第6話 海に沈めた思い

石段を駆け上がった

はるか頂上に、彼女のスカートの裾がちらっと見えた。

追いつこうと、スパートをかける。

そして、私が息切れぎれになって登り切ったとき、彼女は余裕の笑みでこちらを見ていた。

「今日も私が一番乗り」

その顔には、疲れの色も汗も滲んでいない。いったいどんな身体の作りをしているのだ。

言葉を返す気力もなく、神社のベンチに崩れ折れる。

元々私は体力がない方だ。無理にスパートをかけるとこうなるのは分かっていたはずなのだが。

彼女に直ぐにでも逢いたくて、つい急いでしまう。


彼女と他愛もない話をする時間は、いつも楽しい。

別に何をしているわけでもない。学校の友達としていることは変わらない。

色々な出来事、最近読んだ本、見たドラマ、噂話。

すっかり話し込んでいるうちに、陽が落ちて。

夕焼けが沈むのを眺めてから、じゃあね、を交わす。


彼女には謎が多かった。

通っている学校は違うが、どこの学校かは意地でも教えてくれない。

制服も、この辺りでは見たことない。

連絡先も知らない。携帯を持っていないそうだ。

ただ、確実なのは一つだけ。

夕焼けの綺麗な日に、この神社に来れば、彼女に逢える事。

彼女は、ここによく夕焼けを見に来るのだそうだ。



自室の窓から、深い藍色の空を見上げる。

つい先ほどまで、彼女と一緒にいたはずなのに。

もう、次会えるのはいつだろう、と考えている。

彼女と話をするのは楽しいし、この謎の関係も、なんだか秘密の交換日記をしているようで。

そんなことを考えていると、いつも彼女の横顔が頭に浮かぶ。

彼女はひいき目抜きに見ても綺麗だ。同性の私でも思わず目を奪われてしまうくらい。

長い髪をかき上げる仕草、ちょっと幼く見える笑い顔、端正な横顔。

友情以上の何か―例えば恋とか―は、もしかしたらこういう感じなのかもしれない、と思うほどに。

まだ、そういう経験がない私には、真偽は分からないけれども。



それからしばらく経った、ある夕焼けが綺麗な日。

私は思い切って、彼女に尋ねた。

―ねえ、あなたって、好きな人とか、いるの?

彼女は、少し驚いたような顔をした。

そして、こう言った。

―いたわ。もう、記憶も朧気だけれども。でも、一つだけ言えることがあるの

続くかと思えた言葉は、そこで途切れた。

彼女の白い手が伸びて、ひやりと私の頬に触れる。

どきり、として、そして微かに熱を帯びた私の視線を釘付けにするように、目が合った。

そして、彼女の艶めかしい唇が、言葉の続きを紡ぐ。

―その人は、今のあなたと、同じような表情(カオ)をしてたわ。

友情以上の何かに落ちた、気がした。


その日以降、彼女と会うことは無くなってしまった。



私のこの気持ちは、行きつく先を失ってしまった。

彼女は、もういない。

もう、こんな気持ちはこれっきりだ、と

その想いは海に沈めた

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