愛妻帰還、辰の刻のこと
「もぉ、ごめんって」
腹立つにやにや顔を一向に止めようとしないエキドナを無理やり叩き出す。あいつ、結局何もわからんくせに上手いこと話を合わせただけだったのだ。
イルヴァたんは足をばたつかせながら白毛玉をゆっくりと撫でている。
「もう良い。しかしそれは何なのだ。それから、昨日は一体どこにいたのだ」
「えぇとね、んじゃ、まずこの毛玉ちゃんからね。あんね、これはアレックスです」
――は? 吾輩?
似ても似つきませんけど?
「もぉ、そんな顔しない顔しない。あんね、厳密にいうとね、アレックスの一部から作ったの。あたしが! 上出来! かぁわいいっ! ねっ?」
「いや、『ねっ?』って言われても。ていうか吾輩の体の一部って何? 怖いんだけど」
必死に共通点を探してみるが、360度どこからどう見ても真っ白い毛の塊である。これのどこに共通点を見出せと! せめて色! 吾輩割といつも紫色だぞ? せめて色を合わせろ!
「仕事だから仕方ないんだけどさぁ、あたしだってちょっと寂しかったんだよね」
「――む?」
「すぐ帰って来るって思ってけど、なかなか帰って来ないしさ」
「いや、それは――」
いや、それはお土産リクエストが……。
「もしかしたら、
「まさか、この吾輩が」
あんな薄っぺらなよくわからんガラス板をスイスイスイスイ指でなぞったり、それに向かって「オッケー、ガーゴイル」って謎の呪文を唱える馬鹿だぞ? 瞬殺だわ。魔法ならせめて吾輩に向けろ! ていうか、ガーゴイルだったら吾輩の部下だわ! 馴れ馴れしく呼ぶな! 何が「オッケー」だ!
「まぁ、殺られたは言い過ぎだけど、苦戦してるのかなーって。それでね、あたし、助けに行きたかったけど、まだレベル1だしさー」
「うむ」
「だから、アレックスをもう1人作って、応援に向かわせようと思ったの」
「それで……これか?」
白毛玉を指差すと、そいつは「ぽ!」と言いながら元気よく跳ねた。
「うん。上手くいけばさぁ、子どもが足りない分の穴埋めにもなるんじゃないかなーって思ったりして。あはは」
「穴埋め……」
それに関しては完全に吾輩の無知が悪い。
まさか人間がそんな少産な生物だとは思わなかったのだ。何せあいつらはこちらがどんなにその数を減らしても、雨後の筍かってくらいに湧いてくるのだ。もしかして分裂して増えたりも出来るのかななんて思ったりして。寿命だって良いとこ100年くらいなんだろ? どういう計算でそんな増えるんだよ。
「いや、イルヴァたんよ、それは吾輩が悪かった。もうそんな数に囚われずとも良い。そもそも吾輩が死ななければ問題はないし、イルヴァたんと吾輩の子ならば、吾輩以上に強いに決まっておる」
「果たしてそうかな」
「そりゃそうだろ。魔王と勇者の子だぞ?」
「え~、でもあたし結局レベル1じゃんか」
「問題ない問題ない。まぁそれは置いといて、だ。こいつは吾輩の何から作ったんだ?」
「え? 鱗」
――鱗!?
吾輩の鱗(結構濃いめの紫)から、白毛玉!? こっわ! 呪いの力、こっわ!
ていうか、栞に加工されたり呪いで毛玉になったり、吾輩の鱗、可能性が無限大過ぎる!
「わわわ吾輩の鱗が、こんな真っ白い毛の生えた生き物に……?」
「うん、まぁ、ぶっちゃけ失敗した結果だよね」
「あ、あぁ、失敗したのか。成る程それならちょっと納得……?」
「それでね、まぁ、呪いってさ」
「うむ」
「失敗するとさ、ちょっと跳ね返ってくるんだって」
「うむ。――えぇ?」
ちょちょちょちょ!
