第51話 憂い(1)

美咲は徹夜で彼を看病した。


「ん・・」


八神はなんとなく目を覚ました。


「気がついた?」


美咲は心配そうに覗き込む。


「・・美咲?」


「病院、行こう。 あたし、ついていくから。」


「おまえ・・仕事、」


「遅刻して行くから。 とっても一人で行けるような状態じゃないよ・・」


「ケータイ・・」


ガラガラの声で言った。


言葉を発するたびに喉が死ぬほど痛い。


「え?」


「メール、なかった?」


ドキンとした。


美咲はあの彼女からのメールを勝手に削除してしまった。


「なかったよ、」


ウソをついた。


心がとても痛かったけど・・


「そう、」


八神は安心したようにまたウトウトし始めた。



「え? 八神が?」


南は美咲から電話を受けた。


「はい。 扁桃腺炎みたいで。 かなり熱が高いんですけど。 今、病院の診察が終わりました。」


「そうかあ。 なんか体力落ちてそうやったもんなあ。 ゆっくり休むように言っておいて。」


「はい。 あたしこれから慎吾を家まで送って行って、会社に行きますけど、また夜に様子を見に行きますから。」


「うん。 わかった。」


南も心配そうに電話を切った。




美咲は夜になり会社から急いで帰ってきて直接八神のアパートに行った。


病院で貰った薬を飲んだせいか、すやすやと眠っているようだった。


疲れもあるようなので、とにかくゆっくり寝かせてやりたかった。



すると八神の携帯が鳴ったので慌てて彼を起こさないように美咲はベランダにソレを持って出た。


『神谷麻由子』


その彼女の名がデイスプレイに映し出された。



少しためらった


どうしていいか、迷ってしまった。


しかし


感情に突き動かされるように美咲は通話のボタンを押した。


「もしもし、」


いきなり女性が出たので麻由子は驚いた。


「え・・、あれ・・?」


「慎吾は、熱を出して寝ています。 あなた・・元北都フィルのオケの方ですよね?」


口が勝手に動く。


「えっ、っと、」


麻由子は何がなんだかわからないまま驚いていた。



「あ、あなたは、」


ようやくそう言うことができた。


「あたしは、慎吾の幼なじみです。 今は近所に住んでいて。 彼、昨日からすっごく具合が悪くて。」


「八神さんが?」


彼女は本当に気づいていないようだった。


美咲はもう何かがブチ切れてしまった。


「あなた、慎吾のことこれっぽっちも気づいてなかったの? 昨日だって熱が39℃もあったのよ! それなのに・・あなたに呼び出されて! 出て行って! 会ったのに全然気づかなかったの!?」



もう


彼女を責める言葉しか出てこなかった。


「自分の勝手で呼び出して! 深夜にメールしたり! いいかげんにして! なんで慎吾をそこまで振り回すの!? 慎吾、仕事も忙しくてほんっと大変なのに! あなたに構ってる暇なんかないのに! 挙句の果てに、倒れて。 また、呼び出すつもりだったの!? あなた、慎吾のことなんだと思ってるの!?」


美咲は泣きながら激しい言葉を麻由子に浴びせた。



誰だかわからない女性から


いきなり責められて


麻由子は思考が停止してしまったようでずっと黙っていた。



八神さんのこと


『慎吾』と呼び


彼を看病する


この彼女は・・


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