帰宅当日、未の刻のこと

 結局、証拠らしきものはすべてエキドナあの馬鹿がすべて葬りさってしまった。

 あいつ普段は超有能なのに、どうして。

 いや、むしろ有能だからこそ……?


「困ったなぁ、白毛玉よ」

「ぺぽぷ」

「しかし……これからどうすれば良いのか」

「ぽぽぽぺぷ」

「こんなことならもっと真面目に呪いの研究をしておけば良かった」


 とりあえず部屋に戻った吾輩は、図書室から呪いの入門書と上級者向けのものを数冊を持ち出し、それをぱらぱらとめくっている。サイドテーブルにはイルヴァたんの大好物を並べているのだが、毛玉の方は見向きも――いや、見てるのか、これ? お前の目玉はどこにある?


 呪いを解く方法として一般的なのは、それをかけたヤツを殺す、というものなのだが、今回は無理である。何せかけたのはイルヴァたん本人なわけだから。

 あとは、そいつに解かせる。だからこれも無理なわけだ。


 で、そこから先はほぼ個別対応になってくる。すべての呪いに対応出来る方法というのは実はこの2つくらいしかない。


 それでもこのバラエティに富んだ『呪いを解く』という行為の中でも、わりかし上位に食い込むのが『王子/姫(王もしくは王妃でも可)からのキス』というヤツである。これは今回のような、に割と効くらしい。


 ううむ、成る程。

 それでは早速その王子だか姫だかを用意せねばなるまい。



「――と、いうわけでな」

「何が『――というわけ』なのか、わかりかねますが」

「王子だか姫だかを連れて来てくれ」


 エキドナを呼び、そう言うと、彼女は呆れたような顔をして、大袈裟すぎてもうむしろ芝居にしても下手すぎるほどのため息をついた。


「まさか魔王様がここまでとは……」

「ここまで? どこまでだ?」

「あのですね、ちょっと確認しますね、童貞野郎様」

「むむ? いま何て言った?」

「え? 童貞野郎、と。いえ、ちゃんとって付けましたって」

「だとしても! 問題そこじゃないから!」

「はいはい、すみませんでしたすみませんでした魔王様。えぇと何でしたっけ。あぁそうそう、王子様ないしはお姫様の件ですけれども、あの、本気で仰ってます? それによってはさすがのわたくしも殴る準備に入らせていただきますけど」

「殴る準備って何だ。ていうか、何? 吾輩何か間違ってるのか? だって呪いをかけたヤツを殺そうにも、そいつに解いてもらおうにも、どちらにしても妃なのだぞ?」

「そうでしょうけども」

「となると、次に使えそうなのは、この『王子/姫(王もしくは王妃でも可)からのキス』になるだろう! ほら、このページに書いてあるではないか!」

「ですから、何か気付きませんか?」

「何に?」

「はぁ、駄目だわもうこの人」


 えぇ――……。何で吾輩秘書に駄目とか言われてんの?


「ちゃんと読みました?」

「む? そう言われてみると……」


 そういえばあまり細かいところまでは読んでなかったな。


「ほら、魔王様。こーこ、こーこ」


 エキドナは少々面倒くさそうにページの中の文章をトントンと指差した。

 ふむ。どれどれ。


『尚、この場合、呪われている側と解く側との間に固い信頼関係が築かれているか、あるいは相思相愛の関係でなければ効果はありません』

 

「むぅ……。途端に難しくなったな」

「いやいやいやいや! これ超ヒントですよ? むしろ超簡単!」

「何のヒントだ?」

「う――わ――、何これ。何で伝わんないんだろう。王妃様、普段どうやって意思の疎通図ってたのかしら」

「回りくどいな。もういっそ教えてくれても良かろうに。降参だ、降参」


 もう白旗を上げることにする。対勇者戦では負け知らずの吾輩であるが、城内での舌戦ではなぜか連戦連敗なのである。相手は主にコイツかイルヴァたんだが。


 負けを認めると、エキドナはニヤリと笑った。「最初から素直にそう仰れば良いのですよぉ」とか言った後で、こほん、と咳払いをした。


「魔王様、この一文、声に出して読んでみていただけます?」

「何? 声に出して、だと? えぇと『王子/姫(王もしくは王妃でも可)からのキス』。読んだぞ」

「はい。気付きませんか?」

「いや、何が?」

「では、範囲を狭めましょう。ここだけ、ゆっくり、大きな声で」

「む? 何だ何だ。『(王もしくは王妃でも可)』。どうだ?」

「いや、それはこっちの台詞です。どうですか?」

「どうもこうも……」


 はて、と首を傾げる。


「魔王様」

「何だ?」

「魔、おーうっ! 様!」

「何だ。なぜ区切った」

「まーだお気付きにならない? もうむしろわざとですか? 腹立つ」

「――んなっ?! は、腹立つ?」


 何だ何だ、この態度は。

 吾輩があんまり上下関係とかに厳しくないからって、貴様!


「もうホント、びっくりですよ。これもう堅物とか、鈍いとか、そういうの超越してますよね。もしかして魔王様って主成分岩石とかでしたっけ?」

「そんなわけがあるか!」

「じゃ、何なんですか?」

「『何』だと? それは……、魔王だろ。魔族を統べる王で――、お……? おぉ?」

「おや、やっとお気付きになられました? 童貞野郎(主成分:岩石)様」 

「うぐぐ……。お、おのれエキドナ」


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