何? 跳ね返ってきた?
「だっ、大丈夫なのか? どこか身体におかしいところはないか?」
「うーん、まぁたぶん大丈夫だとは思うんだけどさー」
「たぶんでは駄目だ! ちょっと見せろ! いいいますぐ脱げい!」
慌ててワンピースを剥ぎ取る。しかし、パッと見では、さして大きな変化が合ったようには見えない。
「うわぉ、アレックス朝っぱらから積極的ぃ~」
「積極的も何も! 何か変わったところはないのか?」
「ぅえ? そりゃもちろんあるよね。あのさ、背中背中」
「――む? 背中?」
あぁしまった。前面しか見ていなかった。
何だ、人面瘡でも出来たか? まぁそれくらいならばそこだけ
どぉれ、と上から覗き込むようにして彼女の背中を見る。
――ばさり。
「え?」
あのね、イルヴァたんにね、羽生えてんの。ばっさーって。めっちゃばっさーっていってる。いままで衣服で押さえつけられてたから、それが無くなって、開放感! ってな具合にばっさーって。
しかもアレね、羽っていっても、天使的なヤツじゃないから。さすがに魔王の妻がね、人間(その上元勇者)だっていうのでも結構アレなのに、天使の羽生えてたらそれはもう天使だよね。魔王の妻が天使とかもう訳がわからない。いっそ滅ぶわ。
そっちじゃなくてまぁ良かったと思うべきなんだけど、あの、アレね。まぁ吾輩のみたいな竜の羽ではあるんだけど、何せ真正面から見ただけではわからないわけだから、まぁ小さいのね。コウモリくらい。ちまちました羽が、一生懸命ばっさーばっさーやってる。これは可愛いとしか言いようがない。何これ、吾輩を殺す気で来てる? もうどストライクなんですけど。超可愛いんですけど。
「どうしよ」
「どうしようもこうしようも……。イルヴァたんが嫌ならばどうにかするが」
まぁぶっちゃけ吾輩的にはこのままの方が……。
「いや、あたしは良いんだけどさぁ。アレックス、嫌じゃない?」
「ぜ! 全然! まったく! 微塵たりとも!」
「うっわ……何でそんな食い気味に来た……?」
「引くな!」
「まぁまぁビョルク、許してあげて? 魔王様って昔からそれ系の羽に目がないのよ」
「うっわ、何、アレックス、そういう性癖あんの? やっべぇ」
「ちょっと待て! 吾輩別にそういう性癖とか!」
「仕方ないのよ、ビョルク。魔王様だって繁殖可能な成体なんだから、妻に内緒の性癖の1つや2つ」
「ほぇ~。そんじゃあともう1つはあるってことね。オーケイ」
「ない! もうないわ! 違う! もうって何だ! それをカウントするな! ていうかちょっと待て! おいエキドナ! 何ナチュラルに入って来とるんだ貴様!」
「ザッツ・クソセキュリティ」
「だからって!」
エキドナは得意気な顔で親指を立てた。それに対し、イルヴァたんもまた同様に親指を立て「イェー」とか言いながらそれを重ねている。お前ら完全に手を組んだな。
「まぁ結果オーライってことで良いじゃないですか。もしかしたらこれでビョルク……じゃなかったイルヴァたん……でもなくて、王妃様が人間じゃなくなったかもしれませんし」
「いちいちイルヴァたんを挟むなというに! うぐぐ……しかし、それもまた一理ある……のか?」
「そうだよ、アレックス。あたしが人間辞めたら、子ども100人作れるかもだよ」
「むむ……」
「はいはい、そんじゃ終わり良ければってことでね。ハイ、魔王様とっととお土産出して下さい。昨日、王妃様の何だかんだでもらいそびれちゃって」
「それが目的か! 隠しもせんと! おのれエキドナ!」
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