第23話 もしかしてまじやばいかも。


 家に電話して、最悪のケースだけ伝える。母さんもよく知ってるやつに、もしかしてまずいか?と連絡したけど返事がない、もしかして答えられないんじゃないか、と思って、と。


 「岬、仕事でもないのに、仕事の件で友達に連絡するとか、相手は普段お金もらって患者診てるんだから、ダメよ」と母さんは言った。


 わかってるよ……だって、友達に聞くほうが早いからさ。


返事、いつもすぐ返事するやつの返事がないと変だ。俺は、「もし仮にまずいケースでも他の友達に言うなよ。一気に広まるだろ」と書き加えた。


 母さんがそれを聞いて「あなた、口の聞き方に気をつけなさいよ」と言った。


 学校の仲間の間で一気に広がったら、うわ、あいつ可哀想、とか言うことになり耐えられない。俺は、同情なんていらない。みんなが一挙に「大丈夫か?」と連絡してこられても困る。逆に、連絡しにくいと思われても困る。


 つい数日前に、同窓の上の人から「久しぶりだけど元気ですか。昔、ロスにいた時にネットで出会って、励ましてくれてありがとう。頑張ってるみたいで嬉しいです、こっちもあれから、実家を継ぐことになり、開業しました。話せる人もあまりいないから、繋がってたい。また話しましょう」とメールが来ていた。


 地域的に、あいつの知り合いかもな、と聞こうと思ってたところだ。でも、このタイミングじゃ聞けないな。バリバリの奴だとむしろ話せない。余命とかすぐ見えちゃうような奴に今、連絡取るのは嫌だ。


 そいつは、人が死ぬのは当たり前だから仕方ない、と割り切ってた。うっかり話したら、俺は自分の余命や病状具合がはっきりわかってしまう。奴は包み隠さず言いそうだ。


 俺が連絡した奴は、そいつととても仲がいい。このケースどう思う?と話が行くのはわかってる。


 俺は、簡単な薬で治る腫瘍なら、ああ気にしなくていい、という返事がすぐ来ると思い、送ってみた。返事がないから蒼ざめた。


 まあ忙しいとは言っていたが、奴はメッセージを何日も放置するような奴じゃないから。


母さんは「岬、あなたは自分勝手だから」と言った。


そうだよな、俺は「ああ、気にしなくていい。返事はいらない。もしもまずくても、他の奴には言うな、ありがとう。良い夏休みをな!」と送った。


 俺は、むしろホッとしてるんだ、とは書かなかった。その前のメッセージは「このケース、この部位だと、3〜4ヶ月しか持たないな、もし最悪のケースなら。知人が同じので逝った。まさかと思うが、腫瘍マーカーないとわかんないな。検査結果は月曜だ、ちょっと不安で送ってしまった、すまん」と。


その次のメッセージに気にするな、か。


 保の言葉を思い出した。お前な、周りがストーカーになることを要求してるんじゃないのか。


 俺は保の言葉にショックを受けた。俺、素直な自分だと、作ってる殻の硬い自分と、交互に顔に出すと、こんなことになる。


Bがお前は他の人の庇護欲をくすぐるんだよ、と言った。


 俺が自然にやっていること、どこか矛盾している。心配だ、と心配するようなことを言っといて、気にしないでくれ、と。


 俺が本当に強ければ、何も言わず医者にだけ行く。


 俺が夜中にネットに、不安な気持ちを紛らわせるために「ああ、すっごい可愛い子がいるんだ、やってみたいな」と無責任に書き込んだことが……


 どんどん膨らんで、俺は自分のことを、まったく見知らぬネットの中の人に向かって話すことになった。身元がわからないよう、脚色して……


 俺は、自分が気づいてなかった俺を発見して行く代わりに、そのことについて、それでいいのよ、と擁護して受け入れてくれる女性には心を開き、同時にお前、いい加減で不誠実だな、矛盾してるし、変わってる、弱いやつだな、と言われれば、ショックを受け、自分がなぜそうなのか、必死に説明しようとする。


 結局俺は丸裸になり、どこにも居場所がないと感じ始める。


だからネットでも現実でも、いい加減でいるくらいの方が、苦しくなくて上手に泳げるんだ。


俺は、保と喋って、「お前なあ、ふかしてんじゃないのか。本当のことを言ってるふうに俺には聞こえねーぜ」と言われたことに、深く傷ついたらしかった。


なんで保の言うことにだけ傷つく?俺はネットで何を言われようが、どんなに非難されようが、どんだけ罵られようが、ふふん、といつもなんとも思わなかったはずだ。俺のメンタルってそういう意味で強かった。


 もちろん誰も、俺がそんな……悲惨な過去のサバイバーだとは知らない。


 俺は、どんなにひどいことを言われても、自分を知らない人が言っているんだ、と聞き流すことができた。あなたはもっと辛い経験をしているから、何を言われても堪えることがないんでしょう?なんて知られてしまうと、俺はその場に泣き崩れたくなった。


 なんで俺は、そんなふうに、俺の過去を懺悔なんてしてるんだろう。


俺は、自分がもうすぐ死ぬのなら、どこかに、どこかに残しておきたい。


そう思ったから喋ったんだ。これが最期のチャンスになったらいけないと思って。


俺が計算した俺の寿命は4〜5年はあった。だからのんびりしてた。だけど、もしもこの痛みの原因が、潰瘍じゃなくて、腫瘍だったら?


 3〜4ヶ月しか余命がない。俺は知ってた。手の施しようがない場所がどこなのか。


俺は、まるで宝くじ当選したかのように、真っ白になって立ち尽くした。


だから、この年齢で死ぬということなのか。辻褄が合う。4〜5年もない。せいぜい半年じゃないか。まさか。


 俺は、検査の結果が出るまでの間に、洗いざらいを聞かれるまま、ネットの中で話し、それから、もし仮に余命が3〜4ヶ月でも良いように、誰かに俺とあの子のことを伝えようとして……。




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