第140話 理想の俺って?わかんない


 俺は、昨日、テレビ見てるBに話しかけた。


なあ、B……


 「……もし俺がさあ、女だったら、お前、俺と結婚したい?」



Bはテレビから目を離さず、「はあ!?何言ってんの、お前?」と言った。


 いやだからさ、「俺と結婚……」


 Bは、わけわかんないこと言うなよ、俺はテレビがいいとこで邪魔すんなよ、と言った。


 俺は、そうだよなあ。俺、もしミラクルに、どんな人に生まれ変わって、どんな人生行くのも可能、って言われてもだな、どんなのが理想的に良いのかなんて、全然わかんねーや。


 BLじゃないんだから、「そうだよ、岬……」なんていう返事、あるわけないよな、俺って馬鹿か?



 俺は苦笑しながら、考えた。


 俺、どんなふうに生きたいわけ?もし、人生ゼロから、設定からリセットできてだな、どんな境遇に生まれ、どんなことやるのも自由に選べるとしたら?



 たとえばだな、ブラジル人の美女に生まれ変わって、ハーレー・ダビッドソンとか乗ってみたい?


 俺はこの間の美女を思い出した。この話、まだ書いてないな。


 中国人のジョーと会った帰りの電車のことだった。俺は、Bが出張から帰ってくるから、と、早めに帰宅した日曜日。午後の明るい日差しの中、俺が選んだボックス席にたまたま座っていたカップル。16、7の大学生ぐらいだろうか。


 俺がイライラしたのは、目の前に脚を投げ出しやがってな、電車の中なのに、短パンから長い足が伸びてて、小麦色の肌。丸い胸に、襲ってやろうかこいつは、と、俺はすぐにイライラし始めた。長いブロンドの髪をひっつめているんだが、化粧っ気のない顔に浮かぶソバカス、弾けるみたいに若くて綺麗なんだが、なんだか俺に引っかかった。


 隣に男がいるから、俺は黙って我慢して、座ってた。


 センスがいいゴールドの細い鎖を3つつけている鎖骨の下は、薄い生地で派手な原色のプリントのタンクトップ。引っ張ったら、一瞬で破れそうな服だ。果物のような胸。ジーンズの短パンは、脚を開かせたら、すぐに中身が見えそうな短いものだ。


 ……お前な、もうちょっと恥じらいを知れよ。


 俺はそのすらりと伸びた膝が目立たない脚を、思い切りパーンと叩いてやりたい衝動に駆られ、ぐっと堪えた。ガバッと脚を持ち上げて、気をつけろよ、女、と言いたくなる。ものすごく綺麗なんだが、俺の何かを刺激する。この国の人じゃねえな。


 もっと何か、エキゾティックだが、きっと白人だ。アルゼンチンとか、そっちの方なのか。肌は浅黒くない。ブラジルみたいに陽気じゃない。スペイン語を話すのかと思ったら、聞き取れないが、現地の言葉か?こんな女、珍しい。海辺沿いの南ならともかく、きっと旅行だな。


 挑むような感じでいる隣には、ちょっと軟弱そうな男が座ってて、同じように靴を履いたまま、シートに脚を載せている。あのな、他の人が普通に座るシートに、@ンコ踏んだかもしれない靴をそのまま載せるな。汚ねーだろーが。


 俺はよほど何か言ってやりたいと思ったが、ぐっと堪えた。ここで何か言うって、俺は。うるせーお節介じーさんみたいだろ、と、グッと堪える。


 別にチンピラでない普通のカップルなんだが、俺が座ってるのに、ちょっとくらい遠慮しろよ。靴が俺のジーンズに当たりそうだろうが、女。


 モデルのように美しいだけに、俺の癇に障った。これが、ごく普通のその辺の女なら、そこまで気にならない。単に行儀が悪いだけだ。俺は女をチラッと見たが、態度がどうしても気に入らねえ。俺が見てるのに、恥じらえよ、女。


 俺はイライラする理由が最後までわからず、結局、席を変えた。美しいくせに、ああいう女は、体で教えてやらねーとわかんねえ。


 俺は暴力的な自分が怖い、と感じて、女にこんな気分になるのも珍しいな、と思った。簡単に言葉にすると「征服欲」ってやつなのか。


 俺は男女の関係性というのは、ある意味「戦い」だなと思ってた。こんな女と付き合って一緒に住むなら、どうしても俺の言うことをきかせたい。


 現実の俺はそんなに強くない優男。俺はイライラする。俺は牙を抜かれて去勢されてるような自分の状態が、本当にストレスになっている。


 俺はもともと、ちょっと暴力的なのか?


 不思議だったが、それを肯定すると、もしかして説明がつく。俺は大人しくしているが、本当はすごく攻撃的な人間なんじゃないか。俺は、女が好きというよりも、ああいう女だと、気に入らないという理由で、なんとかしてやりたいと思う自分が怖い。俺にとって、セックスの行為っていうのは、実はなんか歪んでるよな、そうなると。


 だからテクニックとか、そういう、なんだろう、全然違う、明後日の方向に意識が向くんじゃねえか?


 こういう思考回路は危険だよな。俺はあの女が気に入らない。気に入らないから、どうしても自分のいうことをきかせたいという気分になり、こういう出会いが、常に側にいる人でなくて、良かったなあ、と安堵する。


 もしも常に目にしていたらだな、とても危ないぞ。こういうのは「恋」とか「愛」とかそういう甘いやつじゃないだろ。


 当たり前だが、俺は犯罪者になる気なんてない。だからもちろん、合意が重要だ。俺は、なぜこんなに腹を立てているのか、自分でもわからなかった。美しい女など、掃いて捨てるほどいる。その中で、俺にこんなに引っかかってくるのも珍しい。日本人なら、そんな女はいない。そこまで美しい女で自分に自信があるようなタイプは、ほぼ出会わない。


 挑まれるみたいな挑発に、溢れる自信。小馬鹿にされているような視線。俺はじっとしていられない気分になった。ムカつく。やれるもんならやってみな、と言われたようで、居ても立っても居られないような衝動が出てきてしまう。


 モヤモヤしながら帰宅し、Bに言ってみた。


「な、俺がすごい絶世のラテン美女でさ、ぷりぷりのケツしてて、ぷりんぷりんな胸を揺すりながら、こんなふうに一緒に住んでたら、お前、俺と結婚したい?」







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