか。」


志藤が言ったので、


「やった! あたしおごらなくても済むやん!」


南が手を叩く。


「はあ? なんでおれがおまえにおごらなアカンねん。 おれより金持ちのクセして。 八神は貧乏やから奢るけど! 金持ちにはおごらへん!」


「え~~? すっごい差別~!」


「差別ちゃうやろ! おれがおごってほしいくらいや!」


頭の上でごちゃごちゃ言われて


「あ~~、もうやる気なくなってきましたよ・・」


八神は二人を見上げた。




結局、3人で飲みに行くことになった。


八神は南が出てくるのを待っている間、電話の着信を受けた。


「あ・・うん。 今帰ろうと思ったんだけど。 志藤さんと南さんとのみに行くことになっちゃって。・・はあ? おでん? なんでこのクソ暑いのにおでん?? そんなの今度でいいじゃん。 あ、そうだ、ちょっと待って。」


八神は電話を保留して志藤に


「あのう、美咲も呼んでいいですか?」


と言った。


「え・・ああ、ええけど。」


ちょっと意外そうに瞬きをしてしまった。


八神はまた電話に出て、


「美咲もいいって。 うん・・店はね・・」


志藤は背を向けている八神をじっと見た。


なんとなくの違和感を感じていた。



「え? 美咲ちゃんも来るの?」


南は言った。


「なんかおでん作るとか言ってるんで。 このクソ暑いのに勘弁しろよって感じだったんで。 スミマセン、」


「別に、いいけど。」


南もなんだかいつもと違う感じをヒシヒシと感じていた。




「すみません。 なんか便乗しちゃって。」


美咲はすぐにやってきた。


「ああ、美咲ちゃんなら大歓迎やけど、」


「こういう冷房がガンガンに効いたところで、ちゃんこ鍋っていいですよね~~。 っておでんに反対したくせになんで鍋?」


美咲はノリツッコミをしたあと、八神をジロっと睨んだ。


「家でおでんを考えろよ・・やだよ、おれ。」


「なんかおでんの大根が食べたくなっちゃって。 コンビニの美味しくないし。」


「美咲はビール?」


「ああ、うん。」


志藤と南はなんとなく二人を観察してしまった。




「ひょっとしたらねえ、秋ごろフランスに出張行けるかもしれないの。 ネゴシアンの会社との契約で! もー、うれしくって!」


「へー。 そこまでえらくなったの?」


「偉くはなってないけどさあ。 ま、『たがやワイン』にいたらなかなかできないことがいっぱいで。 ほんっと楽しくって。」


八神と美咲は


楽しそうに会話をしていた。


それは


今までと変わらないといえば変わらないけれど。


ものすごく


二人の空気が入り込めないものになったような気もする。


微妙にスタンスが違う。


志藤と南は二人の『異変』に気づいていた。




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