吾輩不在、5日目のこと
「ドナっちゃん、あたし良いもの見つけた!」
「何を見つけたの、ビョルク?」
頬を紅潮させ、フスフスと鼻息荒い王妃様が秘書室に飛び込んで来たのは、魔王様が城を出て5日目のことでございました。
王妃様は一体どこから見つけてきたのか、かなり古ぼけた書物を大事そうに胸に抱えて走って来たのです。
「これ! これさえあれば!」
「これ?」
くりくりとした大きな瞳をギラギラさせ、さして大きくもない口を限界まで開けて。もう少し耳の方まで裂けないかしら、という言葉はさすがに飲み込みましたが。
「かなり古い書物みたいだけど……何?」
「ぐっふ。これね。じゃじゃーん!! 呪いの本!」
「まぁ!」
呪い……!
あぁ、呪い!
何て甘美な響き!
誰しも一度はハマりますよね、
魔王様も経験ありません? え? 無い? あら、それじゃ、これって女子だけなのかしら。
まぁそれは一旦置いといて。
やっぱり人間も魔族も女子は皆同じなんですね。王妃様にもその時期が来た、と。うーん、まぁハマるにしてはちょっと遅すぎなような気もしましたけど。だって王妃様って18歳なんですよ?
――あれ? 魔王様何でそんなびっくりなさってるんですか? 18歳って赤子だろって? いえいえ、落ち着いてくださいな、人間の18歳ですから。成人一歩手前ですよ。
ううん? 今度は何ですか、その顔。未成年に手を出してしまったな、って? いやいや、ですからまだ手は出してないですよね? むしろとっとと出しましょうよ。まさかいまどき婚前交渉もなしとは。
――は? 何の交渉かって? ちょっともう黙っててください。
ていうか魔王様、あなた奥方様のこと知らなすぎ!
はぁ、それにしても呪いですよ、呪い。
あぁ、若かりし頃を思い出します。
誰彼構わず牙を剥き、呪いをかけまくっていたあの頃。いやぁ、何ていうか、いま思えば本当に若気の至りなんですけどね。んモーこっ
今後の参考のために聞かせろって? 嫌ですよ絶対。今後何の参考にするんですか。
それはさておき、王妃様はですね、その本を床に置いて、栞を挟んでおいたページを開いたわけです。
しかし、あれですね、王妃様って意外と器用ですよね。その栞、手作りなんですって。やることなくて暇だったんですって。話し相手がいないと、つい小物作りしちゃうんですって。可愛いですよねぇ、あのちっちゃい手でちまちまちまちまちまちまちまちまやってるんですよ。材料は何かの鱗? なんですって。宝物だっておっしゃってましたね。
あら? どうしました、魔王様? お顔を覆ってゴロゴロ転がったりして。白毛玉ちゃん潰しちゃう……あぁ、ちゃんと逃げたのね~。偉い偉い。おーよしよし、ごめんなさいね~、ウチの主が。たぶん、新妻の可愛い一面に悶絶してるだけだからね~。
……何ですか、魔王様。
何も言ってませんけど、わたくし?
で、まぁそのページに何が書かれていたか、ということなんですけれども、それがですねぇ――……
***
「一体何のページだったんだ?」
にやにやと笑みを浮かべたまま、エキドナは一向にその内容を語ろうとしない。
何だ何だ、その顔は。
早くせい、と急かすと、エキドナはその緩んだ顔のまま、吾輩の隣にいる白毛玉を、す、と指差した。
「……対象物を魔物に変える、というページだったんですよ」
「……む?」
首を傾げ、隣を見る。
白毛玉はその一部分の毛を一定のリズムでそよそよとなびかせている。
「ですから」
「妃が呪いをかけた、と? 自分にか?」
「そうなりますね」
「まさか! 何のために!」
「わからないんですか? わからないんですか?」
「なぜ2回言った? わかるか!」
「えぇ――……? 何でわからないんですかぁ? やっぱ駄目だわこの堅物野郎様」
「うぐぐ。様をつけときゃ良いと思っとるな、貴様」
「間違えました、堅物魔王様。こちらでよろしいですね?」
「おのれエキドナ」
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